6日目

ゆっさゆっさと揺られて目を覚ますとちょっと高い。地面が揺れている。僕は毛玉に抱えられて持ち運ばれている。「毛玉かあ。」

昨日よりもだいぶ山並みが近付いて見える。風がずっと涼しい。草がさらさらと音をたてている。


「急にいなくなるな。ずいぶん探した。」と毛玉が言った。急にいなくなったのは毛玉の方だ、と思ったけど黙っていた。「うーん」毛玉に運ばれるのは気持ちがよい。見上げるとはるか高い空の天井あたり、鳥が舞っているのが小さくみえた。


「門番に会いに行く。」と毛玉が言った。

「うん。」と僕は言った。門番って誰だ?

とにかく目的ができた。成り行きにまかせるというのは素晴らしい。


「カメはカメでも食べられないカメはなーんだ。」僕は毛玉になぞなぞをだしてみた。答えはもちろん僕も知らない。「知るか。バカ。」やっぱり毛玉はそう言った。


「昨日さ。すごいでっかいカメに会ったよ。山みたいなの。」

「ふーん。」

「それがさあ。なぞなぞ大好きって顔してんの。」

「ああ。あれすごい年寄りだ。」

「カメ知ってんの?」って話しながら、風が涼しい。

カメはべつになぞなぞ好きじゃないって。


日が山のうえに乗りかかったみたいな状態で、もうじき例のガチャンの時間って頃に門にたどりついた。なにもない平原の真ん中に巨大な門だけがドンと立っていて、脇に門番らしき男が立っていた。門は堅く厚そうな木製で、壁のようにぴったりと閉められていた。

僕と毛玉が門に近付くと、門番はゆっくりとこちらの顔を見据えて腕組みをした。きっとずっと前から僕たちが近付いて来ていたことには気づいていたはずだ。屈強な筋肉が肩から胸にかけて、モンゴルだかチベットだかの民族衣装のようなデザインのタンクトップ状の服からまるごと見せつけている。


「これが門番だ。」と毛玉が僕に言った。

「そしてこれが門だ。」と門番が言った。

「うーん。」と僕は毛玉と門番の顔を交互に見て、空を見上げた。やがてまた太陽が壊れる音がして、夜が来た。


随分無口な門番だけど、悪い門番ではなさそうだ。

僕と毛玉は門番が手際よくこしらえた焚き火をかこんで横になっていた。門番は自分専用の、そのお尻にはちょっと小さすぎるんじゃないだろうかと思うような椅子に腰掛けてじっと火を見つめていた。


焚き火の火が影をつくり、生き物のいない平原に影は踊った。

しんとした夜の空気のなかで、たきぎの燃えるちりちりという音がやけに大きく聞こえた。毛玉はやわらかそうな腕を枕にして寝息をたてている。僕はずっと焚き火の揺れる火を眺めていた。


「手で触れるだけで、門は開く。おまえなら簡単に開くことができるだろう。」モンゴル相撲のチャンピオンみたいなその門番が話し始めた。

「入り口なのか、出口なのか、それはわからない。ただ、一度くぐりぬけると元にもどることは難しい。そんな気がする。」


気がする?


「先に進むことを必要としているなら、門を開いてみるのもいいだろう。」


毛玉はどうして僕を門番のもとへ連れてきたのだろうか。


「どこにいるのかまだわかっていないのなら。無理には薦めない。さっきも言ったけれど、一度抜けてしまったものは簡単には後戻りができないんだ。ゆっくり考えればいい。」

僕は門番の顔を見た。門番も僕の顔を見ていた。その小さい丸い目からは、なにも読み取ることができなかった。でもたぶん悪い門番ではない。

僕は寝転がってひじをついている。焚き火の火が揺れながら空へ散る。


門番は門へ顔を向け、門の表面の材質を確認してるみたいな感じでしばらく見ていたけどまた焚き火に視線をもどした。僕は焚き火から目を離さなかった。

わからない。わからない。


僕は手元の雑草を抜き、放り投げて地面を見つめた。虫もミミズもいやしない。砂は砂ではなく、土はたぶんボール紙でできているんだ。僕は少しだけ、地面が僕や毛玉や門番や、すべての生き物を乗せたまま黒い夜に浮かんで漂っているところを想像した。魔法の絨毯みたいに、終わらない夜を漂い続けるのだ。


たきぎが大きく爆ぜて、火の粉が軌跡を描いて舞った。僕は体を起こし、あぐらをかいて座ると門番を見て、しかたなく笑った。門番は少し疲れたような顔をして、でもうなずいた。それで僕は眠った。

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