エピローグ

 開け放たれた扉の前で四角く切り取られた白い光の中ノゾミは語る。その隣に並び立っていたオニワカは町の彼方の晴天が明る過ぎて目を細めていた。

 ノゾミが睨みつける方角も同じだが、その意味は大きく異なる。

「お母さんたちにも命令する能力はあった。けれども、相手は細かな機械の集合体だから、命令された部分だけを切り離して対処された」

「それならば、今ノゾミが赴いても結果は変わらないのでは?」

 彼女はオニワカに一瞥をくれ、それから羽織っているマントの裾を摘んで見せた。

「これが私の命令を伝えてくれるから。『神』が切り離せないくらいに広域に。それよりも」

 ノゾミが言い出し辛そうに唇を噛み、目を伏せる。

「お母さんたちがこれを作り上げたときには一人も護衛がいなかった。だから町の外に出ても命令する間もなく殺されるしかなかった。……わたしだって独りなら結果は同じだ」

 そこでノゾミは顔を上げてローブをぎゅっと握り締め、死刑宣告でも言い渡すようにしながら訊ねてくる。

「一緒に……来て、くれないか?」

 たった一言の、その業の深さがノゾミの胸を締め付ける。

 だって、なぜなら。

「わたしを守ろうとすれば、きっとまたオニワカは誰かを傷つける。そうするしかなくなる。だから、嫌なら断って欲しいけれども」

 尻すぼみになりそうになる台詞をノゾミはどうにか言い終える。酷く居たたまれなさそうにしていて、それなのにどうしてか彼女は赤い双眸を見開いて彼を見つめていた。

 その意味合いに薄々感づくところがあってオニワカは問いかける。

「それは、俺自身の選択でついてきてもらいたいってことですか?」

「そうだ」

 その意味するところが重た過ぎて、オニワカは言葉を失いそうになる。これから起こすかもしれない殺人の責任さえ自分で背負えと、そう言っているのだから。

 けれども、考えてみればそれは当たり前のことで。

 オニワカは瞼を震わすノゾミの強がった視線を真正面から受けて、その上で自身に問いかける。

 答えは、気づかぬ間に彼の胸に宿っていた。

「俺って途中から、ノゾミが本来の護衛対象じゃないって自分で気づいてたんですよね」

 そう語りかけると、仄白い昼の明かりを浴びていたノゾミは眩しそうに片目を細めながら首を傾げる。その拍子

に肩に掛かっていた長髪が流れ落ち、溢れる日の光を照り返した。

「自分の使命なんかじゃないって気づいていたはずなのに、それでもあなたの傍から離れようとは思えなかったんです」

 見上げてくる瞳の中の真紅は不安そうに揺れていて、その目を安堵に和らげたくなる。守りたいから、だなんて言い訳じゃない。もっと心の奥底か湧いて、彼を突き動かす気持ち。

「あなたの傍にいさせてください、ノゾミ」

 本心から口にしたその台詞に「あ……」とノゾミは驚き、頬から鼻の付け根にかけて鮮やかな朱色に染まっていく。

 やがてその目元が綻び、目尻に光る滴を溜めて。

「ありがとう」

 花が開いた。

 そうとしか形容できないほどに、柔らかな微笑がいじらしく咲き誇った。

「それでは、行きましょうか」

 オニワカが手を差し伸べて、ノゾミはそこから恥ずかしそうに顔を背けつつも手を重ねて応える。そしてどちらからともなく指を絡めて握り合った。

「オニワカ。町を出たらしばらくは離れられないからな」

「本当ですか。それは好都合ですね」

 なんて言い合って二人して肩を揺らす。一頻り笑ったらお互いの手を引き合い、もつれ合うようにして外の世界に踏み出していった。

 『魔王』の行軍はここに始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王様の仰せのままに 妄想神 @ito_ko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