第5話

 一晩を装置の中で過ごし、目覚めたノゾミは開いていく蓋の隙間から流れ込む無機的な白い光に目を細めた。億劫に思いながら腕で目を覆い、無言でうずくまる。

 けれどもそうしていることにも限界を感じ、口の中でぼそぼそと呟いた。

「外を見せて」

 訴えかけた相手はオニワカでもなければ、他の人間でもない。応えた神殿が寝転がったままのノゾミの頭上に音もなく小さな結晶の塊を具現化させた。そこから四角い窓が削り出されて外の景色を映し出す。

まだ日は姿を見せていないようだった。朝日を遮る遠い山が光に縁取られて、黒く佇んでいる。町はその陰に被われていたけれど、青い夜の気配は薄らぎつつあった。

 普段はまず目を覚めすことのない時間帯である。寝付きが良過ぎたのか、悪かったのか、と考えようとしてノゾミはすぐに思考を振り払った。

 後者以外はあり得ない。

 結局、あれからオニワカとは口を利けていなかった。オニワカが会話を拒否したわけじゃない。それどころか繰り返し話しかけてくる彼に、ノゾミの方こそ喉がつっかえて何一つ言葉を返せなかったのだ

 そのことを反省しようとする自分がいる反面で、ノゾミは思い返してしまう。

 オニワカは昨晩自分の願いがノゾミの無事だと言い切った。しかも恐ろしいことに、そう宣言したオニワカの目には迷いがない。

 本気なのだ。

 ほんの一握りの疑問も抱かずに、それが自身の存在理由だからと言い張ってノゾミに尽くそうとしている。見返りなど何一つ望まずに。

「わたしは……」

 どうしたら良い?

 昨晩、オニワカと出くわす前にした決意に則るのならば、最初から答えは一つだ。彼の願いを叶えられるように、彼が望むように応えるしかない。例え掲げられたそれが、まるで彼のためにはならない内容だったとしても。

 だけど。

「本当に、それで良いのか……?」

 そのままでは、与えられるだけだったこれまでと何も変わらない。不安定で一方通行で、何に裏付けられているのかも分からない関係が続いていくのだ。

 もちろん、オニワカの言動を省みるに彼がノゾミの許を離れていく姿は想像し難い。きっと本当にオニワカはノゾミへと尽くし果たす。

 けれども、違うのだ。

 ノゾミが抱えているのはそんな不安じゃない。

「こんなこと、続けようとしたら……っ」

 遠からずオニワカは自分を見失ってしまう。

 思い悩みつつ装置から這い出し、オニワカを見習って部屋の隅に揃えていた靴を履いた。軽く床を蹴って足に馴染ませ、自室を出る。

 暗い通路を抜けた先の玉座の間で、日々の習慣として玉座に腰を下ろした。手の動きで町の全体図を表示させて変わったことがないかを確かめる。

そこで町の精細な様子を眺めて、初めてノゾミは気づかされた。

 町の外縁、暴風の圏内に沿って黒い固まりの塀が築かれている。最初は本当にそうとしか見えなかったのだ。だが、拡大していく内に黒だと思っていたものは赤黒いのであり、塀だと思っていたのは積み上がった残骸なのだと知る。

 数も種類も計り知れぬ、無数の魔物たちの。

 近くで見れば肉塊から骨や角など肉体の一部の他、斧や兜らしい武具まで突き出ている。

 さながら地獄絵図だった。

「っ! オニワカ!!」

 思わず飛び出していたその呼びかけに、存外間近から、より性格にはノゾミの顔のすぐ隣から返事が来る。

「これは……どういうことでしょうね」

「!?」

 肌が纏う熱さえ伝わってしまいそうな距離から低い声を響かされて危うくノゾミは飛び上がりそうになった。

「い、いるなら声をかけてくれ!!」

 上擦った声でノゾミが言うと、オニワカは不思議そうな顔をしたがすぐに申し訳なさそうな表情をして打ち消す。

「すみません、声を掛けるのも躊躇われるほどに集中していたようだったので」

「それは……集中していた、わけじゃなくて」

 ただ絶句していただけだった。

他に気が回らなくなるほどに凄惨であり、想定外の事態だった。これまでには一度もなかったことで、だからノゾミは説明もできずに入るのにオニワカは平然としている。彼は温もりのない目で、重たく聳える神殿の扉を、その先にいる魔物たちを見据えていた。

