第11話 ノエルくんは優しいね

 土の日。

 一昨日と同じように神殿へ行くと、見慣れぬ中年の紳士の姿があった。お祈りにきた信者さんだろうか。その人がちょうど出ていくところなのか、そばに見送りに来たモニカちゃんの姿もあった。


 「あ、ノエルくん!」


 信者さんとの会話が終わってから声をかけようと思ったのに、モニカちゃんの方が先に気づいてしまった。満面の笑みで手をぶんぶんと振っている。


 「あのね、あのね、この前のサンドウィッチ美味しかったよ!」

 「あ、食べてくれたんだ! ありがとう!」


 彼女があのバゲットサンドを食べてくれたんだ。その事実だけで浮かれ気分になるくらいに嬉しかった。


 「ほう、少年。君は料理が得意なのか」


 信者らしき中年の紳士までにこにこと話しかけてきた。

 にこにことした髪に白髪の混じった人の好さそうなおじさんだ。着ているものはいかにも仕立てが良くて品があって、まるで貴族のようだと思った。というか貴族かもしれない。


 「はい、それにノエルくんは凄いんですよ! この間<<迷宮>>で身を挺して私を守ってくれたんです!」


 謙遜をする前にモニカちゃんが矢継ぎ早に答えてしまった。これ以上ないくらいに彼女の目はきらきらとしている。こんなに楽しそうな彼女、この間食事をしたときぶりに見る。


 「ほう……それはそれは。とても気高く、高潔な行いだ。誰にでもできることじゃない」


 おじさんがにこやかに頷きながらそんなことを言うので、なんだか恥ずかしくなってしまった。


 「いや、そそそそそんな大したことじゃないですよ!」

 「でもね少年、次からはそんなことは止めなさい。自分の命を大事にするんだ」


 おじさんが真面目な顔になって、俺の肩に手を置いた。

 その青い瞳の奥に深い悲しみが見えた。


 「見れば見るほど君の目は息子に似ている。息子も冒険者で、みんなの為にと積極的に体を張る子だった……」


 「だった、ということは」


 「ああ。過度な献身の代償として死神は息子の命を持っていった。信じていた仲間に最後に見捨てられてね」


 神殿の周りの木立から響く小鳥の囀りがいやに大きく聞こえた。

 モニカちゃんもまずい話題を振ってしまったと思っているのか黙りこくっている。


 「ああいやいや、責めてるんじゃないよ別に。ただ冒険者なら、強欲に自分の命も他人の命も助けるぐらいを目指した方がいいよってことさ」


 空気を変えるようにおじさんがおどけたウィンクをした。案外ひょうきんな人なのかもしれない。


 「あ、いえ、俺のために言ってくれたんだということはよく分かりました、ありがとうございます」


 そうだ。おじさんの言ってくれたことはよくよく胸に刻んでおかなければ。

 あのオークとの一戦のような情けない戦い方では自分も他人も守れない。

 その為にも今日の修行を頑張ってこなして強くならなければ。


 「ここで会ったのも何かの縁だ。何か困ったことがあったら我々モンゴメリー家を頼りなさい。力になろう」


 そう言っておじさん……いやモンゴメリーさんは帽子を直すと歩いて去っていったのだった。


 「ねえ、ノエルくん」


 モンゴメリーさんの背中を見送った後、モニカちゃんがぽつりと言った。


 「私って最悪だね。この間のことでノエルくん、死んじゃってたかもしれないのに。ノエルくんが傷一つなかっただけでそんなことも忘れちゃうなんて」


 「そんなことないよ。あの時俺が飛び出していなければ、モニカちゃんだけさっさと逃げられていたかもしれない。考え無しなのは俺の方だ」


 「……ノエルくんは優しいね」


 彼女が体重を預けてくるみたいに肩と肩とが触れ合いそうになり……その寸前でふっと離れた。

 モニカちゃんはまた掃除か何かやることがあるのか、中庭ではなく神殿の奥の方へと歩いていく。そのまま去っていくのかと思いきや、モニカちゃんがくるりと振り向いた。


 「私ね、ノエルくんのこと好きだから。モンゴメリーさんが言ったみたいに、死んじゃ駄目だよ」


 彼女のいつもの太陽のような笑顔だ。

 彼女の言葉も、心に刻んでおこう。

 俺に生きていて欲しいと思っている人が、この世界にはいるのだ。


 *


 ついに試験当日になった。

 昨日は必死に修行して魔法剣の持続力を上げた。なんとか実戦で使える代物になった、と思う。


 ギルドには緊張した面持ち新米冒険者たちが集まっている。やはり現在Eランク冒険者の<<迷宮>>への立ち入りが禁止されているだけあって、人数が多い。昇格試験を受けるのはこれが初めてだから分からないが、きっといつもよりもずっと人数が大いに違いない。

