第13話 ラズ叔父の来訪2

 二切れ目のサンドイッチを食べ終わったちょうどその時、プラットホームにロンドン発のロケット号が勢いよく蒸気を昇らせて勇ましく到着するのがティールームの窓越しに見えた。さすが改良のたびに世界最速を更新し続けるロケット号、デザインに無駄がなく、美しい流線形がスピードの証と言わんばかり。今のモデルに変わってから3ヶ月に満たないので、ロケット号のボディはピカピカだ。ああ叔父さまと一緒に前モデルの解体でも出来たらいいのに!

 マダム・フォリーのティールームはロケット号が着いた1番ホームにあった。私はテーブルから身を乗り出して窓に顔を近づけてラズ叔父さまを探していると、電車から次々と降りてくる人ごみの中にひときわ大きなオペラハットが見える。折りたたみできる仕組みが大のお気に入りで、ラズ叔父さまは一人でお出かけなさるときいつもあのオペラハットを身につけている。間違いない、叔父さまだ。

「叔父さま! ラズ叔父さま!」

 私はマダム・フォリーのティールームから出ると、大きなオペラハットの背が高い紳士めがけてそう呼びかけた。

「おお! アニー、来てくれたか!」

「叔父さま!いらっしゃい!」

 私の呼びかけにくるりと振り向いたラズ叔父さまは、破顔一笑。私は嬉しくて今朝からのバタバタもすっかり忘れ、子どもの時と同じように叔父さまに飛びついた。

「ふはは、相変わらずだなアニー。その分だと私の持ってくる話をだいぶん楽しみにしてくれていたようだ。喜びたまえ、私の旅行鞄はネタでいっぱいだ!」

 叔父さまだって、私が子どもの時と同じ口調で話すところまで含めて相変わらずのようだ。私は叔父さまのまた嬉しくなって叔父さまの腕を取り、今度は叔父さまの秘書が手配しておいてくれたオートキャブに乗り込んだ。

「ロケット号での旅はいかがでした?世界最速の列車には私も興味深々なの。あのボディならさぞスピードが出るでしょうね……」

 私はさっき見たばかりのロケット号の車体を頭に思い浮かべて思わずうっとりとしてしまった。

「だから言っただろう、アニー。お前は大学で博物学じゃなく機械工学を学ぶべきだったんだ。兄弟姉妹やいとこたちの中でも、お前はエンジニアとして最も優れた才能を見せたからな!」

 ま、ここまでおっしゃって下さる叔父さまの言葉を聞いて私も悪い気はもちろんしないのだけど、大学進学を志した当時も今も、女に機械をいじれるわけがないと考える人間は多いもの。私が機械工学を学ぶことにしていたら、私に授業や試験をまともに受けさせてくれる教授が果たしていたかどうか…。

「叔父さまのおっしゃる通り、機械工学を学びたい気持ちはありましたけど…それなら女に脳みそがないと思っている男子の学友に妨害を受けて講義室を締め出されるより、能力主義のラズ叔父さまと延々解体を繰り返している方がずっと勉強になります」

 そう私がため息まじりに言うや否や、満面の笑みを浮かべて叔父さまは勢いよく私の方に顔を向けた。

「その言葉、確かに聞いたぞ! ふっふっふ、実はな、今回こちらへ来たのはしばらく仕事のために滞在することになったからなのだ。今回もあれこれ解体するものがたくさんあるぞ、お前にも手伝ってもらわねば到底さばききれないかもしれない。そのことも含め、お前の上司にもぜひ会って話したいのだよ」

「まあ、叔父さま……!」

 私はあっけに取られ、目をまんまるくして叔父さまを見つめた。

「まあまあ、案ずるな。何もライブラリアンの職から引き離そうって算段ではない。お前が父チャールズのように博物学を愛し、今の仕事を大切にしていることは私だってちゃんと分かっている。だが、今お前さんと上司殿の力をぜひ借りたいのだよ」

 そう告げたラズ叔父さまの顔に、さっきまでのイタズラ少年の片鱗は消えていた。

「不穏な流れが来ている」

 何かが動き出しているのだ、とラズ叔父さま、エラズマス・ダーウィンはオートキャブの窓から遠くにそびえる緑かがやくモルヴェン・ヒルを見据えて言った。丘は美しく太陽が照らしているけれど、その向こうには灰色の雲が立ち込めていた。

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