エピローグ
――……しもし……
まず初めに感じたのは全身の痺れだった。体はもう脱ぎ捨てたというのに、おかしな話だが自分の端々に生じる綻びを彼は敏感に感知した。自己がなすすべなく崩れようとする恐怖に喉を詰まらせ、しかしそんな恐れさえ飲み下して自分に言い聞かせる。
自分が何者であるか?
我武者羅になって知識を貪り、どうにか目当ての大学院に自分の座席を確保した、しがない科学の信徒だ。
いいや、違う。
ほんの一ヶ月かそこらの、流星のように煌めいては消えていった思い出に半生を費やす狂人だった。たった一点、記憶の中で輝く星に手を伸ばし続けては引き返せない痴れ者だった。
あの別れの日、彼女が住んでいたPCを取り上げられ、それでも天田の手を回していたらしく彼本人はあっさりと解放された。
その理不尽に言いしれぬ憤りながらも『英知』が別の研究施設に移送されたという情報を聞きつけ、彼は歩み出した。知識を蓄え、学歴を積み上げ、ただ一つ星の在処を目指した。
課題は二つ。
まず厳重に管理された『英知』には容易に接近できない。
次に、言葉を話せなくなった彼女の声を聞くには自身も電子の知性体とならねばならなかった。
全てを擲った。周囲からの賞賛も振り切って駆け抜けた先で手にした切符。それは『英知』に触れられる地位であり、そして自らをここに送り出す技術だった。
それらを躊躇なく使い果たして。
やっとカナタはこう思う。
「良かった」
――もしもし。ここにいますよ
あの懐かしい声が語りかけてくるから。
迷える星の集う空に 妄想神 @ito_ko
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