第7話
花だって紛れもなく生きている
それは朝夕も宵も彼らを観察していれば、確かに思い知らされる真実だった。
花は咲けば枯れるまで同じ姿をしているわけではない。薄暗い日には花弁を閉じて力を蓄え、太陽の輝きが眩しくなるその下で初めて彼らは自らの色を力の限り広げる。明るい黄や無垢な白、冴えた青や深い紫を照り映えさせる。
また彼らは来る災難に蹂躙されるだけでなく毒と刺でその身を守った。肉食の虫を呼び寄せて護衛にするものもあり、だけど病には勝てずしばしば枯れ果てていく。
そうした足下にある生き様を眺めるのが、ずっとあの柩のような装置で眠っていたノゾミが目覚めてから最初に見つけた楽しみだった。自分以外にも生けるものを見つめて、初めて彼らと同じものが自分の中でも脈打っているのだと感じられた。
だからノゾミは今日も今日とて花壇に水を注ぎ、葉や花弁に滴を乗せた花を見て孤独を慰める。これまでと違うのは、膝に手をつき白い花を眺めていたら、後ろで手伝えることはないかとそわそわしているオニワカの存在だ。
「ノゾミ。困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね?」
「オニワカ。いつも言っているが、花の世話なら何とかなるからお前は休んでいろ」
「ですが、傍にいないとノゾミの怪我を防げませんから」
園芸の手伝い、という名目でついてきてはいるが、オニワカの主眼は結局そこにあるのだった。
「全く、今までだって大した怪我なんかしなかったのに……」
過保護なのはいつものこと。だけど、この頃は彼が側にいても、どうしても拭い去れない孤独を感じる。
オニワカはノゾミを見ると顔に笑みを張り付ける癖があった。そうやって本心を隠しているのだ。もの悲しくはあったがいずれ心を許してくれるだろうと思って、これまでは静観してきた。そんな諦めは、しかし明けかけた夜空の下でオニワカを見つけたあの日から許されなくなってしまう。
オニワカが援軍を求めに下山して以来、ノゾミは彼が待ち遠しくて眠る間も惜しみ、頻りに町の中を歩き回った。オニワカから外に出ないようにと言い渡されていたことも思い出してからも、玉座から彼の姿を求め続けた。
だからオニワカが明け方に帰還してもすぐさま気づいて、彼を迎えに行けた。通りの端で立ち尽くすオニワカを見つけたときは安堵のあまり胸の中が温かくとろけてしまいそうだった。
なのに、再会してからのオニワカはどこか様子がおかしい。
下手な作り笑いの下に押し隠しているものがあることは目にした途端に気づけた。だというのに、オニワカはそれを語ろうとしない。しかもそれ以来、これまでは何となしに察せた彼の内面が何一つ伝わってこなくなってしまった。
堪らなく寂しい。
表向きは明るい表情ばかりを装っているけど、それでは感情がないのと変わらなかった。心に触れられず、オニワカが本当にそこにいるのか、不安で仕方ない。
そんなとき、ノゾミの胸中には一人でいたときと同じ心地が――或いはそれよりもずっと重くて切ない気持ちが――満ちた。
今の彼と一緒にいるのはどうしようもなくうら寂しいけど、離れるわけにはいかない。この頃のオニワカは危うくて、薄っぺらでも彼の願いに応えないとその芯にある大事なものが折れてしまう。そんな予感がして、抗いようもなく胸を支配して止まなかった。
だから。
「本当に怪我はないのですよね? おかしな虫に刺されたりはしていませんよね?」
こんなオニワカの、今にも崩れそうな笑顔で語られる問い掛けにノゾミはできる限り微笑んでで応じるしかない。
「何ともない。ほら、この通りだ!」
そうしてノゾミがひけらかす泥だらけの手の平を、オニワカは眩しそうに細めた目で見つめていた。
――たくないっ! 離れたくないっ!!
