第17話 飛び入り解体プロジェクト

「アニーさま、わざわざバーまでおいでになられて」

罰の悪い表情で私が現れると、バーでドリスがにっこり笑って出迎えてくれた。私が何かうっかり口走って個室を出てきたのだということも、彼女には察しがついているらしい。ラズ叔父さま、ドリスはかくも優秀ですことよ。

「ま、少し前もってあなたと二人でお話もしたかったことだしね…」と苦笑いをすると、ドリスはキュッと口を結んで真っ直ぐにこちらを見た。

「わたくしもです、アニーさま」

 そう言ったドリスの表情には、なにやら決意の色が浮かんでいた。これは思ったより重大な話になるのかもしれない……。彼女が有力な情報を何か一つ二つ掴んだくらいのことを想定していた私には、ちょっと意外な話が待っていた。

「アニーさま、わたくし夏にお休みを頂くことになっているんです」

 お……おやす、み?いったい何を話しだそうとしているの?私の目が点になっていたらしく、ドリスは一瞬目を丸くした後、クスクスと笑い出した。

「申し訳ありません、唐突に過ぎましたね。順を追って説明いたします。ご存じのように、毎年夏の2週間にユニコーンはお休みを頂いております。主人がウェールズのヘイオンワイで行われる文学祭に文学サロンを開くためです」

 ユニコーンのオーナーであるスミス氏の開く文学サロンのことなら、このグレートモルヴェンで知らないものはいないだろう。私はまだ文学祭で開かれるサロンには顔を出したことはないけれど、大図書館グレートライブラリー内の職員の間でも高い評判のうわさが聞こえているほどの盛況ぶりだ。

「つまり、その期間にあなたはお休みを申請したということ?」

 私がそう聞くと、ドリスはその通りという表情で口角をほんのりあげた笑顔を見せた。

「もちろん、通常ならば、わたくしも他の従業員らと共に文学サロンで給仕のお仕事に就くところです。ですが、わたくしにとっては今このタイミングでお休みをいただくのはまたとないチャンスですから」

「チャンス? 一体なんの?」

 またも唐突な展開に私はふたたび目を丸くした。

 そこでドリスは一歩こちらへ歩み寄り、細心の注意を払いながらささやいた。

「わたくしを解体していただくチャンスです」




体。



「……はい?」

 脳が完全停止したようにまばたき一つせずにドリスを見つめながら、私が言えたのはそれだけだった。

「驚かせてしまって申し訳ございません。ですが、他に言いようもないものですから」

 ドリスは落ち着き払った様子でいつもの微笑みを浮かべてそう言った。

 『他に言いようもない』。その言葉を聞いて、唐突に私の動揺が止まった。ドリスはメイド型アンドロイド。その彼女が何かの都合で解体を望んでいる。それはまあ、その通りに言うより他に言いようもない。そりゃまあ……そうだ。そこまで考えると、何だか笑いが込み上げてきた。

「あはは、その通りね。びっくりして動揺してばかりで自分でも呆れちゃう。オーケー、そこまでは分かったわ。じゃあ、あなたが解体を希望する理由をぜひ聞かせてもらえるかしら?」

 そこまで言って、私たちはこれはもうラズ叔父さまとハインリヒに一緒に聞いてもらうのが手っ取り早いと結論し、話の続きは貸し切りの個室ですることになった。



 私がドリスを連れて個室へ戻ると、叔父さまは食前酒を片手にハインリヒに翻訳機のこれまでの進化と改善の余地についてあれこれと質問を浴びせているところだった。ハインリヒもこれが予想通りの事態だったと見えて、全てに簡潔かつ的確な回答を提示していた。さすが、我らが大図書館の主任ライブラリアン。性質の悪い新聞記者よりある意味ではもっとやっかいな人の取材対応も完璧だ……。


「おや、言葉遣いの反省会は終わったのかな、可愛い姪っ子よ」

 ラズ叔父さまこそ外向きの言葉遣いなど脳内に存在していないようなお人なのに、よく言いますこと……。

「そんなことおっしゃっていいんですか。せっかく叔父さまのために世にもエキサイティングな一大プロジェクトをお持ちしましたのに」

「一大プロジェクト?ほほう、お前がそう言うなら相当面白いことに違いない。我が姪っ子はこういう時に虚飾で飾り立てようとする人間ではないからな」

 ここまで叔父さまに言われては、さすがに身内として面はゆいけれど、私は誇らしげにプロジェクトの名を宣言した。

「ではご紹介申し上げます。こちらのドリスの志願によりわたくしたちは『飛び入り解体プロジェクト』を請け負うことになりました!」


さすがの叔父さまとハインリヒも、目を丸くしてお互いをちらりと見合った。

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