第16話 泡沫

 「せぁッ!!」


 ゴブリンメイジの喉元に槍の穂先が突き刺さる。群れの指導者を失った普通のゴブリンたちは混乱し、その隙に俺の炎の剣が素早く彼らを切り裂いていった。


 「終わったわね」

 

 クレアは穂先をゴブリンメイジから引き抜くと、辺りを軽く見回して言った。


 「ああ……」


 こんなにもあっさりとゴブリンたちを討伐できてしまうなんて。しかも今回はゴブリンメイジもいたのに、トラウマを想起される間もなく片付いてしまった。パーティを組むってこんなにすごいことなのか。


 「それにしても、この年で魔法剣を使いこなすような有能な人と組めて良かったわ。この分なら楽に終わりそうね」


 蒼いポニーテールを翻しながら彼女が振り返る。

 彼女の言う「有能」という言葉にいまいちピンと来なかった。たしかに魔法剣士になる人というのは少ないのだろう。普通の人はまず魔法を覚えるところから始めなければならない。そして魔法を覚えた上で剣技も練習して魔法剣の扱い方も習得して……なんて面倒くさいことをするくらいならば大多数の人はそのまま魔術師になることを選ぶのではないだろうか。

 俺はたまたま物体に魔力を籠めるのに才能があるから魔法剣を習得できただけだ。それなのに有能と思われるのはイマイチ気持ちが悪かった。


 「次はあっちの方へ行ってみようか」


 また大部屋らしき空間を発見し、そちらを指さした。


 「確かに……気配を感じるわね」


 どうやらクレアは気配の察知とかよく分からないこともできるらしい。俺が大部屋に行こうと思ったのはただ単に空間が大きいと魔物も多いかなと思っただけである。

 ちなみに今もイリーナさんとボナリーさんの二人の試験官は黙って俺たちを観察し続けている。たまにボソリと呟くように会話を交わしているのが非常に気になる。俺たちは一体どう評価されているのだろう。


 「スケルトンが6体いるわ」


 通路から大部屋の様子を窺うクレアが囁き声で教えてくれる。


 「それくらいなら突入して勢いでやれるな」


 俺の言葉にクレアもこくりと頷く。

 スケルトンと戦った経験はないが、第二階層に出てくる定番の魔物でそれほど強くないという話は聞いている。スケルトン程度も倒せないようなら冒険者の才能がないという人までいるほどだ。ゴブリンの方が知能がある分厄介ですらある。

 いま部屋の中にいるスケルトンたちはカタカタと音を立てているが、どうやらスケルトン同士で剣の打ち合いをしているようだ。スケルトン同士で稽古をしている……とかではなくて、動いているものには襲い掛からずにはいられないだけだろう。


 「それじゃあ1,2の3で飛び込もう。1,2の……3っ!」


 俺が先頭となって、大部屋に勢いよくなだれ込んだ。

 スケルトンたちが一斉に俺たちを振り向く。そしてカタカタと骨を鳴らしながら俺たちの方へと向かってきた。どうやら同じ動いているものでも、生きている者の方を積極的に攻撃したいらしい。脳みそはなさそうだが、そんなことを一体どこで判断しているのだろう。


 「はあっ!」


 剣に炎を纏わせ、一体のスケルトンを素早く斬り付ける。スケルトンの身体を構成している骨は、彼が着ている鎧ごと粉々に砕け散った。

 腰の骨が砕け散ってもう歩けないというのに、スケルトンは腕を動かして俺を攻撃しようとしてくる。腕の力だけで振るう斬撃など怖くない。俺はそのスケルトンの頭を踏み抜いて砕きながら、二体目のスケルトンを斬り付けた。


 「待って、なにか様子がおかしい!」


 スケルトンが残り4体になってもう一体へと踏み込もうとしたところ、クレアに腕を引っ張られて止められた。

 見ると奥の方にいるスケルトンの一体がカタカタと頭蓋骨を震わせながら泡立っていた。スケルトンが泡立つ? いや、違う。"増えて"いるのだ。スケルトンの身体を形作っていた骨がぶくぶくと泡立つように急激に体積を増やしていっている。

 こんなこと、あり得ない。俺は咄嗟に後退った。骨というのはこんな風にいきなり形を変えたりしない。魔物というものはいきなり大きくなったりはしない。

 俺たちが慄いている間にスケルトンは見る見る内に大きくなり、天井まで届くほどの大きさになってから不定形だったスケルトンは再び人型を象った。それはまるで巨人の骸骨のようだった。


 「ジャイアント、スケルトン……っ!?」


 <<小鹿亭>>を訪れた吟遊詩人が披露したうたの中で唄われていた。遥か昔に滅びた種族、巨人。その骨は何百年も朽ち果てることなくこの大地の下に眠っていて、時折死んだ魔物の霊魂がその骨に宿って動き出すことがある。それがジャイアントスケルトンなのだと。

 いま目の前に聳え立つ偉容こそかの詩に謳われた巨人の遺骸であるように思われた。そんなはずはない。たった今まで目の前にいたのはただのスケルトンだったはずなのに。魔物がこんなに急に別の魔物に変じるなんてことがあっていいのか?


 「……へー、相手に不足はないわ。これなら特大の魔石が採れそうじゃない」


 隣から聞こえた声に耳を疑った。見るとクレアが槍を構えていた。その手はよくよく見ると小刻みに震えている。


 「馬鹿かっ、震えながら強がるくらいなら逃げろッ!」

 「ちょっとっ!」


 迷いはなかった。クレアの手を取って無理やり踵を返す。試験などやっている場合ではない。勝てるはずがない。立ち向かったら今度は失うのは足の一本だけでは済まない。そう思ってすぐさま通路へと駆け込もうとしたのに。


 カタカタ。


 気泡のように身体を膨らませながら骨を鳴らす一体のスケルトンが入口と俺たちの間に立ちはだかっていた。後ろのジャイアントスケルトンに気を取られている内に回り込んでいたようだ。

 コイツも巨大化する気なのかと呆気に取られている内に、目の前のそいつもジャイアントスケルトンと化し、入口を完全に塞いでしまった。

 まさかと思って、クレアと背中合わせになりながら他のスケルトンにも目を走らせる。他の二体のスケルトンもぶくぶくと身体を膨らませている途中だった。時間はない。

 二体のジャイアントスケルトンが出現しただけでも絶体絶命なのに、その倍の数など許せるわけがない。


 「クレアッ!」

 「分かってるっ!」


 彼女も同じことを考えていたのか、一声かけただけで彼女はすぐさま槍に魔力を走らせる。彼女の槍の穂先は変貌しようとしている途中のスケルトンの頭蓋骨を粉々に砕いた。砕かれた骨片の間でスケルトンの魔石が煌めきを漏らしながら地に落ちる。

 だが間に合わない。このままでは残った一体がまた巨大化してしまう……!


 「浄化ホーリー!」


 凛々しい声が響き渡り、骨身を膨らませていく途中のスケルトンが光に包まれたかと思うと灰と化した。


 「三次試験は一時中断です。異常事態イレギュラーであると判断し、これより戦闘に介入いたします」


 クレアの前にイリーナさんが、俺の前にボナリーさんが。俺たちを守るように二人の試験官が二体のジャイアントスケルトンの前に立ちはだかった。

 ズン……と部屋が揺れる。ジャイアントスケルトンがその身体を構成し切ったのか、一歩を踏み出して動き出したのだ。

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