第9話 炎の魔法剣

 「俺を、魔法剣士に……?」


 目の色を変えて食いつく。

 魔法剣士。幼いころから憧れてきた存在だ。俺は凡百の人間ではない、魔法剣士になれる素質を持つ男だ。その希望を胸にずっと生きてきた。


 「ああそうだとも、興味はないか?」


 老婆が俺の内心を見透かしているかのようにほくそ笑む。

 俺の選択肢はなかった。

 

 「明日からよろしくお願いしますっ!」


 身体を腰から折って頭を下げたのだった。


 *


 試験まであと三日になった。

 戦闘試験や実技試験のことを考えると付け焼刃でもいいから魔法剣は習得しておきたい。そして筆記試験の勉強もしておきたい。そのためには<<迷宮>>探索のために確保しておいた時間を充てても足りない。

 時間が無いなら作るしかないのだ。覚悟を決めて姐さんの元へと向かう。


 「姐さん、急なお願いで申し訳ないのですが……」

 「ああ、昇格試験の準備か? 太陽の日までずっと休みでも構わないよ」


 俺が内容を言い出す前にそう返されて拍子抜けしてしまった。

 そういえば姐さんは元冒険者だから昇格試験がどんなものかも知っているのだ。


 「あ、いや、それだと給金が心もとないので、今日から三日間は午前が休み、午後は働くというので大丈夫ですか?」


 <<小鹿亭>>は宿屋も兼ねているので午前中から開いて冒険者たちに朝食を提供しているしで、結構やることはある。それでもやはり忙しいのは夜の方だ。午後にシフトを入れる方が姐さんも助かるだろう。


 「あんた貯金はちゃんとしてるんだろ? こういうときぐらい休めばいいのに……。ま、あんたがいてくれると助かるからこれ以上は言わねえよ」


 そもそもここで働くことになったきっかけは、ここの宿泊代を払えなくなったからだ。

 初めて<<迷宮>>に潜った俺は足を切断し、通りすがりの冒険者の治癒術でくっついたものの暫くの間は冒険者として活動できなくなった。それはすなわち当時泊まっていた<<小鹿亭>>の宿泊費を払えないことを意味する。

 村から飛び出してきたばかりで身よりもない中で寒空の下に放り出されることを考えて俺は絶望した。そんな俺に<<小鹿亭>>の店主、姐さんは「ここで働けばいい」と言ってくれたのだった。

 そんな俺の働きが姐さんに買われていることを実感して、ちょっと胸にジンと来てしまった。


 そういう訳で午前中に休みをもらった俺は準備をして神殿へと向かった。


 「おはようございます!」

 「ほっほ、早速来おったか」

 「あ、ノエルくんおはよう!」


 神殿に行くとおばば様と、モニカちゃんの姿もあった。モニカちゃんはその手に箒を持っている。


 「ノエルくんの修行見てたいけど、これからお掃除しなくちゃだから。じゃあね」

 「じゃあね……」


 名残惜しくその背中を見送った。


 「では中庭で修行をやるぞ」

 「はい!」


 中庭に場所を移しての魔法剣の修行が始まった。

 途中廊下を通っているときに子供の声が聞こえたのは、孤児たちの声だろうか。


 「魔法剣の修行と言うのは普通、既に魔術を習得している魔術師が剣にそれを籠める方法を習得して使えるようになるものじゃ」


 おばば様が講釈を始める。


 「ところがお主のような魔力剣の才があるものは、まず魔力を籠めることを先に習得してしまう」

 「ということはつまり……俺はまず魔術の使い方を学ばなくちゃならない、ってことですか?」


 俺がそう尋ねると、おばば様は愉快そうに笑って身体を揺らした。


 「ほっほ、それでは才の無駄遣いというものじゃよ。第一それなら、部屋でやるわな」


 確かにそうだ。魔術というのはまず勉強が大切な分野。それを学ぶなら中庭には案内されないだろう。


 「魔法剣は呪文や魔法陣で構築される魔術ほど様々なことはできない。その代わりシンプルで研ぎ澄まされており、魔力が凝縮されている。それが魔法剣を使うメリットじゃな」


 おばば様の説明に真剣に耳を傾ける。


 「そして才ある者ならば剣に魔力を籠めてから魔術を構築できる。今から教えるのはその方法じゃ」


 ごくりと唾を飲む。剣に魔力を籠めてから魔術を構成する。そんなことができるなんて。

 ちなみに魔力剣が魔法剣に変わらないかなと、剣先から炎が出たり氷が飛び出したりする夢想をしたことは何度もある。もちろん実現はしなかった。だから単純に思念を送るだけではできなさそうだ。


