第7話 文学パブ『ユニコーン』

 パブ、つまりパブリックハウスのユニコーンはその名の通り大きなユニコーンの像が正面玄関の上に飾られていることからその名で親しまれている。文化の都と呼ばれるこのグレートモルヴェンを代表するパブで、作家仲間のつくるクラブが集まる場所でもあることから文学パブとも言われる。

 ここで執筆しデビューした作家は数知れず、その評判を知って作家のたまご達だけでなく、熱心な文学ファンも訪れる社交場だ。それに、数々の言語で世界の文学作品を読破するハインリヒは、グレートモルヴェンから発行される新聞「モルヴェン・ガジェット」でここ数年批評コラムを執筆しているから、ハインリヒに批評を依頼したり、アドバイスを求めに来る作家も多い。

 昔は科学者の父様ですら「女のひどく小さな脳では文学を読みこなすのは無理」なんておっしゃって、子どもの中でいちばんのお気に入りだった私が危うく死にかけたのをきっかけに心を改めてくださったけど、このパブも2、30年も遡ればほぼ女人禁制だったらしい。今じゃ猫のハインリヒと新人ライブラリアンのわたくし、アニーが大手を振って入りますよ~っと。

「いらっしゃいませ、ハインリヒさん、アニーさん」

 バーメイドのドリスがうつくしい笑顔で迎えてくれた。

「エルガーさんが先にいらっしゃってたんで、ご予約の個室にお通ししておきましたよ」

「やあ、ありがとうドリス。後で注文の時にベルを鳴らすよ」

「かしこまりました」

ドリスは軽く会釈して奥へ下がっていった。


「ドリスの声、アップデートされたのね。ちょっと高くなって若くなったみたい」

ドリスが完全に見えなくなってから私が言った。ドリスは人間じゃなくてアンドロイドだ。私が病院にいた頃、あそこではすでに重篤患者の病棟で看護ロボットがフル稼働していて、どんどんバージョンアップされていた。時に扱いに困るお客の対応に苦慮していたパブは、これだとばかりに次々とバーマン&バーメイドにアンドロイドを採用しはじめた。今時は『1店に1台は持っているのが格のあるパブ』で、バーマン&バーメイドロボットはパブのステイタスの高さを象徴するらしい。パブ経営も大変なもんだ。

「アニーは鋭いな。人間にしては波長数の変化に敏感なようだ。この前ユニコーンの主人が言ってた話では、ドイツ国境に近い新興国から来た開発業者がアップデートを担当したそうだよ」

「ああ、その国のことなら新聞の工業欄で読んだわ。何だっけ…ええと、ノイラント?」

「そう、それ。我らが大英帝国に追いつけ追い越せとばかりに工業で急成長を見せているらしいな。ほら、今日のモルヴェン・ガジェットにも載っている」

バーのテーブルに誰かが置いて行ったらしいガジェット紙を手に取りながら、ハインリヒが言った。


「よ、待ちくたびれて先に食事を頼んじまおうかと思ったよ」

 個室へ入るなりエドワードが間髪入れず口を開いた。それほども待っていないはずなのに、私より2、3歳年下のエドワードには空腹の30分もよほど耐え難かったらしい。神に感謝!とばかりに両腕を投げ出して私たちを迎えた。

「何食べる?俺はステーキ&エールパイとサイダーね」

 ……さっきちょっと心配したの、やっぱり取り消すか。エドワードは屈託のない笑顔を見せ、これから食べるはずのステーキ&エールパイのことで頭がいっぱいのようだった。

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