5日目

目が覚めると毛玉はいなかった。ずいぶんあっさりしたやつだなあ。僕はふかふかした芝生に横たえられていて、さすがに重かったのかなあ。ちょっとぼんやりした。

太陽が真上にくるころに僕は立ち上がり歩き出した。よく考えてみたら目的もなんにもない。それはちょっとまずいんじゃないかなと思った。けどどうしようもない。やがてジャングルが開けて光る水面が見えた。湖だ。水は薄い水色でどこまでも透き通って見えた。


踏みしめるとわずかに揺れて波紋を作る飛び石を踏んで、湖を縦断した。あつらえたような丸い飛び石だと思って湖の底を見てみるとどうやらそれは飛び石なんかではなく、湖底からそびえたつ柱のてっぺんが水面から飛び出しているものみたいだった。水の底には大理石みたいなつるつるしてそうな廊下が一直線に敷かれていて、その廊下の端を飾るように柱が水面まで、等間隔で立てられているのだ。


どこまでも一直線に続く水中の柱を見ていると、合わせ鏡を見ているようなぐらぐらするような気がしてなるべく水面だけを見るようにした。


もしかしたらだれかが住んでいるのかもしれない。と思いながら湖を渡りきろうという頃に、湖の淵にとてつもなくでっかい亀がいることに気づいた。これは要注意だ。こういう亀は意地悪でなぞなぞが大好きと相場が決まっている。


なぞなぞはめんどくさい。


僕が大ガメのそばまで来ると、大亀は僕の顔を見上げて「へえ。」と声をだした。亀の挨拶は「へえ」だ。僕は「やあ。」と言った。

湖の淵にはたくさんの小さな白い花が咲いている。見たこともない丸い小さい花が一面に咲いていた。

「ずいぶんきれいなところですね。」と僕は言った。お世辞ではなくて、本当にきれいな湖だ。

「へえ。」と亀は言って目を閉じた。それから口をぱくぱくしばらく動かしてそれからやっと「へえ。そうですねん。」と言った。亀は関西弁だ。


亀はゆっくりと前のヒレを動かして波をたてた。波紋がきれいな円で湖のむこうの淵まで広がっていくのが見えた。


「カメはカメでも、食べられないカーメだ。」とやがてその大ガメが歌うみたいに言った時にはてっきりなぞなぞをだされたのだと思った。「パンはパンでも」ってのなら知ってるけどなあって。僕があきらめて「わかりません」と言うとカメは「へえ。」と言って目をぱちぱちとしばたいてからふーっと息を吐いた。それからたぶん眠ってしまったんだと思う。目を閉じてなにもしゃべらなくなった。


あれが自己紹介だったということに気づいたのはだいぶたってからだった。失敗した。


本当にきれいな湖だった。昔の思い出みたいにきれいで澄み渡っていた。子供の時にみた自動車の窓越しにひろがる入道雲みたいに大きくてどこまでも広がっていた。

そしてまたガチャン。唐突に夜が来て気づいたら僕はだだっぴろい平原に一人で立っていた。


涼しい風がゆっくりゆっくりと漂っていて、僕は明かりひとつ見えない山並みを見渡した。そういえば人類は僕をのぞいて全部滅んでしまったんだった。いつのまにか見渡す限りの草、また草の平原。どこから来てどこに行くんだかさっぱりわからない。あのフクロウの言ったとおりだ。

一面に生えた草はプラスチックのようにつるつるで、虫の声もひとつも聞こえない。地面もたぶんスポンジでできているんだろう。山の向こうではおそらく、粉々になった太陽を誰かが片付けているところか。明日の太陽は昇るのだろうか。


僕は草むらに横になって夜の空を見上げた。今日は意地悪な月さえ顔を見せない。僕は地面に吸いつけられるみたいに眠りに落ちていった。それで夢をみた。オレンジ色と黄色の壁の迷路を、僕はさまよっていた。そういう夢だった。

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