第5話 モニカちゃんと食事
「なんだノエル、おめえも隅におけねえなあ!」
俺とモニカちゃんは俺のバイト先である<<小鹿亭>>を避けて<<銀の狐酒場>>にやってきたのだが、その努力も空しく<<小鹿亭>>の常連と遭遇してしまった。あの目元に傷のある強面のおっさんだ。
テーブルについて注文をしようとしたとこだったのだが、俺もモニカちゃんも苦笑いするしかない。
「こういう奴は調子に乗らせると女たらしになるからな、気を付けろよお嬢ちゃん!」
「なりませんよ!?」
おっさんは俺の反論も聞かず、一方的に言うだけ言って「じゃーなー!」と去っていった。
嵐のような男だった。
「あっはは……たしかにノエルくん、モテそうだもんね」
おっさんの適当な言葉に騙されたのかモニカちゃんがそんなことを言う。
「全然モテないよ!? こういう風に女の子と食事するのも今日が初めてだし!」
慌てて手を振って必死に否定する。
おっさんのデマを否定するだめとはいえ、赤裸々に喋り過ぎた気もして顔が熱い。
「へえ、じゃあ私がノエルくんの初めてなんだね」
「う、うん? そうだね」
彼女の言葉が蠱惑的に聞こえてますます顔が熱い。
俺はいま傍目から見ても分かるほど赤面してるんじゃないだろうか。実際、面白いものでも見るみたいにモニカちゃんがくすくす笑っている。でも悪い気分になるような笑みではなかった。
やがて注文した料理がテーブルに運ばれてきた。
ほかほかと湯気の出ているポトフ、柔らかい白パンに、大きな焼き魚、そしてミルクだ。
俺たちが普段食べているパンには大きく分けて二種類ある。黒パンに白パンだ。
黒パンはとにかく硬くて硬くてシチューやスープに浸しながらじゃないととても食べられた代物ではない。けど腹持ちはいいし格安なので貧乏人の味方だ。白パンは逆に柔らかくてふわふわとしていて、それだけでも甘味があって美味しく食べられる。
普段は黒パンしか食べないが、気になる子と食事する時ぐらい美味しいものを食べたくて白パンを注文した。あと臨時収入に浮かれているのもある。
ポトフにはベーコンやじゃがいもキャベツ、ニンジンなどいろいろ入っていて具沢山だ。モニカちゃんも「おいしそー!」と歓声を上げている。
焼き魚は海に面したこの街自慢の海産物で、人の顔が2つは入るほど大きい魚だ。これを冒険者パーティが複数人でつつくのが定番だ。
モニカちゃんはお酒を楽しめる年齢ではないと思ったので、酒は頼まなかった。そういえば勝手に彼女のことを年下だと思っているが、実際には何歳なのだろう。
「じゃあ、食べよっか」
「うん!」
二人で熱々の料理をつつきあって食べた。
一口料理を口に運ぶ度にモニカちゃんがほっぺたが落ちそうと言わんばかりの満面の笑みになるので、俺も釣られて笑顔になってしまった。
もしもモニカちゃんのような子と……もっと、先に進めたなら。どんなにか良いだろうか。
*
「ねえ、ノエルくん」
「うん?」
帰り道、モニカちゃんを神殿まで送っていってあげている時のことだった。空にはもう綺麗な三日月が出ている。
この街の神殿は孤児を引き取り育てていて、その中でも才能のある子は巫女になるらしい。モニカちゃんもそうして巫女になった孤児なのだと教えてもらった。
ちなみに俺は勤め先の<<小鹿亭>>に泊まっている。酒場のまかないだが毎日朝食と夕食も付いてくる。これで月の宿泊費が金貨2枚で収まるのは安い方だ。
「今日は本当に、ありがとうね」
隣の彼女が恥ずかし気に俯いてぽつりと言った。オークとの戦闘の時のことだろうか。
「いや、俺はお礼を言われるようなことは何もしてないよ! オークを倒したのはモニカちゃん何だし!」
「ううん、そうじゃなくて……まあいっか」
モニカちゃんはクスリと笑った。俺は何か間違ったことを言ってしまっただろうか。
「じゃあノエルくんの身体を治したもやもやのこと、おばば様にちゃんと聞いておくから」
神殿の手前まで来ると、彼女が俺を振り返って言った。
そういえばそんな話もあったな。
「ああ、ありがとう。午前中なら<<小鹿亭>>に来てくれれば大体俺いると思うから」
「うん、分かった。じゃあね、ばいばい」
手を振って俺たちは別れた。
今日はいろいろとあって精神的に疲れた。
<<小鹿亭>>に帰ったらすぐに寝よう。明日はあのSランク冒険者との約束もあるし。
そういえばあの冒険者の名前を聞かなかったな。まあ姐さんに聞けば部屋の場所くらい教えてくれるだろう。
それから昇格試験を受ける権利をもらったからその準備をしないといけないし……としなければならないことを指折り数えて家路を急いだ。
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