「ノゾミ。俺は外で様子を見てきますから、あなたはここでじっとしていください」

 そんな、オニワカばかりを危険に晒してしまう方策に、ノゾミは反発を覚える。覚えたけれども咄嗟に反駁しようとして、口を噤んだ。

「どうかしましたか? 心配事があるのなら、今の内に聞いておきたいのですが」

 本心から慮ってくるオニワカに苛立ち、理不尽な憤りをぶつけたくなるのを堪えてノゾミは無言で首を横に振る。

「そうですか」

 それで納得したようには見えなかったが、オニワカは改めて「外に出ないでくださいね」とだけ言い残して外に飛び出していってしまう。その驚くべき俊足に迷ったままでいるノゾミの言葉は追いつくことさえ叶わない

「……オニワカ。死なないで……!」

 命だって惜しんでくれそうにない彼の危うさが今はどうしようもなくノゾミを蝕んだ。


 神殿を出るとオニワカはさらなる力を込めて、より強く地を蹴飛ばしていった。町の中心を貫く通りを抜けて、町は外れた草地にまでたどり着く。

 走ることをやめてその勢いのままオニワカは二、三歩進んだ。

そして沸き上がった吐き気を堪える。

 死屍累々と、そう表現する他ない剥き出しの肉や脂肪、何かの臓物や折れた骨、それに黒い皮膚と血で汚れた毛皮がうず高く積もり町を囲んでいた。強烈な腐臭が熱気のように顔を煽って鼻から入り込み、脳を犯し尽くしてくる。撒き散らされた血のせいで植物の緑などどこにも残っていない。

「魔物……だよな……?」

 できれば顔を背けたい光景ではあるが、とても見過ごしておけない異常だった。オニワカは周囲を警戒しつつ血のこびり付いた草むらを踏みしめて、積もる肉塊ににじり寄る。

 血管の張りついた肉片と血塗れた毛皮の隙間に見覚えのある大鎌が刺さっていた。オニワカはそれを手に取って引き抜く。剣呑な光沢は金属に似て、如何にも無機的に見えたがこれも生物だったものの一部だ。手に持って断面を眺めると死んだ組織が崩れていった。

 記憶にある、フソウが初めて出会った際に襲われていた魔物の姿を思い出す。あの黒い巨体が両腕に備えていた爪と、たった今オニワカの引き抜いたそれに違いはない。

 間違いなく魔物が押し寄せて、その残骸だけがここに積み上げられているのだった。

 どういった経緯でこんな状況が引き起こされたのかまではオニワカに分かるはずもない。しかし一つだけ断言できてしまうことがあった。

 ここに今ある死骸以上に、数多くの魔物が町を囲んでいる。

 具体的な数までは検討がつかないものの、いつだかの平原の戦いにさえ匹敵してしないとも限らなかった。もしその数に入り込まれたら、と考えると目の前から光が失われていく。

「俺はノゾミを、あの子を守り抜けるのか……?」

 魔物が『魔王』と友好的でないことはノゾミの口から語られている。聖書や人々の話とは矛盾するものの、無防備な彼女があんなにも怯える様子を目にして、それでも疑う気にはなれない。なれなかったけど、今だけはそれが嘘であってくれたのなら、と思わずにはいられなかった。

 全滅させられるのかと問われたら、オニワカは迷いなく頷ける。魔物の動きなんて全て読めたし、それを処理していくのは退屈だけの単純作業だ。機械的にこなせばいずれ終わる。

