第5話 大音楽祭

「作曲の依頼だなんて素晴らしいじゃない!そりゃ足が浮かんばかりに歩いてるってわけね」

 私はやっぱりエドワードの変わりように拍子抜けしていたので、なんだか少し嫌味っぽくなってしまったかもしれない。だけど子供の頃からの付き合いだもの、エドワードも大して気にもしない様子でケラケラ軽やかに笑った。

「まあね。自分が才能を信じていることで仕事をもらって、きちんと作曲家として認められた上で報酬が支払われるんだから飛び上がるさ。それに発表の場まで保証されてるんだ」

「発表の場? 」

ハインリヒと私が思わず同時に聞き返した。

「そう。秋の大音楽祭だよ。」

 秋の大音楽祭は、首都に負けず劣らず文化の都として知られるグレートモルヴェンの大イベントだ。約1ヶ月に渡って大劇場や野外広場、老舗ホテルの大広間、カフェのバーやテラスに至るまで会場になって様々なジャンルの音楽が演奏される。通りで演奏者が差し出すポークパイハットにコインを投げ入れるだけのほぼ無料のものから、大劇場の貴賓席でシャンパンを傾けながら楽しむハイクラスの演奏会まで、もうなんでもありだ。だから、地元モルヴェンのアマチュア音楽家たちの演奏も聞けるし、実はエドワードにバイオリンを弾いてもらいながら古代ギリシャの叙事詩をハインリヒが即興翻訳するイベントを大図書館として提供したこともある。

 その時、大図書館からエドワードに渡されたものは『心ばかりのお礼』がせいぜいだったけど、今度はエドワードが作曲家として、報酬を提示されて、お披露目の演奏会を行う!

「おめでとう、エドワード。お披露目の時にはぜひ聞きに行くよ」

エドワードが9歳の時から通い詰めた音楽図書室で彼を見て来たハインリヒは、きっとこのことを嬉しく思っているに違いない。嬉しくて鼻がひくひくするのを必死で隠している。

「それにしてもエドワード、君は子供の頃から音楽図書室に通い詰めてあそこには君の読む本はもう殆どないと思っていたがね」

「ああ、そうそう。私もそう思ってた!今日はどうしたの? 」

エドワードは音楽図書室にあるものは文字通り1冊残らず読んじゃって、そのあとは予算がついて新しいものが入ればまた読み、新しいものがなければ他国からだって取り寄せて読んだものだった。博覧強記ってエドワードのためにある言葉みたい。

「実は、作曲の依頼でひとつリクエストをされたことがあってさ。曲のここぞというところで主旋律にオートハープを使って欲しいって言うんだ」

エドワードはそこで初めて、ちょっと困ったふうな表情を見せた。

「オートハープ? それは確かに君の専門じゃないな」

ハインリヒが言った。

「そうなんだよ。難しい楽器じゃないけど、僕が親しんできたものではないだろう? だから旋律のアイデアを求めにやって来たのが来館理由さ」

事務員暮らしから脱出して作曲家ヅラもたまにはしたくなったしねと言うと、エドワードは顔をゆがめてハハっと短い笑い声をあげた。

 エドワードの家は貧しいわけじゃないけれど、彼の望むライプツィヒ留学を後押しするほどの余裕はない。自分の才能を知りながら、憧れの音楽の都へすぐさま飛び込めずにいつ十分になるとも知れない資金を事務員仕事でせっせと貯める日々。楽天家のようにふるまいながらも、本当は結構堪えていたらしい。

 良かったね、エドワード。私はつぶやくようにもう一度言った。


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