酷い頭痛に頭を揺れ動かされて、無理矢理意識が引きずり出される。襲い来る吐き気に眠ろうとすることさえ許されず、オニワカは埃っぽい寝所の上で目を覚ました。
まだ夜は開けておらず、室内に光源はない。ただ壁や床を形作る石材の滑らかな表面が丸い月の形を白く照り返して、目を凝らせば活動できる程度に明るかった。
オニワカは布団から上体を引き剥がして、分厚い硝子の填められた窓から外を見下ろす。
魔物たちは連日町の外に集まって無謀な突撃を敢行していた。
オニワカも彼らが集結する前に刈り尽くしてはいたが、到底油断できる状況ではない。万が一風の防壁が突破される事態に備えて町の境目にほど近い民家の三階に陣取っていたのだった。
その晩も監視を続けていたオニワカは、町の境界付近に動くものがないか確かめようとして、固まる。
積み上げられた魔物たち死骸の山近くに身動ぎする影があった。不気味に思うよりは警戒心が先立ち、オニワカは窓から家の外へと飛び降りる。
彼は音も立てずに着地し,建物の輪郭さえあやふやな夜の町を駆けた。町の端に辿り着いて遮蔽物がなくなると、姿勢を低く保ちながら一息に影の傍まで駆け寄る。
だが、月明かりを浴びて仄かな白光を帯びた長髪が向かい風に大きく広がった後ろ姿にオニワカは足を止めていた。彼の気配に気づいて彼女は背後に一瞥くれる。
その白い面立ちに煌めく赤い眼差しが、オニワカと目が合った途端に見開かれた。
「……どうしたんだ、オニワカ? こんな時間に」
ノゾミは風に舞う長髪を体にまとわりつかせながら振り返る。頬にかかる白い髪だけは耳元に撫でつけてオニワカを見上げてきた。
その瞬間だけ髪と瞳が黒く、面差しは大人びて見えてしまい彼は固く目を瞑る。頭の中を攪拌してくる痛みがまた戻ってきて、顔を顰めてしまうのを止められなかった。何とかうずくまることだけは堪えていると、頬と額に、歩み寄ってきた少女の華奢な指が添えられる。その冷たさと柔らかさに戸惑って薄目を開いたら、ノゾミがその双眸を細めて心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。
「風邪なのか? だけど、熱はなさそうだし……」
その風貌にまだあどけなさが残ることを、目の前にいる少女が誰であるかを、オニワカはじっと見返して確かめる。何度見直しても変わりはなかった。
「少し目眩がしただけですから、俺は平気です。心配をかけてすみません、ノゾミ」
オニワカが笑顔を取り繕ってそう言っても、ノゾミは中々納得しない。鮮やかな真紅の血が透けた瞳を凝らして彼を見ていた。
「本当に?」
だなんて訊ねて、やがて瞳が不安そうに揺れ出す始末だ。仕方ないからとオニワカはノゾミの腰と膝の裏に腕を回して、彼女を肩の高さまで抱え上げる
「信じてもらえないのなら、こうやって証明するしかありませんよね」
早くもオニワカの頭に縋り付くノゾミに構わず、オニワカは神殿に振り返った。
「ま、またあれをやるのか……!?」
察しのついてしまった彼女は竦み上がりながら訊ねる。まだ出会ったばかりの頃にもこんなことがあった。こんな危険極まりない笑みを浮かべている彼の顔を目にした。
しかしオニワカは本心から楽しそうにしていてノゾミはじたばたと足掻くも躊躇いを拭えない。恐れと嬉しさが綯い交ぜになって彼女は拒絶もし切れずにせめてもの抵抗もとい懇願に打って出た。
「せ、せめて! ちゃんと抱きつける姿勢にして!!」
今にも走りだそうとしていたオニワカは、涙すら伴いそうなノゾミの声に足を止める。それから涙目で請う彼女を見上げて、それもそうかと頷いた。
「確かに、ノゾミは前回この格好で神殿から下りて泣ぶっ!」
こんな場面でばかり達者になるオニワカの口をびんたで塞ぎ、「良いから!」とノゾミは行動だけを促す。彼はと言えば気を悪くした様子も見せずに彼女を宙へと放り投げ――
「――えっ?」
唐突過ぎる浮遊感と落下に怯えてノゾミは瞼も閉じられない。そのまま硬直していたノゾミをオニワカは両腕で受け止めて抱え直した。
「なっ、なっ……!?」
背中と膝裏から持ち上げられて、オニワカの腕の中で猫のように丸くなったノゾミが唇を戦慄かせている。
