第10話 透徹魔石とは
こうして喧噪に包まれるのは随分と久しぶりのことのように感じられる。
「おーい、ビヤを三人分くれ!」
「はい、ただいまー!」
いつもの三人の常連のだみ声に呼ばれ、素早く向かった。
前回酒場で働いた時にハルトさんに頼み事をされ、それから色んなことがあったのだった。
「おいノエル、聞いてるか?」
ビヤを持っていくと、目元に傷のある常連さんに話しかけられた。
「はい、何をでしょう?」
いつものにこにこ笑顔で答える。
「浅い階層に強い魔物が出るって話だよ。ありゃどうも本当だぜ」
常連のおっさん達は真剣な顔をしていた。俺も真面目に話を聞くことにする。
「それは、どうしてですか?」
「俺たちも討伐したからだよ。第5階層に出てきたマンティコアをよ」
マンティコア。尾に毒を持つライオンのような魔物。
もちろん到底第五階層なんて浅い場所に出現していい魔物ではない。
「それだけじゃねえ。そのマンティコアを何とか命からがら倒したらよ、何が出てきたと思う」
常連のおっさんの口ぶりに、思い当たるものがあった。
「まさか……透徹魔石?」
「そうか、お前も既に遭遇していたか。そうだ、そのまさかだ」
透徹魔石はすごく希少なものだってギルド員さんは言っていた。だからこそ俺たちは大金をもらったというのに。そんな偶然があるのか?
「他の奴らも同じことを言っている。浅い階層に出てきた強力な魔物を倒したら透徹魔石が出てきたってな。それを無邪気に喜ぶ奴らもいるが、俺たちとしちゃどうにも不気味でね」
確かに言われてみれば今日の酒場は、何か臨時収入があったかのようにはしゃいでいる冒険者パーティが多い。久しぶりだからこんなに忙しく感じるのかと思ったが、違う。実際に注文が多いのだ。
「こりゃ近々大きな"コト"が起きる。そんな気がしてならねえ……」
「コイツの悪い予感は当たるからな、覚悟しといた方がいいぜノエル」
髭のおっさんの言葉に、目元に傷のあるおっさんが言い添えた。
「おっと妙なこと言っちまってごめんな。お前さんはなんか危なっかしいからな。つい心配でな」
「次はステーキをくれよ。俺ぁこの店のステーキの安っぽい硬さが好きなんだ」
「安っぽいなんて酷いですよ、あはは」
おっさんたちは気を遣ってくれたのか、ガハハと笑って空気を変えてくれた。
でも心の中では不安が渦巻いていた。一体、<<迷宮>>に何が起ころうとしているのだろう……。
*
「透徹魔石とはどんなものか、だと?」
翌日、金の日の午前。
図書館に勉強に来た俺は、同じく図書館で勉強していたヘンリーに尋ねたのだった。
「うん。透徹魔石って魔術師に人気なんだろ?」
俺はあの透明な魔石について、ギルド員さんがしてくれた説明以上のことは知らない。今起こっている異常事態について少しでも知りたい一心で質問した。
「何故いきなりそんなことを尋ねるのかは分からないが……」
と前置きを置いて彼は話し始めた。
「透徹魔石は篭もっている魔力の属性に一切の偏りがない。それはつまりどの属性にも変換できる万能なエネルギーということだ。もちろん滅多に生まれる魔石ではない。基本的に深い階層の魔物から本当に極稀に採れるだけの代物だ。そんな希少な物をよく知っていたな」
深い階層からしか採れない。そんなものが何故第一階層から採れたのか。そこに理由がある気がした。
「なんで深い階層でしか採れないんだ?」
「ふむ。それを説明するにはだな……キミ、そもそも何故浅い階層には弱い魔物しか存在せず、深い所に行くほど魔物が強くなっていくのはどうしてだか知っているか?」
ヘンリーの質問に考えてみる。
巫女の結界……は街まで魔物が上がってこないようにするためのものだ。第一階層に特に魔物が少ない要因ではあるが、これが主な原因ではない。
「えーと……<<迷宮>>の一番奥、世界の裏側には魔王がいて魔王が強力な魔物を生み出しているから?」
「それは子供向けの御伽噺だ。キミ、この年になってまだ御伽噺を信じていたのか?」
ヘンリーの言葉がグッサリと胸に刺さった。特に常識の無さそうな彼に言われたのが傷つく。だって<<迷宮>>の仕組みに関する話なんてその御伽噺くらいしか聞いたことがなかったんだもん。
「それにしても懐かしいな。小さい頃はよく『悪い子にしてたら世界の裏側から魔王が食べにくる』なんて脅されたっけ。おっと話が脱線したな。何故深い層に強い魔物が発生するのか、だったな」
そう語る彼の表情を見て、彼は家族に愛されて育ったのだなと思った。
「最近の学説では地下の一番奥深くには特大の魔石の塊……天文魔晶石が埋まっているとされている。その天文魔晶石がこの世界の核なのだと提唱する者もいるな」
「この世界の核……?」
何処かで聞いたような単語を復唱する。
そういえばハルトさんがそんな言葉を口に出していたような気がする。
「ああ。その天文魔晶石が周りの土へと少しずつ魔力を染み渡らせていく。そうして深い所ほど大量に魔力が含まれる土や岩石になり、それらが抱え込み切れなくなった魔力は――――魔物になる」
ヘンリーがくいっと眼鏡を上げる。
「もちろん魔力が多ければ多いほど強い魔物が生まれる。現在人間は魔術なしでは生活できないほどに魔力に頼り切っているが、多すぎる魔力は災いも齎すということだ」
「それで、透徹魔石が深い階層でしか取れないというのは?」
聞きたかった一番最初の話題に話を戻す。
「それは単純な話だ。透徹魔石は魔力に一切の偏りのない魔石、つまりすべての属性の魔力が篭もっている。生成されるにはどうしても一定以上の魔力量が必要だ。必然的に透徹魔石が出来上がるには魔石にそれだけの『格』が必要になる。あとそれを宿した魔物も全属性持ちになるからそれだけ強くなるという訳だ」
「なるほど……」
俺とモニカちゃんが倒したあのオーク。あれも全属性持ちとやらだったのだろうか。
「それで? なんでいきなりこんなことを聞くんだ?」
ヘンリーが片眉を上げて尋ねる。筆記試験の問題集はもう開きっぱなしになったままほったらかしだ。
「実を言うと、この間……」
この前<<迷宮>>に潜ったときに起こったことを彼に話した。
第一階層にオークが出たことと、ドロップしたのが透徹魔石だったこと。そしてそれと同じようなことがいくつも起こっているらしいことを説明する。
「な、何!? 規制されている間に<<迷宮>>でそんな面白いことが起こっていたのかっ!?」
「というかそれが規制の原因だよ」
「くうう、もっと早くに試験を受けておくべきだったか!」
ヘンリーの実力の程は知らないが、今の<<迷宮>>にたった一人で向かう彼の姿を想像すると危なっかしいとしか思えなかった。何せ第五階層にマンティコアだ。試験を先延ばしにしていたのは彼にとって幸運だったとしか思えない。
「俺、明日は修行とバイトだから試験前に会うのはこれで最後だな」
そろそろ閉館時間だ。机の上を片付けて腰を上げる。
「ああ。オレも明日は戦闘試験に向けて最後の調整をするとしよう」
ヘンリーもパタリと本を閉じた。
「じゃあ、次はDランカーとして会おう」
「ああ」
試験の内容はかなり頭に入ったように思う。彼の教え方が意外にも上手かったからだろうか。二人で拳を合わせて別れた。
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