第2話

 疎らな梢の合間から微かな木漏れ日が降り注いでくる。足元の落ち葉の奥は苔に被われていた。踏みしめる度に足を包むその歩き辛さに辟易しつつオニワカは行く手にある太い木の根を踏み越える。

「さすがだな、オニワカ。初めての森の進軍だってのにまるで疲れた様子がねぇ」

 そうは言いながらもイブキだって汗一つかかずに大量の武器が仕舞われた頭陀袋三つを背負い森を踏破してきている。オニワカも幾らかの生活物資を運んできてはいたが、その場限りの戦力に重要な資材が任されるはずもなく。

 結果としてオニワカの運ぶ荷物など、イブキのそれと比べれば微々たるものだった。

「イブキには適わないよ」

 オニワカがそう伝えるとイブキは浅黒い鼻の下を指で擦り、面映ゆそうに「へへっ」と笑う。

「俺はここの頭領だからな。これくらいのことができねぇと勤まらねぇんだよ」

 言われてみてオニワカは背後の隊列に振り返った。イブキほどではないものの、武具を初めとした各種の物資を全員が背負い、運んでいる。イブキがより多くの荷物を背負っているのは彼らに威厳を示し、なおかつ噴出する不満を事前に防ぐための策なのだった。

「だけど、どうして山道なんか?」

「あぁ。他にも幾つかの自警団が参加するんだが、俺たちは奇襲をかけて群れの土手っ腹を叩く任を追っていてな」

 羽織の袖から巻物を取り出し、イブキはそれを軽く放り投げてくる。オニワカも気負わぬ様子で巻物を受け取った。

 広げるとその中身はこの近辺全域を網羅した地図だった。

「俺たちがいるのはその図の南東……森が広がっている辺りだ。その北に広い平原があるだろう? そこを通る魔物の群れを脇から攻撃する」

 オニワカの預かり知らぬところで着々と準備は進んでいたらしいと知る。いつの間にか組み立てられていたその作戦に、オニワカは黙って頷いた。

「ま、初めは混成の集団が真正面から挑んで足止めをするのを待つだけなんだがな」

 つまりは森の途切れ目近くまで来たららそこで待機することになる、ということらしい。オニワカはこれにも黙して首肯し、前に向き直った。

 黙々と進んでいく、その課程でオニワカはずっと抱えていた疑問を思い出す。

 朽ちかけの枝を踏み砕き、落ち葉を鳴らしながらイブキの様子を伺った。やがて沈黙に耐えかねたイブキの方から口を開く。

「何か話したいことでもあんのかい?」

 オニワカはそのことに若干目を見開きつつも、すぐに思い切った。

「イブキは『魔王』のことをどう思ってるんだ?」

 最初からオニワカも、明るい返事が為されるとは考えていない。それでも返ってきた返事は期待していたものからかけ離れていた。

「――殺してやりてぇよ、今すぐにでも」

 イブキはほとんど感情にさざ波を立てることなく呟いたが、その目には決然としたものが映り込んでいる。そう思わせるにたる事情が、イブキにもあるのだとオニワカは悟った。

「やっぱり、魔物を操っているからなのか?」

 ちらとオニワカに目をやって、それからイブキは答える。

「俺はずっと魔物と戦ってきた。平和に暮らしてきてた奴が殺されるのを何度も見た。仲間にだって死者は何人も出ている。許せるわけがねぇんだよ」

「そうか……」

 イブキの態度は迷いなくて、今更オニワカが意見しても関係を険悪にする以上の効果は見込めそうにない。恐らくは他の誰に聞いても結果は変わらまい、と結論づけて彼は独り決心した。

