第15話 協力関係
三次試験の開始を告げられた俺は走り出した。
早く手頃な魔物を見つけて倒さなければ。ここで物怖じしていてはここまで駆け抜けてきた意味がない。いや、トラウマを乗り越えねば冒険者など続けられない。それくらいに考えなければ。
最悪また四肢を失うことになっても、ハルトさんの加護があるのだから何とかなるだろう。
迷宮の廊下を走る俺の後ろをボナリーさんがぴったりと付いてきた。
「いた!」
通路を曲がった先に二つの影を見つけた。
こちらに気づく様子もなく歩いている二体のゴブリンだ。その姿を目にした途端右足がズグリと痛む。
だが大丈夫だ。あの中にゴブリンメイジはいない。二の舞を踏まないために<<小鹿亭>>の常連さんに対策を聞いておいたのだ。
ゴブリンにも彼らなりの文化というものがあり、ゴブリンメイジは他のゴブリンとは違って帽子を被っていたり、歪な形のピアスを付けていたりするらしい。つまり落ち着いてよくよく彼らの格好を見ればその違いは簡単に見分けられる。
前方に見えるゴブリンは二体とも装飾品を一切身に着けていない。粗末な棍棒を手に持っているだけの裸んぼだ。だから奴らは二体ともゴブリンメイジではない。魔術による不意打ちはない。
むしろここは俺の方が不意打ちを仕掛けられる場面だ。
剣に魔力を籠め、それを炎の力へと昇華させる。その一連の動作がもう流れるように出来る。
魔法剣士の達人ならば考えただけで剣に魔術が発現するという。魔法剣士になるのが夢になってからというもの、時折村を訪れる吟遊詩人の語る話に胸を躍らせたものだ。
そうだ。これは魔力剣ではなく魔法剣。俺は既に本物の魔法剣士なのだ。ゴブリンなど怖れるに足らない。
……ジリアンさんにはあっさりと負けてしまったが、そのことは忘れよう。
心を決めると、彼らに気づかれる前に距離を詰めようと一気に駆け寄る。
「――――ッ!!」
突如響いた足音に彼らが振り返る前に、二体纏めて炎の剣で斬り払った。虚空が熱で揺らめく。ゴブリンたちは叫び声をあげる間もなく地面に倒れ伏した。
やったのか……? こんなにもあっさりと?
訝りながら剣を片方のゴブリンの身体に突き刺すと、肉と肉の間に光る物が見えた。魔石だ。
魔石は魔物が死なない限り人間の目に見える形として出現しない。魔石があるということはこのゴブリンは確実に死んだということだ。
「た、倒せた……ッ!」
安堵に大きく息を吐いた。同時にサラサラとペン先の走る音がする。ボナリーさんが何かメモしているのだろう。
「ふむ……興味深い」
何か気になる呟きを漏らしている。どういう意味で興味深いのだろう。
ともかく二体のゴブリンの肉を乱雑に割いて中から魔石を取り出した。人型の魔物は基本的に素材として人気がないし、雑に扱って魔石だけ取ればそれでいい。
「よし、次だ」
まだたったの二体の魔物を倒しただけだ。まだまだ狩っていかないと。
「きゃぁッ!」
その時、<<迷宮>>内に女の子の悲鳴が響き渡った。これはすぐ近くだ。俺は考える間も無く走り出していた。
通路を曲がり、直進した先に開けた空間があった。大部屋だ。
そこにはあの青髪の女の子とイリーナさん、そしてそれに群がる沢山の鼠とその周りを飛び回る一体の大蝙蝠がいた。
きっとイリーナさんがあの女の子の試験官なのだろう。青髪の女の子は必死に大蝙蝠を倒そうとしているようだが、足元から飛びついてくる鼠に気を取られて上手く狙えないようだ。
小さな鼠たちの尻尾には火が灯っているのが見える。カソという名の魔物で、第一階層で見かけることもある弱い魔物だ。だが十数匹いて流石に苦戦しているらしい。大きな蝙蝠の方は名前は分からないが、多分イレギュラーなものではなく第二階層に普通に出てくる相応な強さの魔物だろう。