けれども誰かを守りながら戦うとなれば事情が違った。独りのときとは比べ物にならないほど気を回して彼女を庇って、それでもいつかは破綻してしまう。

 最悪、ノゾミにまで魔物の手が及ぶかもしれない。

「――くそッ!!」

 悪態をつきながらも頭を振った。余計な思考を追い払って気を落ち着かせる。

 立ちはだかるものが何であれ、できることから対処していくしかない。ひとまずは少しでも正確な魔物の数を把握するのが先決だった。

積もる死体の塀を飛び越えて、オニワカは霧が立ちこめた暴風の向こうを睨む。

 敵の数を考慮すれば奇襲や強襲はもちろん、数に任せた圧殺も考えられる。そうなったときの心積もりだけはしておいて、吹き荒れる風の中に一歩ずつ身を沈めていった。

 風に煽られて髪は揉みくちゃに荒らされ、目を開けているのも辛くなるほど顔がなぶられる。腕で庇いながら瞼を細く開きつつ、オニワカは前進していった。

 その最中に爪先が何かを蹴る。重たく硬いその感触を疑問に思いながらも踏み出した瞬間に暴風圏を抜けた。

 オニワカはそこで町の中など無臭にも等しく感じられる血腥さに鼻を押さえる。

 深い霧が狭めた視界をひたすらに赤が浸食していた。それも黒ずみ濁った血の色が、森に続く僅かな平野を染め上げている。足下に目線をくれたら、その色を吐き散らした魔物の死骸が無数に散乱していた。臭気か濃過ぎて血の池にでも沈んでいるような錯覚に陥る。

 けれども、それ以上にオニワカを狼狽えさせてしまう要因が別にあった。

 町と山林を隔てる風の壁、そこを出たときから肌に突き刺さってくる感覚。

 幾千万の、混じりけのない殺気と息遣い。

 町の外のあらゆる方角から差し向けられる重圧に、オニワカでさえも気を抜けば心を病んでしまいそうで、どうすることもできずに立ち尽くしていた。

 感知できる限りでも、いつぞやの大群などとは比べものにならない。無鉄砲に突撃していくだけで一つの町や村を押し潰せてしまえるだけの魔物が、この一カ所には集っている。

「……っ」

 そんなつもりなどなくとも、息を押し殺してしまう。一瞬でも背中を見せることは躊躇われて、オニワカは動くものがないか慎重に神経を張りつめながら後退する他なかった。彼の背中はまたすぐさま風の激流に飲み込まれて、程なく町のある内側に戻ってくる。

 魔物の気配を風がもみ消して遮断するようになると、初めてオニワカは自身が息を切らしていたことに気づいた。

「……これは、まずいな」

 オニワカの想定など軽々と飛び越えて事態は悪化している。

 辺りの気配を綿密に探るとオニワカは急ぎ踵を返した。目にしたものをどうやって報告しようかと迷いながら神殿まで駆け戻る。

「オニワカ!」

 帰ってくるとノゾミが、扉を開いた途端に玉座から跳ね上がった。彼女の表情はその瞬間だけ華やいで、直後不安に乗っ取られる。

 オニワカがかつてないほどに焦り、恐怖に歪んだ顔をしていたから。

「どうしたんだ? 何があった!?」

 ノゾミがマントとローブの裾に足を取られながらも形振り構わずオニワカに駆け寄ってくる。彼の焦燥が移ったように目で眺め手で触れ、怪我はないかと探っていく。

 しかし彼の着る礼服さえ解れはあっても傷はない。当然ながらその中身も同様である。

 ただオニワカは自分を気遣うノゾミに戸惑っていたのだが、こんなことをしている場合ではないと我に返った。死人もかくやの青白い顔で首を横に振って無事を知らせる。

「無理なんかしなくて良いんだぞ!?」

 ノゾミのそんな訴えには承伏しかねたが、妙に胸が安らいでオニワカは常の冷静さを取り戻せた。気遣われる名残惜しさを振り払い、彼の足に怪我があるのではないかとしゃがみ込んでいたノゾミの手を取り立ち上がらせる。

