第12話 戦闘試験
ヘンリーが試験官ジリアンの前へと進み出る。彼の白いローブが風にはためく。
「魔術師か。遠慮なく来い!」
「周囲に被害が出ないようにこの白線に合わせて結界を張りますので、白線内で試合を行っていただきます。合図をしたら試合開始してください」
また通訳のように女性のギルド員さんが言い添えた。
地面に丸く線が引いてある。石灰か何かで描かれているようだ。
ヘンリーとジリアンが白線内に入ると、スレンダーなギルド員さんが二人に向かって手をかざした。
すると二人を囲むように白線に沿ってドーム状に結界が形成されるのを感じた。無詠唱魔術というやつだ。
この女性のギルド員さんも冒険者としてかなりの実力を持っているのだと感じて震えた。今まで普通に通ってきた冒険者ギルド、実は
「それでは、始めッ!」
スレンダーな試験官さんがその華奢な身体に似合わぬ響く声で合図をしたかと思うと、ジリアンがその瞬間地面を足で思い切り蹴って猛烈な勢いで飛び出した。背中の両手剣を抜いてヘンリーに向かって振りかぶる。
「
短縮詠唱。ヘンリーの前面に膜のような半円のものが形成され、それがジリアンの一太刀を防いだ。
「はっ、もうヒビだらけじゃねえかッ!」
ヘンリーの形成した防御膜はもうヒビ割れてボロボロだ。ジリアンが振り下ろした剣を間髪入れずに振り上げることで、ヒビだらけの防御膜ごとヘンリーを斬りつけようとしている。
「なぜ接近を許したと思っているッ! 猛れ、
「なにっ!?」
ヘンリーが一小節唱えた途端、彼の足元が光り出した。よく見るとそこに足先で描いたらしき簡易魔法陣が見える。
短縮詠唱と簡易魔法陣による複合魔術だ。詠唱による魔術よりも魔法陣による魔術の方が強くて、詠唱と魔法陣の複合した魔術はもっと強いと、ヘンリー本人が図書館での勉強の時に言っていた。
彼の足元の魔法陣から、ジリアンへ向かって大きな土の杭が飛び出していく。
「ぐおッ!」
土の杭が腹に直撃したジリアンはそのまま上へと吹っ飛ばされた。ヘンリーの奴、試験官を吹っ飛ばすなんて滅茶苦茶すごい……っ! ドーム状の結界は天井が高めに張られているが、ジリアン試験官はそのまま結界の天井にぶつかってしまいそうだ。
だが。
「痺れるねえッ!」
ジリアンは空中でくるりと体勢を反転させると、結界の天井を蹴って下へと"跳んだ"。
「だが甘いッ!」
ジリアンが真下、つまりヘンリーへと真っ直ぐに向かっていく。その手には両手剣が構えられている。
「
ヘンリーが慌てて真上に防御膜を張った。
だが今度の斬撃は先ほどの一撃とは何もかもが違う。重力、体重、結界の壁を蹴った勢いの何もかもが乗った一撃は容易くヘンリーの防御膜を打ち破った。
「ぐぁああああッ!!!!」
振り下ろされた斬撃によってヘンリーは吹き飛ばされ、結界の壁にぶつかった。
あんなにモロに斬撃を受けてしまって大丈夫なんだろうかとハラハラする。
「試合終了ッ!」
スレンダーなお姉さんが凛とした声を響かせ、ヘンリーの二次試験が終わったことを告げた。
そして二人の周りを覆っていた結界が解かれる。
「魔術師の癖にあえて引き付けることで強力な技を叩き込むとは、度胸があるじゃねーかっ! お前は満点だッ!」
地面に倒れ込んでいるヘンリーにジリアンが言い放つ。
「採点係は貴方ではなく私です。ぬか喜びさせるような言動はお控えください」
そしてすかさず釘を刺されていた。
「うう、う……」
ヘンリーが呻いた。よく見ると彼の身体から血は流れていない。彼を斬りつけたように見せかけて、実際には剣の平たい部分で叩いたのだろうか。
「よし、いい感じにダメージを負ったな! お前らの中に治癒専のやつはいるか?」
ジリアン試験官が受験者たちを見渡して叫んだ。
治癒専とは戦いをせずに治癒術によって仲間をサポートすることを専門にしている冒険者のことだ。治癒術を使える人間は貴重なので、たとえ戦闘能力がなくても重宝される。