 「まず教えるのは……炎の魔法剣じゃ! スタンダードにして強力。大体の魔術の基本じゃ」


 炎。モニカちゃんの使っていた魔術を思い出す。俺もあんな風に強くなれるだろうか。


 「まずはいつものように剣に魔力を通してみなさい」

 「はい」


 剣を構え、意識する。腕から刀身へと血液のように流れ込む魔力を。

 そうすると刀身が鈍く光り始めた。


 「うむ。それが何の属性も籠っていない魔力だけ通した状態じゃな」


 おばば様が刀身を見てうんうんと頷く。


 「そして次はその魔力に火の属性を加えるのじゃ」


 内容がいきなり高度になった。


 「ええ、そんなのどうやってやるんですか!?」

 「ほっほ、慌てるでない。まずお主の剣の中の世界をイメージするのじゃ」


 微笑ましげに笑われてしまった。修行に集中しよう。


 「剣の中の、世界……」

 「そしてそこに炎の木を生やす想像をする。人によっては建造物を建てるイメージの場合もあるようじゃな」


 世界の中に炎を立てる。できるだろうか。


 「まあまずはやってみなされ」


 目を閉じて想像してみる。

 俺の剣の中には世界が広がっている。

 世界……その単語を聞くと異世界人だと名乗ってそこへと帰っていったハルトさんのことを思い出す。

 そうだ、俺の手の中には小さな異世界がある。いまその世界には何も存在していない。俺がそこに炎を築くのだ。世界の外にまで見える、確固たる存在として炎の塔を――――。


 「はぁぁッ!!!」


 刀身が赤く光り輝いたかと思うと、そこから炎が噴き出した。


 「おおー、見事なものじゃの! まさか段階を一つすっ飛ばすとは!」

 「え?」


 おばば様の声に気が逸れると、炎はあっという間に掻き消えてしまった。ああ、残念。


 「剣に炎属性の魔力を宿し終えたら、次にそれを外へと発現させる過程を教える筈じゃったんじゃが」

 「えーと、それはつまり……」

 「うむ、お主にはセンスがある」


 満面の笑みで認められた。

 そのことを理解して、じわじわと熱いものが胸に込み上げてきた。才能を認められるって、こんなに温かくて嬉しいことなのか。村から出てきたことは間違いではなかった。この瞬間、俺はようやく自分の選択を信じられた。


 「おっと泣いてる場合ではないぞ。次はこれを持続させねばの」

 「な、泣いてませんっ!」


 剣を構えるとさっきのようにまた魔力を籠めるところから始める。

 そうしてその日の午前中は修行に精を出した。終わる頃には一太刀浴びせる間くらいは魔法剣を持続していられるようになった。


 「あの、これ……手ぶらなのも悪いかと思ったので」


 修行後、おばば様に一つの包みを手渡した。


 「ほお、これはお弁当かの? 気が利くのう」


 昼食に食べてもらおうと思って、バゲットにバターを塗って野菜と肉を挟んだものを持ってきていたのだ。

 魔法剣を教えてもらえることと、いつ来るかも分からないハルトさんを紹介することが釣り合うとはどうにも思えなくて、せめてもの礼に。


 「いえ別に、酒場で働いてるので料理もちょっとできるだけで……」

 「それではこれはありがたくモニカと一緒に頂こうかの」


 なぜ複数人分のバゲットサンドを作ってきていたのかやすやすと見抜かれて、耳が熱くなった。


 「食べたい人が食べてくれればいいと思っただけです、では!」


 逃げるようにして神殿を後にした。


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