第11話 気がかり
ドリスに手配してもらったオートキャブにエドワードとハインリヒが先に乗り込み、私はエントランスホールに立って見送るドリスに一言挨拶をしに駆け寄った。
「ドリス、今日も色々とありがとう。ここに来るとあなたが良く気遣ってくれるからとても助かるわ」
私がドリスの腕に軽くふれてそう言うと、ドリスが何か言う前に一瞬の間をおくのが分かった。
「気になることがあるのね? 」
私はとっさにドリスをうながした。
「はい……。気になるといいますか、先ほど突然来られたお客さまと音楽を聴いていらっしゃいましたが、最後にかけた音楽円盤は奇妙な音に聞こえました。わたくし、ふっと気を取られてしまって空のグラスを落としかけたのです」
「まあ……!あなたがそんなうっかりをするなんて、珍しい」
ドリスはしずかにこくりとうなずいた。彼女がアンドロイドとして、完璧さには絶対に人間以上のものを提供する自信をもっていることは、いつもの働きぶりからよく分かる。自信があるだけに、今日のことはドリスにとって腑に落ちないのだろう。
「あの最後の曲は…わたくしは部屋の外でかすかに聞いた程度なのですが、どうにも手足に力が上手く入らないような感覚がしました。音楽を聴く機会は多くは無いので、他の曲でもそうなるのかは分かりませんが……」
ユニコーンパブにあるいくつかの個室には、蓄音機がおいてある。かすかに漏れ聞こえる音楽でしょっちゅうそんなことが起きたら、朝から晩まで働いているドリスにはたまったものではないだろう。ドリスの困惑した様子に私も思わず同情した。
「ハインリヒも今日はあの音楽を聴いた後少し具合が悪かったみたいなの。後であなたの言ったことをハインリヒに話してみる。何か分かったらあなたにも知らせるわ、約束する」
私が安心させるようにドリスの目をまっすぐ見つめて言うと、ドリスも少し緊張がほどけたようだった。
「ハインリヒ、エドワード。あの交響曲はなにか変よ」
私はオートキャブに乗り込むなり、ドリスから聞いたことを話した。
「やっぱり? たぶん人間には影響がないんだな。音に敏感なタイプでもせいぜい、ちょっと変わった音がするなと思うくらいだろう」
エドワードは窓枠に頬杖をつきながら言った。
「猫にはあるようだ。僕がふっとめまいのような感覚を覚えたのも、ドリスが言ったのと同じタイミングだ。偶然ではないだろう」
ハインリヒの言葉に、私もエドワードもうなづく。だけどあの、しゃべりだしたら止まらないハイホーさんがこの件に絡んでるとはちょっと考えられない。あんな人がスパイ業務なんかしたらプロジェクトの出だしから勝手にヒミツを全部暴露しちゃいかねないし、あの人にそんな仕事をさせようとは誰も思うまい。
「あのハイホーさんの今日の様子が演技でもしてるんじゃなきゃ、彼が実行犯的な役割を出版社への投資と引き換えに引き受けたという線はあり得ないな」
ハインリヒもやっぱり同じことを考えていたようで、ふっと息を吐きながらこう続けた。
「今日のことだけではどうも情報が足りなさすぎる。しばらく情報収集をこころみよう。その間にあの音楽を聴く機会はほぼないと思うが……」
そこでエドワードが口を開いた。
「音楽については個人的に気になってることが少しあるよ。今それについて、ここでどうこう言っても仕方ないから、あの交響曲とノイラントの音楽産業について俺も少し調べてみる。ハインリヒが偶然どこかであの音楽を耳にしても影響を防ぐ方法を考えられるかもしれない。何か分かったら連絡するよ」
そこでエドワードの家に到着し、エドワードは私たちに軽くあいさつしてオートキャブを先に降りて行った。
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