第14話 試験官ボナリー
「私の名前はミッシェル・ボナリーでございます。貴方の実技試験の試験官を務めさせていただきます」
眼鏡のギルド員さんもといボナリーさんは、中指で眼鏡を押し上げながら微笑んだ。
「それでは時間も惜しいので早速<<迷宮>>へと向かいましょう。試験の概要は歩きながら説明いたします」
「分かりました」
彼の後を付いていくようにしてギルドを後にした。
綺麗に石畳で舗装された街中を歩きながら、俺たちは<<迷宮>>の入口へと向かう。<<迷宮>>への入口はこの街のあちこちに、いくつか開いている。何故かと言うと<<迷宮>>はこの街の真下にあるのだ。巫女の結界がないと安心して暮らせない訳だ。
昔この街がまだ小さくてのどかな村だった頃、突如として村のあちこちに穴が開きそこから魔物が溢れ出した。村の真下に<<迷宮>>が出来たのだと知った巫女たちは、力を合わせて<<迷宮>>の第一階層に結界を張った。それから魔物は村人たちだけで対処できる量しか上がってこなくなり、村に冒険者が集まるようになって栄え、街へと発展したという。
入口は街に全部で4つある。その全てに街兵が常駐していて時たま魔物が上がってくる度に斬り倒しているのだ。
「私たちは南口からのスタートです。少し歩きますがご了承下さい」
受験者たちがバラバラになるように配分されているのだろう。ギルドから一番近いのは東口だが、そこからやや離れた南口へと俺たちは向かう。
それにしてもボナリーさんはどのようにして戦うのだろう。その制服姿からはまったく想像も付かないが、強いて言うなら魔術師っぽいだろうか。ヘンリーも眼鏡だし。
「今回の試験の課題ですが、『第二階層に着いた時点から一時間以内になるべく多くの魔物を倒すこと』です。もちろん魔物を倒せば倒すほど評価されます。そしてこの課題の注意点ですが、倒した魔物の『強さ』はまったく考慮されません。この点をご注意ください」
「つまり、倒すのに時間がかかるような強い魔物は避けて、弱い魔物をなるべく沢山見つけて狩ることができるかどうかも実力の内、という訳ですか」
俺の言葉を聞いて、ボナリーさんは眼鏡のグラスをキラリと光らせながら微笑んだ。
「ええ、その通りです。ノエル様は頭が回りますね」
「そんなことないですよ」
酒場仕込みの営業スマイルで答える。真に受けて調子に乗ってはいけない。
やがて<<迷宮>>の南口がある広場に出た。
広場というか、流石に<<迷宮>>の出入り口の間近に建物を建てたい人はいないため広場のような空間が出来上がっているだけだが。
唯一近くに建っているのは街の警備を担当する街兵の詰所だけだ。
街兵の給料は街の税金から出るから安定してるし、<<迷宮>>から上がってくるのは弱い魔物だけだから危険も少ない。冒険者のように一攫千金は出来ないが、人気の職だ。代わりに街に何か非常事態が起これば真っ先に命を張らねばならないが、そんなことは滅多にないと聞く。
冒険者になる夢が破れた時は街兵に応募してみるのもいいかもしれない。
「では行きましょう。時間のカウントが始まるのは第二階層に着いた瞬間からですので、そこまではゆっくりとでも大丈夫ですよ」
南口の階段を下りていくボナリーさんに「そうですね」とにこやかに答えながらも、俺はその言葉を内心訝しんでいた。
今回は事情が事情なだけに受験者が多い。入る入口も分けられて、タイミングも重ならないように微妙に時間差で出発したが、全員の課題が「魔物をなるべく多く倒す」ならば、きっと魔物の取り合いになるのではないだろうか。それを避けるためにはなるべく早く第二階層に到着して狩りを始めなければならない。つまり時間との勝負は既に始まっているのだ。
ボナリーさんは目が糸のように見えるくらいにニコニコと人好きのする笑みを浮かべたただのおじさんに見えるが、あまり彼の言うことを無暗に信用すべきではないかもしれない……。
*
「はぁッ!」
第二階層へと真っ直ぐ向かう通りを駆け抜けながら、通り過ぎざまに通りに現れたはぐれスライムを叩き切った。炎の魔法剣に炙られてスライムの身体はジュッと嫌な音を立てた。
スライムの魔石程度など大した足しにもならない。魔石を拾う間も惜しんで通りを走った。
「おやまあ」
俺の後ろをぴったりと付いてくるボナリーさんがぽつりと呟く。一体どう思われているのだろう。不安になるが、評価は第二階層に下りてからのはずだ。今は気にしてもしょうがない。
それにしてもボナリーさん、俺の全速力についてくるなんて結構足速いな……?
