勇気#3
街を上げてのお祭り……とかなのだろうか。元の世界の地元ではこれほどの規模のものは無かったので、新鮮だ。
さらにその祭りイベントの目玉らしいこの「最大勇者祭り」に至っては、もう何に対して歓声や怒声を上げているのかも分からないほどの混沌さを巻き孕んでいる。その熱気に呑まれるようにして、僕も少しは高揚してくるかと思いきや、あまりそういうことも無かった。
とにかく、
肝心の試合は「一対多」のパーティバトル形式であって、つまり対象となる敵が一匹、闘技場に配置され、それを4人とか5人の参加者で囲んで討伐する感じ。
なのだけれど、審査は個々人の「勇者ポイント」とやらによって為されるということで、要はその敵、いわゆるモンスターじみた奴らとの戦いの中で、いかに「勇者的行動」を示せるかで、そのパーティ内での勝者が決められるという、何とも言えない上に、何を目的としているのかわからない形式のバトルなのであって。
第一戦の相手は、スライムだった。
いやあの、ぽよんとした質感の愛嬌のある顔立ちの奴では無く、無機質極まりない、動く汚泥のような愛想のないモンスターだった。
ホラー映画に出てくるような、「見えない恐怖」みたいな感じで、無生物だと思ってたのが意思ありそうな動きをしてくると本当に怖い。それも最大限に広がると六畳くらいはありそうな巨大さだ。
どうすんだよこれぇと思ってる間もなく、ボクの隣から、裂帛の気合い声と共に、戦士然とした屈強なヒトが金属アーマーを揺らしながらそのスライムに突っ込んでいった。
それが合図なのか呼び水になったのか、一列に並んだ「参加者」から「炎」が放たれたり、ナイフのような飛び道具が宙を舞ったりしたのだけれど。
軟体質の身体を瞬時に縮こめると、濁った吐瀉物のような色をしたスライムは、それらを全て跳ね返したり受け流したりと、意外な器用さであっさり凌いでいた。
ええ……もしかしてこいつ相当強いんじゃね? どうも名前からは最弱のイメージがつきまとうけど、間近で見るその「静」の迫力のようなものにボクはたじろいでしまうばかりであって。
それでも、「もし初戦で負けて一銭も得られなかったとしたら、お前さんをしかるべきお肉屋さんに売り飛ばさなくちゃあならねえ……」と、例の丸男がその時だけやけに神妙に告げてきたのが逆に戦慄だったボクは、やぶれかぶれ感満載で、手にした鎖鎌を振り回しながら、自分の背丈以上あるその化物に向かっていったわけで。というか、もっとスタンダードな武器あったでしょうが。何かこう、グルグル振り回す方の扱いが非常に難しいから!
この時点で明らかに後手を引いていたものの、迫る灰色のスライムに向け、先手必勝! っとばかりに自分に気合を入れつつ、ボクは鎖鎌の分銅を投げ放ったのであった。
でも、元の世界にいた時からそうだったけど、ボクには度し難い「アンラッキー気質」が備わっていて、大抵のハプニングがさらなる窮地を呼び寄せてしまう、そんなインフェルノな人生を、青春を、今まで送ってきていたわけで。
異世界でもそれは忠実に引き継がれていたようだ。踏み出した左足が「偶然」、スライムの飛び散った残滓を捉えてずるりと滑り、分銅はあらぬ上空へ向けてすっぽ抜けていくと共に、予想外の方向から引っ張られたことで思わず鎌の方もボクの左手から抜けてしまったわけで。
高々と、無駄に虚空に向かって小さくなっていく唯一の得物を目で追う間もなく、勢い付いたボクは真顔の丸腰のままで、目の前に迫る壁のような灰色の軟体ボディに向けてあえなく、つんのめるように突っ込んでいくほかは無かった。
<何とォォォッ!? リント選手っ、己の生命線である武器を放り出してしまったぞぉぉぉっ!! ……解説ウガイさん、これは一体?>
<所詮、武器や魔法に頼った勇武などエセ……そう痛烈に批判をしているかのような行動です。非常に興味深いですね>
実況と解説らしきヒトたちの声が響き渡るけど、いや違うってば。
「わああぁぁぁっ!!」
声だけは馬鹿みたいによく通る、と言われるけど、その分、悪目立ちもするいい感じの叫び声を漏らしながら、ボクは眼前に広がった、スライムのものすごく冷たくて、ありえないほど気色悪い、そのゲルとゾルの中間のような感触に包まれていく。
底なし沼のような、五感をまるごとパッケージされるような感覚に、根源的な恐怖を揺さぶられたボクは、口の中にまで入り込んでくるその生臭い餅のような感触を吐き出しながら、声を限りに叫ぶのであった。
【タタタタスケ、タスケテヤスゥゥゥゥッッ】
その時、奇跡が起こった。
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