そのことを考えると俺が<<迷宮>>に初めて足を踏み入れて負傷したあの日、偶然治癒術を使える冒険者が通りかかったのは相当に幸運なことだった。
それ以外にも俺はなんだかんだといろんな人に見守られている。見守られていると言えば、ハルトさんも今この瞬間異世界とやらから俺のことを見守っているらしいが本当だろうか? 生活の一部始終を見られてるのか? そんなまさか。
「は、はい!」
受験者たちの中で一人だけが手を上げた。赤い紐の結ばれたワンドを持っている男の子だ。
「ふん、起源教の奴ね」
近くにいる受験者の女の子が鼻を鳴らして呟いた。
確かに彼女の言う通り、白と黒を基調とした特徴的なローブからあの男の子が起源教のクレリックだと一目で分かる。ワンドに結ばれた紐の色は神官の階位を表しているらしい。赤い紐はローズ。一番下の階位だったはずだ。
起源教とはこの世界で一番権力を持った宗教だ。この街では神殿の方が力が強いからそんな風には感じないが、俺が飛び出してきた村にすら起源教の小さな教会が建っていたものだ。
「こいつを治療してみせろ。それがお前の戦闘試験だ」
「注意事項に記載してあった通り、治癒術専門の方はその技の腕が二次試験の評価の対象となります。それでは受験番号6番、ジュリオ・カターニアさん。治療を開始してください」
ジュリオと呼ばれたクレリックは大きな声で返事をすると、ヘンリーの元へばたばたと走っていって屈み込んだ。
「落ち着いて、落ち着いて……っ!」
ヘンリーに話しかけているのかとも思ったが、どうやら自分に言い聞かせているようだ。大丈夫なんだろうか。
ジュリオが手をかざすと、手の先がぽうっと白く光り始めた。それを見て俺は首を傾げた。
治癒術を使うと白い光が出るのはおかしいことではない。普通のことだ。では何故ハルトさんがかけてくれた『おまじない』は黒かったのだろう。あれだって身体を治してくれたのだから治癒術の一種ではないのか? ごく普通の治癒術を目にしてふとそんな疑問が浮かんだのだった。
「あ、ああ……楽になった。ありがとう」
治癒術をかけてもらったヘンリーはゆっくりと身体を起こした。どうやら体調は回復したようだ。その様子を見てスレンダーなギルド員さんが手元の紙に何か書き込んでいる。
「それではエインズワースさん、カターニアさん。二次試験は終了です。採点結果が出るまで暫しの間お待ちください」
ヘンリーたちは「あの身体能力、化け物か」などとぶつぶつ呟きながら白線の外へと出たのだった。
「受験番号2番さん、前へどうぞ」
「ええ」
次に進み出たのはさっき呟きを漏らしていた女の子だった。背中にかけていた槍を抜きながら白線の中へと入っていく。彼女が頭を振ると後ろでポニーテールに結った青髪が宙になびいて、日の光を受けて水面のように輝いた。
「試験官さん、一つお尋ねしますが。ここにいる受験者の腕では到底治せないような傷を負わせてしまった場合、どうなるんです?」
女の子が真顔で尋ねる。
「その場合は私が治療いたします。ご安心ください」
女性のギルド員さんがそつなく答えた。あの人治癒術も使えたのか。
「ほう、それはつまり俺に深手を負わせられる自信があるってことか。面白いじゃねえか」
ジリアンさんは二人の女性とは対照的にニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。さっきの試合を見ていただろうに、あの女の子はジリアンさんを倒す自信があるのか。俺はとてもじゃないが彼を倒す術など思い浮かばない。
ギルド員さんによって再び白線に沿って結界が張られる。結界の中で二人が睨み合っている。
「それでは、始めッ!」
練習場に凛とした声が響き渡り、試合が開始された。
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