 『魔王』に会おう。

 手掛かりも少ない現状では、それ以外にその実態を探る『魔術』はないように思われた。どうにかして対面して、『魔王』の正体を見極めたい。

 だがその前に、違った切り口からも探りを入れるべきことも承知していた。

「イブキは『魔王』と会ったことはあるのか?」

 オニワカのこの話題への食いつきぶりに意外そうな顔をしながらも、イブキはすぐに答えを用意する。

「ねぇよ。何でも数十年前には奴らの血族が城の外に出てきていたらしいがな。だがまぁ、その全員が当時の人間に討伐されてるよ」

「『魔王』の血族? 『魔王』は一人で暮らしてるんじゃないのか?」

「いいや、奴らは町を築き、集団で暮らしている。その住人は纏めて魔族だって呼ばれている。その中にただ一人だけ『魔王』がいる」

 それは小さな情報だったが、彼にとっては大きな意味を持っていた。

 化け物を統べているとは言いながらも『魔王』がずっと人間に近く、確かに存在したことの証明になるから。

 となれば、最後に訊ねるべきはこれだろうか。

「イブキは『魔王』の居城の在処を知ってないか?」

 この質問には、ただ淡々と答えるばかりだったイブキも顔をしかめた。訝しげな顔でオニワカに一瞥をくれる。

「おいおい、どうしたんだよオニワカ。んなこと聞いて、もしかして奴らの城に乗り込むつもりか?」

 正しくその通りだったから、オニワカは頷くしかない。そんな彼の様子を目にし、イブキは額に手を当ててから深々と息をついた。そして指の隙間から天を仰いだのち、オニワカに向き直る。

「本気なんだな?」

 それは質問と言うよりも確認に近い。

「当たり前だ」

 オニワカが宣言するともう一度だけ溜め息をつき、それからイブキは顔を上げた。

「止めておけ。お前は知らねぇだろうが、城の周りの防備は馬鹿みたいに分厚い。魔物たちが塊になってやがる」

「でも……!」

 詰め寄ろうとしたオニワカの肩をイブキが押さえ込んだ。その表情は驚いたことに、諦めと疲弊に彩られている。

「死に急ぐなよ。どんな事情があるかは分かんねぇが、あそこに行って戻ってきた奴はいねぇ。今は好機を待て」

 そうオニワカに言い聞かせるイブキはいつもより老けているようで、言葉には言い知れぬ重みが纏わりついていた。その硬い面差しの裏に蔭りを見つけて、オニワカは言葉を失う。

「誰だってそりゃあ、『魔王』を殺せば魔物が消えるとは考えるさ。だけどな、だからと言って何もかも思った通りには行かねぇんだよ」

 『魔王』討伐に行ったことがあるのか?

 思い浮かんだその問いは口の中に溶けて、表に出ることはなかった。だって、分かり切っていたから。

「……そう、だよな」

 オニワカはイブキの目を見ていられなくなって俯き、それだけを呟いた。するとイブキもまた無言でオニワカから手を離し、黙々と自分の旅路に戻っていく。

 オニワカはその大きいのに小さな背中を無言で追いかけた。



 合戦は唐突に始まった。

 どこからか勝ち鬨の声が上がり、森の暗がりから砂煙の沸き立つ中へと武装した男たちが飛び込んでいく。

「始まったか……」

 仲間たちの勇姿を横目に見ながら、オニワカも覚悟を決めた。

「よし!」

 そう踏ん切って飛び出そうとしたところ、後ろから肩を掴まれる。

「待てよオニワカ。てめぇ、本当に何も武器を持たねぇつもりか?」

 そう深刻そうな顔で訊ねたきたイブキが槍の一本を差し出してくる。オニワカは迷い、試しにそれに手を伸ばすが触れる瞬間に全身の皮膚が凍り付いた。

「……っ」

 直後、意識を保つのも難しい目眩がオニワカを襲い、彼は頭が抱えながら膝をつく。胃がぎゅっと引き絞られて中身を吐き出しそうになり、慌てて口を押さえる。

 辛うじて嘔吐だけは堪えた口内に強烈な酸味が広がった。

「……本当に、無理なんだな」

 頭上からオニワカに掛けられるイブキの声は、呆れ以上に心配と、それから疑念が入り交じっている。そのことを申し訳なく思いながらも、オニワカはしばらく吐き気を堪えてその場にうずくまることしかできなかった。