舗装された通りを真っ直ぐに突っ切って、何事もなく第二階層へ降りる階段の前に着いた。
この間オークが出たのとは別の階段だ。下の階層へと移動する階段は大抵複数ある。第一階層ではそれぞれの入口から最短に位置する階段へと道が舗装されて通りになっている訳だ。
階段を前に思わずごくりと唾を飲んだ。第二階層へと降りるのはあの日――――足を切り落とされた時以来だ。
今でも鮮明に思い出せる。あの日、第二階層に意気揚々と降りて行った俺は、遭遇したゴブリンの群れの中にゴブリンメイジが紛れ込んでいるのに気づかなかった。魔術の造り出した風の刃にいきなり膝から下を切り落とされ、混乱に陥った俺を偶然通り過ぎた冒険者が救ってくれた。
あの日、あの人が通りがかってくれなかったら足を失うどころか確実に死んでいただろう。あまりのショックに恩人の名前もランクも聞くのを忘れたのが痛い。でも同じ冒険者なのだから、俺が冒険者を続けている限りきっと会えるだろう。あるいはひょっこりと<<小鹿亭>>を訪れてくれるかもしれない。
「……では、下ります」
「かしこまりました」
この一歩の重みを分かっているのかいないのか、ボナリーさんは静かに後ろを付いてきた。
長い石の階段を一段一段下りていく。この階段は冒険者が整備したものではなく、最初からこうなっていたらしい。どうすれば自然にこんな人工物のようなものが出来上がるのだろう。今度ヘンリーに聞いてみれば教えてもらえるかもしれない。
やがて階段は終わり、地面に足が着いた。
第二階層の床と壁は桃色の石でできている。それが寒々しいのに生き物の腹の中にいるような感覚を呼び起こして薄気味悪かった。自然に削られたかのような荒々しい岩肌をしているのに、四角い通路が廊下のようにいくつかの方向に伸びているのも、人工物なのかそうでないのかどちらともつかない感じで不気味だ。
天井を見上げると、遥か高いところに天井があるのに気が付いた。いくら階段が長かったと言ってもこんな高さを下りてきた記憶はない。これでは第一階層まで突き抜けてしまいそうな高さだ。前に来たときは気が付かなかった。
「<<迷宮>>では空間が捻じれているのだと聞きます。あるいは階層と階層は繋がっているけれども繋がっていないのだとも」
俺の驚いた表情に気が付いたのか、ボナリーさんがそう説明した。
つまり天井が高すぎることなどあまり気にしても頭が痛くなるだけだということか。
「それではこれより一時間をこの時計で数えます。一時間以内になるべく多くの魔物を倒してください」
ボナリーさんは懐から懐中時計を取り出して目を落とし、それを再び懐に仕舞う。そして口で万年筆のキャップを外すと、メモに何やら書き込んだ。サラサラという音から、彼が俺には書けない筆記体を使いこなしていることが分かる。
筆記体はまだ書けないどころか読めもしないのだ。もし彼のメモを盗み見ることができたとしても、俺には何が書いてあるのか判読できないだろう。
とにもかくにも俺の三次試験が始まったのだ。
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