第14話 ロンドンからのニュース

「少し前になるが、ロンドンでちょっとした事件があった。エンジニアとしては驚くべきことだったが、怪我人が出たわけでもないし、ロンドンの新聞でも一部に小さく記事が出たのみだったからお前は知らないだろう」

 叔父さまは豊かな顎ひげを撫でつけながら、ふうっと深く息をついた。

「ロンドンのトッテナムコート通りに夜間に常駐しているランプポストがあるんだが、ここを地元の学生が会合場所にしていてね。彼らは自分たちのフットボールチームを作ろうとスポーツ談義に花を咲かせていたのだそうだ。お気に入りのシェイクスピア作品のキャラクターから名を取ってクラブ名をつけようと話が盛り上がっていたその時、学生たちの足元を照らしていたランプの灯りがぐらりと揺れた」

 そこで私の眉がゆっくりと吊り上がるのを感じた。

「叔父さま……、念のために思い出して頂きたいのですけど、あなたの姪アニーは怪談話はすこーしばかり苦手でしてよ……?」

 すこーしばかり、どころではない。私は残酷なお話はいくらでも聞きたがるくせに、おばけだのモンスターだの超常現象のお話は大の苦手だ。だって、まったく意味が不明!説明がつかない!否、語り手に科学的に説明を付けるつもりなどサラッサラない!!嗚呼、あの科学に対する反乱分子たる怪談話なるものをどうしてくれよう!

 思わず私は頭を抱えて天を仰いだ。

「落ち着け、アニー。怪談話などではない。少なくとも、私はこの話に科学的説明を付ける任務を負ってこの地にやってきたのだからな」

 私の慌てぶりがよほど可笑しいと見えて、ラズ叔父さまは顔をくしゃくしゃにして笑いながら言った。

「任務……って、叔父さま。それはいったいどういうことです?」

 ラズ叔父さまはふん、と息を軽く吐き出しながらうなずくと、「まあ、まずは順を追って説明しようじゃないか」と言った。

「先ほどのトッテナムコート通りの話だが。ランプの灯りが突然揺れたので、学生たちは忙しく動かしていた口を止めてランプポストを見上げたのだ。すると、ゆらりと揺れたのは灯りではなくランプポスト本体で、普段はポール部分に納まっているアームが開き、アームの先端に付いている5本指で自らの解体作業を始めたというのだよ。このランプポストは人々が自ら持ってきた郵便物を収集し、特定の時間に最寄りのロイヤル・ランプポストオフィスへまとめて配達することだけが主な業務で、ほとんどの時間をこのトッテナムコート通りの同じ位置で過ごしている。そして今のところ、怪しい人物がこのランプポストに近づいたなどの目撃情報は一切寄せられていない」

 ここまでの叔父さまのお話を聞き終え、私の顔は凍り付いた。これは……ひょっとすると怪談話以上の怖さかもしれない。叔父さまと興じた数々の解体遊びの中にはいくつかの中古ランプポストも含まれていたから、最新型には触れてないとはいえ、私にもおおよその仕組みは分かる。つまり、ということは。

「叔父さま……現行型のランプポストは……」

「うむ、現在までランプポストを遠隔操作する技術は開発されておらん。少なくとも私の知る限りはな」

 叔父、エラズマス・ダーウィンは王立協会ロイヤルソサエティの会長職に推す声も強い大英帝国きってのエンジニア、科学者だ。そのラズ叔父さまが断言するなら、ランプポストは確かに『自らの手で』、『自主的に』解体を行ったということになる。いったい何がどうなっているのだろう……。ランプポストのロボットとしての技術は、大英帝国のこれまでの科学の発展を象徴するものの1つだ。そう、これは科学の話であって、怪談話などではない。科学には、説明がつかなければならないのだ。

「自らを解体したランプポストはその場に瓦礫の山を作って一晩を明かしたらしい。学生たちが解体を目撃したのも夜遅くだったことから、通報も翌朝になったのだよ」

 ラズ叔父さまは話を続けた。

「それで、ランプポストの部品をお調べになったんですか?」

「ああ。設計通りの部品が全てきちんと残されていたよ。つまり、何か遺物が紛れ込んでいたという証拠はなかったということだ」

「あら」

 それじゃあ、と質問を始めた私に、やっぱり気付いたと言わんばかりの視線をラズ叔父さまは投げた。

「その通り。夜間の間に何者かが仕込んでおいた細工を持ち去ったという可能性は消えていない」

 そう告げた老練の科学者、エラズマス・ダーウィンのふたつの眼がキラリと輝いた。

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