「申し訳ありません。しかし、今はそれどころではないのです」

 これまでにはなく至近距離から真正面に視線をぶつけられてノゾミは気が動転し、こくこくと頷くことしかできない。

「この町にどんな防衛のための機構があるのかは知りませんが、今はきっとそのおかげで魔物が押さえ込まれています。けれど、それもいつまで持つのか分かりません」

 あの死体の山を築き上げたのだから、この町の防衛能力が信頼できるものだとはオニワカも思う。だけど今回に限っては敵の規模が大き過ぎた。

「現在、町を取り囲んでいる魔物は、俺の力だけでは対処し切れない……というより、あなたを守り切れません」

 しかし、だからといってどうしろというのか?

 考え倦ねていたオニワカの脳裏にいつかのフソウの言葉が思い起こされる。

『時には誰かに頼っても良いんだよ』と。

 そう彼は教えてくれた。忠言を従うべきときが今より他にあるとは思えない。

心の中で練った案を繰り返し吟味して、それでもこれしかないと踏んだオニワカは心を決めた。オニワカが「ですので」と口火を切ると、ノゾミが怯えた顔で赤い眼差しを彼に向けていることに気づく。彼女の青ざめた唇が震えた声を紡いだ。

「オニワカ一人なら……いいや、何でもない」

 中程でノゾミは俯いてしまって、彼女の言葉は途切れる。その続きが気になりはしたが、どうにも明かしてくれそうな雰囲気ではなかったから追求はしなかった。

 代わりに自分の提案を続ける。

「そこで、俺は一端町を出ようかと考えています」

 そう言ったら真白いノゾミの髪が揺れたのと同時にきつく睨まれて、憤りと恐れの入り交じった瞳がオニワカを責めてくる。

「今自分で、魔物が凄い数いるって言ったのに! それなのに町を出るのか!?」

 唾さえ飛ばしそうな勢いで畳みかけられて気圧されそうになったが、気を取り直すとオニワカは詰め寄ってくるノゾミの肩を掴んで押し戻す。

「その通りではありますが、心配はいりませんよ。俺が一人で群れを突っ切るのであれば幾ら数を増やしたところで変わりはないですから」

 そんなふうに安心させるつもりで、オニワカは発した言葉だった。けれどもそれを聞いたノゾミは萎れていく。

「……やっぱり」

 そう呟く表情が落ち込んだと呼ぶには生易しく、自ら命を立つとでも言い出しそうでオニワカは混乱する。

「あ、あの、ノゾミ……? 今俺って何かまずいこと、言ってしまいましたか?」

「そういうことじゃなくて……」

「いえ、俺なんかに気を遣わなくて良いですから! だから、気を害するようなことを言ったのなら構わずに指摘してください」

 その訴えはオニワカの本心で、そのことを察せてしまったノゾミは泣き出しそうな目を見開いたけれども、俯いてしまった。

「何でもない。……ばか」

 彼女の口から初めて放たれた罵倒に、オニワカの方も愕然としてたじろぐが、焦燥が彼を現実に引き戻す。どんな事情であれ、今はとにかく時間が惜しい。

「では、特に問題がないようでしたら俺は町を出て山を下りますから。そこで近くの町に魔物が集中していることを教えて、自警団の協力を煽ごうと思います」

 突飛な話ではあるがイブキなら必ず信じてくれると思えた。そうでなくともオニワカが命を救ったものなら、或いは。

「彼らに弓で支援していただければ、かなりの数の魔物がしとめられるはずです」

 そうなれば、後はオニワカが残党を潰していける。掃討は難しくとも群れを散らせれば、町の守りを突破される心配もなくなるだろう。

「いかがでしょうか?」

 オニワカがこの町の主にお伺いを立てると彼女はやはり何か言いたそうにして、それでも諸々を飲み込む。全て喉の奥に追いやるとノゾミは頷き、「分かった」と了承してくれた。



 準備らしい準備など何もなかった。神殿のある町を訪れたときと同じように、オニワカは丸腰に近い格好で風の壁が鼻先に感じられる位置に立つ。吹き荒れる風の向こう、立ちこめた霧のそのまた先を睨みつけて胸一杯に息を溜め込み、ゆっくりと吐き出した。