 やがて汗が途絶えて、全身の汗も乾いていく。それだけの時間をかけてようやくオニワカの意識は明瞭としてきた。

「……っ、ふぅ……」

 快復とまではいかなかったが、十分に戦えるだけの気力は戻ってきている。

 オニワカは全身に異常がないか確かめつつ、ゆっくりと立ち上がった。気だるさが抜けた体を何度か動かしてから、再び戦場に向き直る。

「悪いけど、俺に武器は使えない。何でか分からないけど、触れようとするだけでこの様だ」

「それはそうかもしれねぇが……」

 目の前で武器に対する拒否反応を見せられては強くも出られず、かと言って丸腰でも行かせるのも気が引ける。イブキはどうにかして留め置こうかと考えたが、当のオニワカにそんなつもりはなかった。

「それじゃあ、行ってくる」

 イブキより一回りも二周りも小さな少年は、決して動きやすいとは呼び難い礼服姿で戦場に躍り出る。

 逆光の下、短い草花を踏み散らしたオニワカは瞬時にして掻き消えた。それと時を同じくして近くにいた大鎌を振りかざす化け物の頭が吹き飛ぶ。

 その一撃だけでもイブキの予想を越えていたが、そんなのはオニワカにとって手慣らしでしかなかった。

 瞬く間に魔物たちの腕に備わった鎌や大鋏、鎧を纏った上半身、或いはうねる大蛇の首と言った部位がまき散らされていく。その様は圧巻も通り越して惨たらしくさえあり、普段のオニワカを知っているイブキはその規格外の暴力に怖気すら抱かされた。

 しかし今度は、そんな印象を一変させる活躍をオニワカは見せる。

 小太刀を二本携え、比較的軽装で戦いに挑む一人の青年がいた。まだ年若い彼はしかし油断して武器の一本を弾かれる。その頭上から振り下ろされた魔物の斧が残る一本を打ち砕き彼の首を刎ね飛ばそうとした。

 イブキを遅れて身を乗り出しても間に合わない、それは必殺の間合いだった。だというのに、黒き矢が如く現れた少年の拳が、横から斧を打ち割る。ひび割れ飛び散る金属の欠片の中で彼は素早く体勢を整え、脇の下から撃ち出された打撃が魔物の纏っていた板金鎧ごと胴体を貫通した。

「さっさと逃げろっ!」

 腕を引き抜いた魔物の傷口から噴き出る返り血に身を染めつつ、オニワカは鬼気迫る表情で叫ぶ。若い兵はそれにがくがくと頷き後ずさっていった。

 オニワカによる兵の救出はそれだけに留まらない。彼は最大限自分の目が行き届く範囲で、人の命を最優先としつつ、魔物を狩っていった。

 その様をイブキは呆然と眺めていた。そうしていることしかできなかった。

 オニワカの姿が視界から外れてようやくイブキは我に返り、自らの戦いへと身を投じる。



 一本の槍が鎧を纏った魔物の兜と鎧の隙間を貫いた。魔物は崩れ落ち、その重量に槍とその使い手も体勢を崩す。そこを狙って、二足で立つ猫のような魔物が異様に長い爪を振りかざしながら鎧の魔物を飛び越えてきた。

 槍を握る男は隙を突かれて口元を――笑みの形に歪ませる。

 別の男の槍が中空にいる魔物を地べたに打ち落とした。その小さく丸い猫型の頭は地に伏せるの同時に斧で叩き割られる。

 そんな彼らの後方には遅れ馳せながら参戦した白い修道服姿の一団が固まっていた。彼らは小脇に獣皮で装丁された書物を抱えながら、祈りの文句を天に捧げる。

 一人が祈りを終えると、前線で戦っている自警団の面々に赤い光が降り注いだ。直後、彼らから上がる勝ち鬨の声は高まり、威勢を増して魔物の群れを切り崩していく。

 また一人が祈りを終えると、雲の切れ間に稲光が走った。その輝きは光度を増し絡み合ってより鋭く強靱な剣となって地に振り下ろされる。稲妻とその直下にいた何匹かを焼き払い、そこから伝播してさらに数多くの魔物を薙ぎ倒した。