それにしても蝙蝠なんて無視してカソだけ薙ぎ払えばいいのに、あの子は何をしているのだろう。あの子が蝙蝠に夢中な内に俺がカソを横から獲ってしまえば楽そうだが……そんな卑怯な真似をしてもいいものだろうかと躊躇う。
ちなみにイリーナさんは自分の周りに結界を張って安全に青髪の女の子の様子を観察している。
「くぅ……っ!」
女の子が大蝙蝠の爪で肩を切り裂かれた。
仕方ない、効率の悪い動きをしているあの子が悪いのだ。カソだけ横からかっさらって倒してしまおう。蝙蝠だけはあの子に譲ればいい。
「こっちだ!」
一声発して、大部屋を駆け抜けていく。剣に魔術を籠めようとして思い留まる。火の属性に偏っているのがカソという魔物だ。そして俺はまだ炎の魔法剣しか使えない。下手に魔法剣にするよりもただの魔力剣の方がいいかもしれない。
剣に魔力を籠めると、剣が淡く光る。魔法剣を使えるようになってまだ少ししか経ってないのに、懐かしくすら感じる。
俺の声に反応してカソたちの注目がこっちに集まる。
「なっ!?」
「はぁっ!!」
青髪の女の子が驚いて振り返る中、カソたちを魔力剣で切り裂いていく。適当に薙ぎ払うだけでカソの柔らかい身体はバターのように真っ二つになっていった。
柔いがそのすばしっこさですぐに懐に飛び込んでくるカソたちは確かに槍使いでは相性が悪かったかもしれない。
「な、なんで助けてくれたの……?」
女の子が驚きに目を見張っている。
「前見て、前!」
大蝙蝠が彼女に襲い掛かろうとしている。俺のことを見ている場合じゃない!
「っ!」
女の子は大蝙蝠の爪からひらりと身をかわした。カソさえ纏わりついていなければ彼女は身軽そのものだった。
「そこっ!」
そして彼女の手から槍へと魔力が送り込まれるのが見えたのと同時に、大蝙蝠へと穂先が発射された。蝙蝠の薄い翼を穂先が突き破る。そしてそのまま女の子が槍を振り回すと、魔力で編まれた鎖が蝙蝠に絡み、蝙蝠を地面へと引きずり落とした。
そして女の子は地に墜ちた大蝙蝠につかつかと歩み寄ると……ぐしゃりとその頭を踏みつぶしてトドメを刺した。
「ありがとう。でも助けてもらって悪いけれど、トドメを刺したのは私だからこの蝙蝠の魔石は私が頂いていくわよ」
「うん、俺もそれで別にいいけど……?」
なぜこの青髪の少女はこんなに申し訳なさそうにしているのだろうかときょとんとする。俺のその表情を見て、彼女が何かに気づいたようにハッとした。
「待って、貴方の課題ってもしかして『なるべく大きな魔石を取ってくること』じゃないの?」
彼女の問いに俺も状況を理解した。
そうか、受験者の課題はすべて同じものではなかったのか。彼女は大きな魔石を取ってくるのが課題だからあの大蝙蝠に拘っていたということか。
「ああ、俺は『なるべく多くの敵を倒すこと』が課題だ」
「なるほど……受験者をバラバラにしたのは、このことに気づかせないためね」
もしかしたら彼女も大きな魔石を持つ魔物の取り合いになると思って急いで第二階層に降りてきたのかもしれない。イリーナさんとボナリーさんの二人の試験官が俺たちの様子を見て各々微笑んだり紙に何か書き込んだりしている。
「だからカソを一掃してくれたのね、理解したわ」
青髪の女の子は頷くと、俺に右手を差し出した。
「私はクレア・プライス。私たち、この試験では協力し合えると思うの。どう?」
「強敵は君に、数を稼げそうな雑魚の群れは俺、ということか」
「ええ」
確かに悪くない話に思えた。俺も右手を差し出してクレアの手を握る。
こうして俺とクレアの間で協力関係が交わされたのだった。
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