 ノゾミには強がって、数が増えても変わりない、などと確言してしまったが、油断はできない。オニワカがこれまでに出会わなかった新種が待ち伏せていることだってあり得たし、そもそもどこまで魔物たちの勢力が広がっているのかだって定かではない。

 最悪、ふもとの町が壊滅していることだってあり得るのだ。

「気合い、いれないとな」

 そうあれかしと装って自分に言い聞かせる。それから走り出そうとしたオニワカは寸前で思い留まった。

「――って! 待って、オニワカ!」

 駆けてくる足音があったから。

そちらへ振り返ると霞んで見える神殿の方角からノゾミが通りを走ってきている。彼女はオニワカの近くまで来るとへたれ込みそうになるのを堪えて立ち止まり、お腹を抱えるようにしながら荒い息をついた。

 オニワカが驚いて何ごとかと声をかけようか戸惑っていたら、白日に照り映える長髪が翻り澄んだ赤い瞳が彼を見据える。そこに詰まっている感情が複雑に軋んで彼女を突き動かし、その細い腕が何かを差し出した。

「オニワカ! これをっ、持っていって!!」

 華奢な指に掴まれているのは、小さな巾着袋に包まれた四角い箱。そこから微かに、香ばしく甘辛い匂いが漂っている。

「オニワカに鳥を食べさせてもらってから、自分で料理を勉強してたっ。これはその、勉強の最中にできたもの!」

 息切れしながらもどうにかそれだけは言い切ってノゾミは改め、その弁当を差し出してくる。

 受け取れない理由なんてどこにもなかった、というより気がついたらオニワカの方から手を伸ばしていた。

「あ……ありがとうございますっ!」

 なぜかオニワカの方まで声を上擦らせて受け取ったそれを、両手に抱えて鼻先にくっつける。まだ僅かに暖かくて、鼻の奥に香り喉元をくすぐるのは焼けた醤油の匂いだった。

「なんだか……その、うまく言えませんけど、凄く力が湧いてきました」

 胸躍る心地に振り回されながら、オニワカは躍起になってその心境を言い表す。それがどこまでノゾミに伝わったのか、彼に推し量ることはできないけれども、彼女は目が合うと気恥ずかしそうに視線を下げた。そして顔を上げて、はにかみながらも微笑んでくる。

「気に入ってくれたなら、良かった」

 その無邪気な少女の一面に危うく彼は使命を忘れかけたが寸で踏み止まった。息を落ち着け、何のためにここにいたのかを自分に言い聞かせる。

 経過した時間は一呼吸分ほど。

 それでもなんとか自分に立ち返れたオニワカは表情を引き締めてこう伝える。

「はい。それでは、行って参ります」

「……うん。そうだな」

 本音を押し殺したくて俯くノゾミ。

 止めたって聞かないことは承知していた。だからその代わりにせめて、とオニワカの節くれ立った手を取り、それと比べればずっと小さな自身の両手で包み込む。

 見上げ、オニワカに聞こえなかったなんて言わせないように一言ずつはっきり伝えた。

「オニワカ。必ず、戻ってこい。絶対、だからな!」

 などと間近から言われてオニワカに抗えるはずもなく、彼は失笑しながらも頷く。

「もちろんですよ。俺なら必ず戻って来れますから、心配せずに待っていてください」

 自信に満ち、なおかつ冷静なままでいるオニワカを見てノゾミもできることはここまでなのだと悟った。自ら手を離して一歩引き下がる。

「またな。いつまでだって待っているからな」

「えぇ。できるだけ早く帰ってきます」

 腰に巾着を括りつけながら自分に言い聞かせる。

 これはひとときの別れでしかない。

 だから名残惜しむのも十分に感じてオニワカは踵を返し、風の中へと踏み出していった。

 吹き飛ばされないようにと片手で巾着を握り、もう片方の腕で目を庇いながら風の奔流を抜けていく。

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