「これなら平気ですよね?」
オニワカに質問を投げかけられても潤んだ視線を寄越すだけで、彼を責める気力さえノゾミにはなかった。
さすがに悪かっただろうかと、反省するオニワカだが、彼の自省は行動に活かされない。
「それじゃあ、行きますよ」
ただそれだけの前置きを以てして、オニワカは情け容赦のない疾走を始めた。相変わらず唐突過ぎるその動きに放心していたノゾミも意識を引き戻されてオニワカの首に腕を回す。それから彼の胸に顔を押しつけて流れいく景色から目を逸らした。
オニワカはそんなノゾミの姿をちらと視界の隅に納めながら、前回と同じ要領で幾つかの建物を経由し速度と高さを稼ぐ。家の屋根を割り砕かんばかりに強烈な足音を何度か轟かせ、あらん限りの力で夜空に身を踊らせた。
「わぁ……」
いつの間にやらオニワカの胸から顔を離していたノゾミが、彼と同じ眺めを目にする。澄んだ瞳に星光を溜めて輝かせ、見取れていた。
短い滞空時間が終わって重力に捕まる。落下が始まり背筋の裏でぞわぞわと恐怖が弾けるけれど、ノゾミは不思議と落ち着いていられた。だから着地の僅かな衝撃に怯むまでもう目も瞑らない。
「はい。到着です」
オニワカに抱かれたままノゾミは小さく身じろぎして頷いた。
それから、遮るもののない夜空に意識を飛ばす。
見渡す限りに夜を埋め尽くすほどの星が煌めき、淀みない闇の中で個を主張し続けていた。その輝きは目を離せば見失ってしまうものから、薄い雲でさえ覆い隠せないものまで様々に赤や白の明かりを散らしている。
そうした星々を引き連れた楕円の月が、西の空から仄白く地上を照らしていた。
「寒くはありませんか?
もぞもぞ首を横に振って,ノゾミは答える。
「これを着ていれば、寒さはほとんど気にならないんだ」
言いながら彼女は自身の、白いフリルがあしらわれた紫のローブの生地を摘んだ。
豪奢な見た目は機能性など皆無に見えたが、実際には違う。オニワカは、これも町の石材と同様に特異な技術の結晶なのだろうと、と一人で得心して頷いていた。
しかし、そこでふとまた疑問が湧いて訊ねる。
「そういえば、マントは着ていなくてもよろしいのですか?」
近頃は暑くなってきたからか脱いでいることが多いものの、どう見ても丈の余るそれをノゾミは愛用している。何かしらの必要に迫られているからだろう、と考えてはいたのだが、今の彼女はマントを羽織っていなかった。
「何か事情があるのでしょうか?」
しかし、この質問にもノゾミはかぶりを振るばかりである。
「できるだけいつも身につけているようにと教えられてはいるけれど、今まで役に立ったことはない。だから気が向かなければ脱いでいる」
そうノゾミに言われても、ならそれで良いかと納得できないのがオニワカの立場である。煙たがられるかもしれないことは承知で、彼はこう進言するしかなかった。
「お節介だとは思いますが、どうか着ていらしてください。もしかしたら、それがあなたの命を救うことになるかもしれない」
そして、ノゾミに生き続けてもらうことこそがオニワカの何よりの願いなのだ。
そんな彼の心情を読み取って、ノゾミはやや複雑そうな表情をした。それでもオニワカの思いは十分に知っているつもりだったから、頷くしかない。
「分かった。今度からはいつも着ておく」
ノゾミに言われてオニワカは息をつき少し表情を緩めて、それから暗闇が覆う森に目をくれた。そこに灯る、微かな炎の煌きに思いを馳せる。
「……オニワカ?」
彼の目が向けられた先にノゾミも目を凝らした。ノゾミの視力ではオニワカの見つめる篝火を見つけ出せなかったが、記憶が目の前の景色に重なる。
初めてオニワカにここまで連れてこられたときのことだ。オニワカが見つめる方角には、村落から立ち上る煙が棚引いていた。
最寄りの村がそこにあるのだと感づき、ノゾミは表情を曇らせる。
恐らくはそこへと応援を頼みに行ったオニワカは、帰ってきてから一言もその話題に触れようとしなかった。何かあったのだとノゾミも察してはいたが、彼はその件になると話を逸らして取り合おうともしない。
結局、今に至るまで後回しにしてきてしまったが、もう放置することもしたくなかった。彼を苦しめるものがあるなら少しでも取り払いたくて、ノゾミは口にする。
