二人目:未来の場合
口がすべって
1.
私には、別れてはくっつき別れを繰り返している男がいる。
認めたくはないけど、私はどうしてもその男のことが好きで好きで仕方がなくて、別れても友だちとして離れることが出来ずにいた。
相手からしたらどう思われているのかは分からないが、別れた後もお互いにいがみ合うことなどなく、フランクに友だちに戻れるあたりを見ると、嫌われているわけではなさそうだった。多分、こういう関係は特殊だろうし、あまり理解もされないだろう。だけど、私も彼もオープンな性格でいい意味でこだわりがないから、この関係を保てているのだろうと思う。
かと言っても、さすがに友だちに戻ってからは毎日会うことはなかった。ただ、どちらかが暇な時間があれば、
「ご飯食べに行く?」
とか、
「カラオケ行く?」
とか誘い合って、不定期に会っていた。もちろんもう彼氏彼女ではないので、ただ遊ぶだけでそれ以上はない。
私としては、まだ好きの感情があったから、それ以上があっても良いんだけどな、という気持ちは少しばかりあった。だけど、じゃあ実際それ以上があったら困らないか?と言われれば、困るのは事実だったし、ややこしいことは面倒だったから、今の関係は結構気に入っていたかもしれない。
ある日、カラオケに行こうということになった。そのカラオケ屋さんには時々行くことがあり、私と彼の家はそのカラオケ屋さんから逆方向にあったので、現地集合することになった。
「よっ。」
「よっ。今日、休み?」
「うん、休み。
「私は学校、午前中だけだった。」
私は大学生で、彼は社会人だった。アパレルの仕事をしていて、休みの曜日が特に決まっているわけではなく、この日も、ど平日の水曜日だった。
「何時間、歌う?」
「んー、特にこの後、用事があるわけじゃないから、しゅんちゃんに任せるよ。」
「じゃあ、フリータイムにしとこっか。キリのいいところで出ればいいよな。」
「うん、いいよ。」
店員さんに通された部屋は四人くらい入りそうな普通サイズの部屋で、ソファが二列あった。先に入ったしゅんちゃんが左側に座り、私は右側に座った。不思議なもので、何となく席に座る位置って毎回同じだ。しゅんちゃんが左で、私が右。歩く時もそう。
いつも車道側をしゅんちゃんが歩いてくれるから、その並びがしっくり来るのかもしれない。優しさの塊みたいな人ではなかったけど、相手を気遣う優しさがある人だった。そういうところがしゅんちゃんの良いところで、私が好きだと思うところでもあった。
私が付き合う人を選ぶ基準は、話や趣味が合う人。一緒にいて楽しいことが第一条件で、しゅんちゃんとは音楽が好き、アウトドアが好き、社交的など共通点が多かった。
「飲み物は何にする?」
「俺、コーラ。」
「了解。……、あ、すみません、コーラとアイスコーヒーを一つずつお願いしまーす。」
店員さんが飲み物を持ってきてくれる間に、選曲する。とりあえず新曲から探して、と。
「先に入れていい?」
「ん、いいよー。決まるの早かったね。」
「うん。ちょうどさっき車で聞いててさ、これ、好きなんだよね。」
ピッ。
モニターに映し出された文字は、『口がすべって』だった。あぁ、多分、ミスチルの何かのアルバムに入ってた気がするな。確かにメロディーは私も好きな歌だったけど、じっくりよく聞いたことはなかったかもしれない。
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