2. ミネト



「平岡台ぃ~、平岡台ぃ」


 来るたびに辛気くせぇ。


 どこを見ても山。

 ジジババばっかり。

 空気はやけにうめぇし、水は濁ってねぇし――なんだ俺、いつのまにここの事、褒めてるし。


 滑り込んだ電車に乗り込んだ時、すれ違いで肩をぶつけてきた中年おっさんを、俺はこの日一番の眼力で睨み付けてやった。


 本を床に落としたそいつは、無駄に身につけた威厳を傷つけられ、ご立腹。

 立ち上がって、乱れた髪を撫で、抗議の言葉を唇に形作る――が、声にはならない。

 俺の金髪ベリーショート、シルバーピアスを見て、口元は作り笑顔になってサヨウナラ。


 けれど世間の流れは途絶えない。そんな邪魔者に関わるまいと、川が岩を避けるように、新たな降車客の流れができあがるだけだ。


 俺は後悔した。

 ダサすぎる。

 こんな何にもない所で、ひょろ弱っちいおっさんにガンくれて。

 他にやることがなくて、地元の駅で名前売ろうとしてるチューボーのガキみたいだ。


 現に昔の俺がそうだった。連れていた舎弟の悪ガキどもと。だから正確には「俺たち」だ。

 子分たちはいつの間にか、大人になってた。

 デブのヤマネは実家の漬物屋を継いで、二代目とか言われてる。

 イチカズは良くわからない商売をして、東京あっちでは羽振りがいいらしい。


 俺だけがこうして、昔と変わらない場所に立って、昔と同じ馬鹿をしてる。


 原チャリで事故って、ニケツしてた年上の女の顔に傷を追わせた過去。

 パニクった高校生の俺が、土下座して助けを求めた、あのいまわしい記憶。

 そいつを再現しに、俺はへ行こうとしている。


「タバコ吸いてえ」

 つい漏れる衝動。

 どうせ誰も見てないから、いっその事、ここで吸ってやろうかと考えるまでに、俺はイラついていた。


 ここから先に大きな駅は少ない。だから車内はガランとしている。殆どの客が降りたのだろう。


 どうぞ自由にお座りくださいと、座席が言っている。

 俺は何も考えず、いちばん近い端の席に、尻を叩きつけるように座った。

 膝を組み、いつもの考える時のクセで、丸く刈り込んだアゴ髭を親指で弾く。


 金がいる…どうしても。


 アイツに騙された俺が悪い。

 美人局の男にしこたま殴られながら、そう思った。

 いい思いもしたけど、結果は300万の借金。そんな金がフリーターで、ダンサー崩れの俺に作れるわけはない。


 猶予はそんなに無いし、トンズラしようにも免許書取られて、逃げ場もない。


 昨日から誰も電話に出やしねえ。

 子分なんて言ってたアイツラだけど、俺ん中ではダチだった。そう思ってた。

 けどちょっとだけでも時間くれって連絡したら、音信不通。。


 ふぅと息をつき――俺もおっさんだな――鼻に皺を寄せた。


 そんだけのもんだったのかよ、俺らって。

 「人望」なんてタバコの灰みたいに、少しの横風で簡単に吹き飛ぶもんだ。


 そういえば、あのクソ親父に言われたっけ。


 「ミネト。仲間っつうのはな、お前が困ったって思った時には、もう回りに集まってるもんだ。それがお前の【人望】だ」


 偉そうに…第一、ただでさえ遠い田舎の奴らが、そんなすぐに集合するかってぇの。


 やっぱり中止やめだ。次の駅で降りてやる――

 俺は自分の決意に文字通り、ツバ吐くつもりで、口を尖らせた。


 その瞬間、強烈に視姦されている気がして、俺はその口のまま、目線を上げた。


 女。気づかないうちに、そこにいた。対面の席で銀髪の若い奴が固まっていた。

 顔がこっちを向いている。

 シルバーの前髪が長いせいで目がよく見えないが、確かにこいつの視線だ。


 追い剥ぎから守るように鞄を脇に抱え、何だか細長くて、黒い棒みたいな物を構えていた。


 俺は野性的衝動から、即座に臨戦体勢を取った。


 中年親父を黙らせた鋭い眼光にメッセージを添えて、えぐり込むような角度で叩き込んでやった。


 ナニ見てんだ? てめぇ…あぁん!?

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