 祈りの文句は次々と言い切られて稲妻だけでなく、地獄からこみ上げたような業火や局所的な凍土を作り出す冷気までもが魔物たちを襲った。僧たちの『魔術』は圧倒的な戦力で魔物の数を目減りさせ、生き延びた残党も『魔術』の加護を受けた戦士たちにより駆逐されていく。

 紡ぎ上げられた連携と作戦、そして圧倒的な『魔術』の力により、草原を蠢く黒い絨毯に変えていた魔物たちは押し込まれていった。じりじりと退く彼らの中へ、しかしなおも深く潜り込んでいく影がある。

「こいつらを追っていけば……」

 邁進するオニワカの頭上に、しかし暗い影が注ぐ。見上げると禍々しい爪と羽根を備えた黒い猿がオニワカに狙いを定めていた。

 そいつは空高く舞い上がって身を翻し、逆光を遮る影となって突撃してくる。

 オニワカは頭上から振り下ろされるそいつの爪を、低く屈んでやり過ごした。

 攻撃に失敗した猿は空振りした腕の勢いのまま、空へ逃げ去ろうとする。

 オニワカは振り返ってその姿を視界の中心に捉えつつ曲げた膝のばねを使って、跳躍。上空で腰を捻りながら拳を撃ち込み、背後から猿の頭部を打ち砕く。

 血と脳漿を纏って弾け飛ぶ骨と脳の欠片を眺めながら音も立てずに着地した。それとは対照的に、頭を失った猿の肉体がぐしゃりと生々しい音を飛び散らせて地面に這い蹲る。

 しかしそんな傍から次の集団が襲い来ってきた。オニワカは敵の数が多いことを利用し、魔物が同士討ちを恐れて狙えない空間を縫いながら着実に一体ずつ片づける。

 そうした攻防の中で隙を見つけては魔物の群れに食らいついていった。

 この時点でオニワカの屠った魔物の数は百を下らない。

彼の全身は浴びた返り血でぬるぬると気色の悪い感触に包まれていた。目視でも十分に確認できてしまうその事実に、魔物たちも攻め倦ねる。

 後退する魔物たちと、距離を開かせないオニワカ。

 あるとき唐突に生まれた、その沈黙を伴う硬直はやはり崩れ去るときも同様に前触れない。

 ごてごてと生物としてはほとんど纏まりのない外見をした魔物たちが、あるとき急に身を翻した。そのまま人間たちの追撃も気に留めず、全速力で来た道を引き返し始める。

「!? 待て!」

 オニワカに逃すつもりはなかった。

 彼は群れ全体が急退転するや、人の足よりも早く駆け出した魔物たちの追跡に移る。



 魔物の群れは森に入って霧の中を進み、日が暮れてもその足を止めることはなかった。彼らは迷うことなくある一点を睨みながら進み続け、ただの一匹もその流れからはぐれない。

「どこに向かってるんだ……?」

 森に入った時点で姿を隠しながらの追走に切り替えていたオニワカは、群れの背後からその行く末を見つめていた。

 魔物たちはさすがに人外というべきかほとんど速度を落とすことなく、それを追っているオニワカも何時間走ってきたか分からない。森の中とは言いつつもその植生は霧が立ちこめるまでに一回、霧に包まれてからも既に一回、その様相は大きく変わっていた。

 そして今、二度目の変化を迎えようとしている。

 徐々に地を這うように木の背は低くなりつつあった。頬に感じる風も強まり、凍てついて肌を強ばらせる。

「もう少しか?」

 そう願いから呟いたら、魔物の群れが大きく左右に散開した。誘い込まれたのかと周囲を警戒するオニワカだが、魔物たちは濃霧へと散り散りへ飲み込まれている。

 気配は感じなかった。オニワカは神経を張りつめさせながらも、彼をなぶる風の中に踏み入っていく。

 視界はその先で突然に白んだ。

 霧が途切れて容赦のない日差しが目に焼き付き、オニワカから視力を一時的に奪う。思わず手で目を覆いつつ、じんわりと光が眼球に滲んでいくのを待った。

 そうしていると次第に空が青く澄み渡り始める。薄ぼんやりと滲んでいた地上の風景もゆっくりと輪郭を取り戻しながら彩られていった。

 やがて現れたのは、石を積み上げて作られた小さな町だった。数棟の民家が建つそこには整備された道と白い花の群れる花壇、そしてそれらの先に小さな橋が見て取れる。その奥には町全体とは不釣り合いに大きな建造物の影が聳えていた。

