第12話 ラズ叔父の来訪

 それから数週間経ったころ、ラズ叔父さまがグレートモルヴェンへいらっしゃるというヴィデオ通信が出勤前の朝に届いた。父のチャールズよりもだいぶ年上でいらっしゃるのに、国を代表するエンジニアとなられたおかげであちこちに呼ばれて旅をしているからか、むしろラズ叔父さまの方が肌がつやつやしているんじゃないかと思う。そんなラズ叔父さまが、スクリーンに映し出されたヴィデオの中で「ロケット号で中央駅へ着くのは15日の午後3時だ」と、これまたお年を感じさせないテノールで軽やかにおっしゃる。15日……って今日です、叔父さま!

 叔父さまの後ろに映っているカレンダーが2週間前の日付を示している。きっと、2週間前にヴィデオ通信を撮りながらそのまますっかり忘れて、パディントン駅に向かう前になって秘書を使ってランプポスト・オフィスに送らせたに違いない。

「もう、相変わらずなんだから!」

 なかば苦笑いの私は、朝食もそこそこに慌てて身支度を整えた。午後の休暇を貰いに大図書館グレートライブラリーへ早めに出勤しなきゃ。自宅の玄関を開けると、早朝に降った雨に濡れた石畳に朝日が当たってキラキラしていた。雨のあとの、5月の爽やかな庭の匂いをスウっと吸って、私は早歩きを始めた。

 父さまに輪をかけて何にでも好奇心が旺盛なラズ叔父さまの大好きな植物や昆虫の採集、懐中時計や仕掛け時計の分解と組み立て、それから化学実験にいちばんに喜び勇んで参加する子供は親戚の中でいつも私で、そんなところは叔父さまの年の離れた弟である父チャールズにそっくりだったから、ラズ叔父さまも小さなころからずいぶんと可愛がってくださっている。だけど、この行動の突拍子のなさは父さまにも私にもないものだわ……。叔父さまが名前を頂いたという曾祖父から譲り受けた性質なんだろうか。そんなことを考えつつ、私は大図書館の職員用出入り口で常勤のランプポストにパスワードを入力して入館した。


「休暇届は君のデスクの上にある」

 オフィスに入るや否や、奥の主任デスクからハインリヒが言った。なるほど、私のデスクの上に休暇届の記入用紙が置いてある。対応、早すぎる。

「ラズ叔父さまの秘書から?」

「そう、パディントン駅のランプポスト・オフィスから早便でね。急な到着になってしまうけど、アニーに迎えにきてもらいたいから休暇を取らせてやってくれと連絡がきたよ」

「やっぱり。ハインリヒにも会いたいとおっしゃってたから、連絡はどのみち寄越したでしょうけどね。毎度のことだけど、2週間も前にちゃんとヴィデオ通信を用意したのに、きっと送るのを昨晩まで忘れてたのよ」

 ハインリヒはそれを聞いて、やれやれと息をついた。

 午後2時までに来館者の対応と外部からの問い合わせの処理を済ませ、私は予め予約しておいたオートキャブで中央駅に向かうことにした。ハインリヒは閉館まで仕事を続けるので、夜にまたユニコーンで落ち合うことになっている。1時間もあれば、中央駅に着いてからラズ叔父さまの乗ったロケット号が到着するまで、駅構内にあるマダム・フォリーのティールームでお茶を飲みながらゆっくり待つ余裕もあるだろう。急な午後の休暇をとることにしたせいで休みなしに働いたから、キュウリのサンドイッチくらい頂こうかしら。もちろん叔父さまのツケで。

 オートキャブの窓に流れる景色を眺めながら、私はちょっとウキウキしていた。何しろ、ラズ叔父さまがいらっしゃるときはいつだって何か楽しいことを持ち込んできてくれる。お祖父さまのお屋敷のアイスルームで冷たいアイスクリームを作った実験も、日の出から日没までに中古のランプポストを解体して組み立て直すプロジェクトも、ラズ叔父さまは、女の子はドローイングルームでお祖母さまとお話でもしておいで、などと言ったことはなかった。『いいぞ、またアニーが一等賞だ』と言って、頭をくしゃくしゃに撫でまわすのが叔父さまだった。

 中央駅に着くとまだたっぷり30分はあったので、私はホームに出てマダム・フォリーのティールームに入ってお茶とサンドイッチを注文した。ピカピカに磨かれたオークパネルの壁の小さなティールームは、お茶とコーヒーの幸せな湯気に満たされている。私はカウンターで地元紙のモルヴェンガジェットを手に取ると、ホームが見える窓際の席に座ってゆっくりロケット号の到着を待つことにした。

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