11日目

間違いなく夜は明けている時間なのにいっこうに空が明るくならない。


僕は寝ていても仕方ないのでとりあえず草露のわずかに光るのを頼りに道をたどった。かさかさという土を踏む音がやけに大きく聞こえる。

山の向こうで、時計のネジをまいているようなそんな雰囲気。もくもくと淡々としたなかに、なにかの準備をしているような気配が空気に混じって漂っている。


時間で言えば今は朝か昼のはずなんだけど、太陽がないからこれは夜だ。太陽がいつ昇るか見当もつかないから、世界で一番深い夜だ。


僕はそれに気づくとなんだか嬉しくなってしまった。明日の準備をしている人が山の向こうにいて、僕は太陽のない空のしたを目もぱっちりとさえて歩いている。


低い地面の上を流れて風が草に乗る。ゆらゆらと揺れてさざなみのように果てしない向こうからどこまでもあっちの果てまで。草の揺れる音が流れていく。速く、速く。目にも見えないし、触ることもできないけど、かっこいい。


この世界にもきっと、走りすぎた風のたどりつく場所があるのだろう。時間の流れ着いたその終着地点がどこかで、世界のポケットみたいなところで息をついているのだろう。


思い出を奪い去って時間は走り抜ける。そして思い出をためこんだ風も待合室を出発して、やがて八方に散る。煙みたいに。見えないものだから。それを見る目をもたないものだから、僕はなすすべもなく見送るしかないのだ。


山の向こうからネジを巻く音が聞こえる。途切れ途切れ、なにかを落とすような音とか。それを拾いあげるような気配とか。

太陽を昇らせる準備をしているのだ。山は崩れないだろう。僕はここにとどまるだろう。時間があるかぎり、僕はさまよい続けるだろう。


世界一深い夜の中で、僕はいろんなことを知る。自分の手の平が透明になったように見えた。


十一日目の深い夜。

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ジャングル(長い話) くまみつ @sa129mo

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