せめて同じ世界を見つめられるようにと願いながら。
「なぁオニワカ。わたしは外の世界から、どう思われているんだ?」
「――っ!」
澄んだ炎の色の瞳に見上げられてオニワカは狼狽える。ノゾミにはだけは明かしたくなかった事実に手を伸ばされて、反射的に拒絶してしまう。
「そんなことはっ、俺がどうにかしますから! ノゾミが知る必要は……!!」
言い訳にもなっていないことぐらい彼自身も自覚していた。それでも話し出す気になれずにいたのに、真っ直ぐな少女の眼差しは逃してくれない。
「わたしが聞かないわけにはいかないことだろう?」
――その通りだった。
ノゾミに傷ついて欲しくないなんて全く個人的な感情だけで押し隠そうとしていた。けれども話さなければ、いつか彼女は自ら危険に飛び込む羽目になる。敵の正体さえ明かさないのは彼女に目隠しをしているに等しかった。
だとしてもやはり語ることには抵抗がある。それでも頼まれたのならオニワカが断れないことを見越した上でノゾミは問いかけてくるのだ。
「教えてくれないか? わたしが世界からどう見られているのか」
答えない、という選択肢がないのなら、オニワカは観念するしかない。自身の不甲斐なさに嘆息しながら、せめてもの悪足掻きとして口にする言葉を選んだ。
尤もどれだけ言い回しを工夫したところで、立ちはだかる現実の重みはそうそう隠せそうにはないのだが。
「外にいる化け物が魔物と呼ばれている、という話は以前しましたね?」
「あぁ」
口元を苦渋にひきつらせるノゾミを見て、やはりオニワカは話すべきではないのだろうかと逡巡してしまう。分かっていた、それは彼自身の願望であり弱さだ。
「その魔物たちを統べるもの、『魔王』。魔物たちが集う地を引き継ぐものはそう呼ばれているそうです」
そしてそれは恐らくあなたのことだ、とオニワカはノゾミに語りかける。彼女は意外にも動揺せずに黙したまま凪いだ面差しでその事実を反芻していた。
ノゾミからすればそれは予想できていた話だったから。
「オニワカが以前に町からの応援が呼べなかったのは、わたしがそのマオウとかいう奴だからか?」
「いいえ! それは……」
などと咄嗟に打ち消してしまったが、間違いだとも言い切れない。
「どうなんだ?」
またノゾミの目に覗き込まれると、オニワカは今度こそ否定の言葉を吐き出せなくなる。
「俺が『魔王』の手下として疑われました。それが直接的な要因です。他にも、魔物たちの襲撃が増えたことが関係しているようでした」
オニワカから事実を吐露されたノゾミは目を伏せて考え込みだしてしまった。その心中では導き出された仮説が何度も吟味され、それでも揺らがずに彼女の口から語られる。
「わたしたちを陥れようとしている奴がいるな。もしかしたらそいつが魔物を操っているのかもしれない」
「もう少し詳しくお聞きしてもよろしいですか?」
オニワカの質問にノゾミは首肯して彼を見据え、迷うことのない口調で語り出す。
「わたしはここに閉じ込められている。魔物がいるから、出たくても出られない。そんなわたしを『魔王』とやらに仕立て上げるのは難しいことではないだろう。これが一つ目の根拠だ」
常の幼さが抜けた口ぶりは理知的で、オニワカには別の誰かを彷彿とさせる。どこでそんな人物と会っただろうかと考える傍ら、彼はノゾミの語りに耳を傾けた。
「それに魔物の襲撃が増えた時期も出来過ぎている。オニワカの不在を狙ってその村が襲われたのはオニワカに対する疑いを強めるためだ。そしてそこでオニワカが足止めを食らっている間にこの町を襲わせたのだろう」
その推論に、考え出した当人のノゾミは無表情のままでいたがオニワカは違う。誤魔化せない怒りを抱き、それを押し殺そうとしても呟かずにはいられなかった。
「だったら、俺がそいつを……ノゾミに降り懸かる苦難は、それで消え去るんですよね?」
まだ居場所も正体も分からぬ相手だが、形のあるものならばオニワカに壊せないものなどない。眼球の奥で散る火花のような感情に彼は歯を軋ませた。
その強ばった頬が、繊細な指に摘まれる。
「むぐ?」
固まった筋肉は動かず、皮膚だけが引き伸ばされる。
「ぐ……あの、ノゾミ?」
