第15話 新会社設立
ラズ叔父さまと私はひとまず私の自宅へ向かい、叔父さまの荷物を全てゲスト用の寝室へ入れると、ハインリヒと夜にユニコーンで会うまで一息つくことにした。父様は先日から植物の収集と観察調査のために航海に出たので留守にしているし、母や弟妹たちは田舎の本宅に住んでいるので、普段はメイドのサラとコックのトーマスがいるばかりの小さな家だ。あとは父さまがいらっしゃる時に定期的にやってくる庭師が我が家に頻繁に出入りしているくらいなので、いつも楽しい話題をもってきては軽やかにテノールで喋るラズ叔父さまが来ると、途端に年代物の壁紙までが華やいで見える気がしてきた。今回の叔父さまの来訪にはいろいろ事情があるというのに、私という人間も大概げんきんなものだ。
叔父さまのために今朝から急いでサラに片付けてもらったゲスト用の寝室で、ラズ叔父さまは当面の滞在のための荷物を整理していた。
「おじさま、サラがお茶を用意してくれているから居間へいらっしゃって。今日はトーマスが朝からおじさまのお好きなプラムケーキを焼いてくれたのよ」
ドアに立って私がそう告げると、叔父さまは荷物の片付けもそこそこに立ち上がってにんまり笑った。こんなふうに喜んでくれるから、サラもトーマスもラズ叔父さまがいらっしゃるのはいつでも大歓迎だと言って、今回はずいぶん急なことになったにも関わらず張り切ってくれた。
「ありがとう、今行くよ。ああホラ、サラは庭の飛燕草やデイジーで初夏のブーケをしつらえて飾ってくれているな。それに、相変わらずチャールズと庭師の手入れが行き届いた良い庭だ」
花びんに飾られたブーケから窓の外に見える庭の眺めへと視線を移しながら、叔父さまは満足そうに言った。
「ああ、ありがとうサラ」
サラがお茶とミルクを手早く注いでくれたティーカップを受け取り、叔父さまはゆっくりうなづいた。そしてトーマスがせっせと焼いてくれたプラムケーキは今日もとびきりしっとり、甘酸っぱくて美味しい。
叔父さまはロンドンからの慌ただしい半日をふり返りつつケーキをアッと言う間に平らげてしまうと、お茶のおかわりを頂きながら話し始めた。
「さて、オートキャブの中で半分は話したつもりだがね、今回の滞在はおそらく長期になる。年単位という可能性もあるから、お前の父チャールズにも言ってあるのだ」
そこでサラが空気を察し、濃くなったお茶に足すためのお湯をいれたポットを追加で持ってくると、そのまま残していた他の仕事に取り掛かりますと静かに呟いて居間を退いた。
「ふっふ、サラは鋭いなあ。お前は良いメイドを雇っている」
サラの機敏さにラズ叔父さまがうなった。私が成人して以降、この家には私一人しかいないことも多いとはいえ、サラのように優秀なメイドがいてくれなかったら来客の度に私も不自由したに違いない。
「うちの自慢の使用人をお誉め頂いて光栄です。それで叔父さま、何を言いかけたんですの?」
面白いと思うことを見つけるとすぐ話が飛びがちなラズ叔父さまに、私が軌道修正を試みるように促した。
「うむ。簡単に言えば、グレートモルヴェンで新会社を設立する運びになる。正確には、表向き
「修繕部? 叔父さま自ら関わられるというのであれば、機械の開発とメンテナンスということですわね?」
「その通りだ。だが私の名前は出さない。表に私の名を出してしまっては、修繕部の中身が丸わかりだろう?」
今、お前が言ってみせたようにな、と言って叔父さまは私にイタズラっ子のような視線を投げた。
ああ、なるほど。
「それで、ハインリヒの協力が必要と言うことですか……」
私がそう言うと、叔父さまは『ほらな』と言わんばかりの顔をした。
「目端の利くうちの姪みたいな人間がどこにいるとも知れんからな。私は当面、可愛い姪っ子の1人暮らしを気の毒に思って長期滞在することにした優しい叔父ヅラだけをする予定なわけだ。それと図書館勤めの用務員のおじさんだ、それも女王陛下任命のな」
かっかっか、とラズ叔父さまが甲高く笑った。
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