 受験者たちの中にヘンリーの姿もあって、ちらりと目が合った。


 「本日の日程は筆記試験、次に戦闘試験、最後に<<迷宮>>での実技試験となっております。なお、戦闘試験が終わった時点で不合格が確定している方は実技試験を受けられませんのでご了承ください。筆記試験は識字できない方は口頭で受けることができますので、今のうちにお申し出ください」


 スレンダーな美人のギルド員さんが新米たちを前にすらすらと淀みなく説明している。もちろん手を上げて口頭での試験を受けたい旨を伝えた。他にもちらほらと手を上げている人がいる。ヘンリーは筆記で試験を受けるようだ。


 「それでは筆記で試験を受ける方は二階へ、口頭での試験をご希望の方は三階へどうぞ」


 ドキドキと胸を高鳴らせながら俺は三階へと向かった。

 口頭試験は部屋の中で一人一人受けるようで、順番待ちの冒険者たちのための椅子が廊下にずらりと並んでいる。

 やがて、俺の番が来て部屋の中へと入った。試験官はさっきのスレンダーな女の人だ。


 「第一問。アルミラージの角を採取するときの注意点を述べなさい」


 口の中がカラカラだ。だが分かる。きちんと勉強したところだ。


 「ええと、アルミラージは加齢により角が長くなっていくので、個体によってはとっても角が長くなっています。なので、ぽっきり折れてしまわないように注意して採取することが大事です」


 答えを聞いたギルド員さんが重々しく頷く。正解ということだろうか。


 「第二問。Dランク冒険者は<<迷宮>>の第何階層まで立ち入ることが許されていますか? また破った場合のペナルティは?」


 これは簡単だ。自信を持って答える。


 「第二十階層までです。破った場合のペナルティは……ギルドからはありません。なぜならペナルティを取り立てるのは魔物たちだからです」


 ギルドの忠告を無視して深い層まで立ち入った奴は勝手に死ねということだ。

 この答えにギルド員のお姉さんは何も言わずに微笑んだ。


 「第三問。それでは冒険者が高位のランクを取得するメリットとは?」

 「えーと、受けられる依頼が増える……?」


 これで合っているのだろうか。不安だ。お姉さんは曖昧な笑みしか浮かべてくれない。


 「それでは第四問……」


 そんな感じで不安になったり胸が逸ったりを繰り返し、口頭試験が終わる頃にはどっと疲れが来た。精神力がごっそりと持ってかれた気がする。

 多分悪い成績ではなかった……と思う。けど、実技試験すら受けることができずに不合格を言い渡されたらどうしよう。考えるだけで胃の腑が痛かった。

 あそこはああ答えるべきだったろうかとくよくよ悩みながら、次の戦闘試験を行う練習場へと移動した。


 「よく来たな。俺は戦闘試験の担当をするジリアン・マクギガンだ。お前らには俺は倒せないとは思うが、倒す気で来い。ルールはそれだけだ」


 随分と剛毅な説明だった。どんな卑劣な手が使われても負けはしないという自信の表れだろうか。

 試験官の男はギルド員の制服に身を包んでいるが、それに似つかわしくない筋肉で制服が内側から盛り上がっている。制服のボタンを上まで留められないのか、胸板が丸見えになっていた。背中に背負った両手剣が武器なのだと分かる。

 ギルドには冒険者としてのランクを取得したギルド員がたくさんいる。彼はその手合いだろう。


 「ごほん、正確に採点されたい方は事前にお配りした二次試験の注意事項をよく読み順守してください」


 ジリアンさんの説明では言葉足らず過ぎたのか、スレンダーなギルド員さんが咳払いして言い添えた。注意事項には他の受験者の戦闘中に割り入らないようにとか、ごく普通のことが書き連ねてある。


 「じゃあ受験番号若い順から来い!」

 「受験番号1番さん、前へどうぞ」


 まるで通訳のように女性のギルド員さんがいちいち補足するのがなんだか面白かった。


 「一番……オレだな」


 前に進み出るのは眼鏡を押し上げてグラスをキラリと光らせる男……ヘンリーだった。

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