不意を突かれたオニワカが目線を下ろしていくと、少女の不機嫌顔に睨まれた。
「オニワカはそういうことを一人で抱えようとし過ぎている」
「だけどそのために俺はここにいますし」
すかさず飛び出すお決まりの文句にノゾミは口答えしようしたが、素振りだけに留めて顔は背ける。うんざりとした気持ちは溜め息に乗せてできるだけ吐き出してしまい、それからもう一度オニワカに視線を戻した。
小さな少女の上目遣いが、そのときだけは力強い。
「ずっと気になっていた。オニワカはどうしてわたしの傍にいるんだ? お前は何者なんだ?」
いずれは明かさねばならない、だけどお互いに先延ばしにしてしまった質問だった。その惰性をノゾミの方から打ち崩されて、オニワカは言葉を失う。
だってオニワカ自身もその答えを見失っていたから。
「少なくとも人間ではありません。人を模して作られた何かのようです」
「何か、とは?」
透明な赤い双眸に見つめられてオニワカは言葉に詰まる。まさか殺人鬼だなんて言い出せるはずもなく。
「記憶がないんです。自分が人間でないということも以前知ったばかりで。だから、結局自分が作られた目的も誰が作ったのかも分かっていない」
やむを得ずに告白すると、ノゾミは目を僅かに大きく開いて驚いた。それから余計に聞けずにはいられなくなって自分の胸に手を当てる。
「それなら、なぜわたしなんかの傍にいる?」
自分の正体さえ掴めていないのに人に構っている余裕があるのかと、ノゾミはそう訊ねていた。紡がれる言葉は離別を恐れて震え、それでも彼女は問いかけることを止めない。
「オニワカのその力は、本当はもっと別のことのためにあるのかもしれないんだろう!?」
「ノゾミ……」
その瞳に宿るものが今は誰よりも自分に向けられていて、歯噛みする。
「俺なんかに優しくしても仕方ないのに……」
それでも求めてしまう。あまりにも温か過ぎて。
「一つだけ、はっきり誓えることがあります。あなたを、ノゾミを見たときから確信していることがあります」
赤い瞳の中で輝く白銀の月を見つめてオニワカは心の中の真実に向き合う。
「俺が生み出されたのは、あなたを守るためです。そうしなければならないと、どうしてか心の底から思えるのです」
改めてなされた告白は、これまでにしてきた宣言と大差ない。そのはずなのに、ノゾミは口を開いては閉じることを繰り返すだけで何も言い返せなかった。心がざわめいていた。
やがて冷えた夜気に紛れそうなほど冴えた声で彼女は沈黙を破る。
「だったら……一つだけ、教えて欲しい。オニワカは誰かの命令に従うだけの、わたしに従うだけの人形じゃあないんだよ……な?」
悩みの果てに吐露した疑念は中々言葉に出せなくて語尾は露と消え行く。
腕に収まったノゾミがいじらしくて、オニワカは嫌でも思い知らされた。
守りたい。
ローブ越しにも感じられる温もりや柔らかさが今更ながらに実感して思う。
失いたくない。
「俺は、俺の意志で動いています。断じて思い通りになるだけの人形じゃない」
何の根拠がなくたって、もはやそう思わずにはいられないものが胸の内にあったから。
迷わない。
「人間ではないかもしれません、それでも! 確かに俺の抱いている気持ちは本物なんです!!」
吐き出して、その言葉の熱にオニワカはしばらく浮かされていた。じわじわと冷めていって我に返り、自らの言動を振り返ったときには謝罪の言葉さえ思いつかない。
「……そっか」
居たたまれなくて夜空を仰ごうとしたら、やや掠れた少女の声に引き留められた。
「そうなんだ、オニワカは」
せり上がってきた彼の本音にノゾミは目を丸くしていたのだが、すぐに目元が綻ぶ。その無邪気さに気の抜けたオニワカは、ノゾミの顔を間近から見つめて不意を突かれた。
「えへっ」
と漏れた笑い声にノゾミは慌てて口元を押さえるけれども、こみ上げる気持ちが収まらない。表情が自然と弛んで、くすぐったそうに微笑みながら小さく声を漏らした。優しげな目つきの端に浮かんだものを拭って、大切なものをしまい込むように自らの胸を抱える。
「傍にいてくれるんだ……」
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