 美しい町ではある。

 けれどもオニワカとそこに違和感を覚えずにはいられなかった。何かと思って視線を巡らせたら、すぐにその正体に思い至る。

 この町には人の姿も活気もないのだ。

 道や建築物を為す石材の灰色の表面もそのほとんどが緑色の苔に覆われていた。声や熱気のようなものまで何ら人の気配が感じられない。

「廃墟、ってことか……」

 人知れず漏らしたその呟きは、見放された虚空に消えていった。

 オニワカはひとまずの疑問を解決すると、注意深く辺りを見回して人殺しの獣たちが纏う殺気を探ろうとする。しかし町は物静かに佇むのみで、彼がどれだけ神経を研ぎ澄ましても、あの野獣たちの息遣いは感じ取れない。

 魔物たちは霧の白い闇までしか立ち入れないのだった。

 オニワカはそのことに疑念を抱きつつも腹をくくる。

 魔物たちの姿がないのが、もっと優れた番人がいるからなのかもしれないし、これ以上の危険が待ちかまえてないとも限らない。

 それでも、今更引き返す選択などあり得なかった。

 草の緑が散る土の上から、町の道を形作る石の上に乗り移る。踏みしめたそこは苔の柔らかさ越しに石の硬い感触が靴底を押し返してきた。

 そうして入ったそこでは。

「風が……」

 その冷たさが痛いほどだったそれが、吹き止んでいる。そのせいなのか世界を満たす空気の質も変わり、心なしか辺りを満たしていた重苦しさが拭い去られていった。

 その変化にオニワカが立ち尽くしていると、やがて肩や衣服に纏わりついていた冷気や何かが力を失っていく。考えもなく歩いていくだけでもそうしたものが払い落とされ、体が幾分か軽やかになった。

 理由は分からないものの、この町の空気はオニワカの心を和やかにしてくれる。初めて訪れたこの場所に彼は懐かしみさえ感じていた。

 その感覚に新しい疑問を募らせながらも彼は歩を進めていく。

 道の石畳は苔生してこそいたが、がたついた部分などは皆無で均等な石が寸分の狂いもなく並べられていた。道の途中にある花壇は明らかに人の手が整備された痕跡がある。

 だから管理者がいそうなものなのだが、民家と思しき建築物を幾ら探しても人は見当たらなかった。

 仕方なく歩を進め出したオニワカは町の最奥にあるそこを見据える。

「神殿であってんのかな」

 アーチ状の橋を渡った先にある一回り大きな建物は、そう思わせるだけの独特な雰囲気を放っていた。

 その滑らかな表面は町を形作る石と趣を異にする純白の建材が使われている。その四辺を円柱に支えられていて、同じ様式の建物は町にない。間近で観察すればその表面には夥しいほどに複雑な紋様が描かれており、否が応でも呪術的なものを連想させられた。

 細い峠の頂上にある神殿より後ろに建物はなく、ここがこの町の最果てだった。

「入……ろうか」

 魔物たちが集う場所。そこに隠されていた町の奥。

 条件は整っている。

 ほぼ間違いないだろう。

 それでも、否、それだからこそオニワカは階段を登る。不思議と硬くは感じない白い八段を越えて、分厚く見上げるほどに高い扉の前に立つ。その白く艶やかな表面に彼の指が触れると、微かに波紋が広がっていった。

 受け入れられたと感じて、オニワカは扉に両手で触れる。そしてそこに体重を掛けて、一歩ずつ押し開きながら進んでいった。

 すると難なく扉は開かれ、『魔王』の城の中へと彼は導かれていき――

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