第2話 残酷物語マニア

「うさんくさい」

「はっ?」

「いいかい、アニー。君がそうやって部下ヅラをしてかしこまった話し方をする時はだいたい何か企んでいるんだ」

……あれま、信用がないですこと。

 私が眉を吊り上げて負けずに憮然とした表情を返してみせると、ハインリヒはこう続けた。

「推理してみようか。まず君はここんとこストランドマガジンを毎号街灯型配達機ガスランプポストに頼んで個人的に取り寄せている。別にそれは上司として咎めるつもりはない、君はガスランプポストの配達分に空きがある時しか利用してないからな」

わーお、バレてる。しかも空きをちまちま利用してることも知ってる。別に隠そうと思ってたわけじゃないけど、こうも手の内すっかり把握されちゃたまらない。

「ともかく、あの雑誌の売りは何てったってシャーロック・ホームズの連載だ。君が取り寄せ始めた時期とも被る。探偵ものに傾倒するだなんてどうしたことだい、残酷物語マニアのアニー」

おおう、おう。

「そろそろ分かったからハインリヒ、その先はもう言わなくても…」

「遠慮はいらない。結論はこうだ。君は探偵ものやミステリーに傾倒したわけじゃない。理路整然と推理を述べる主人公の冒険を、そばで見守って書き留めていくワトソンに自分の可能性を見出しただけだ」


Elementary, my dear.

金色と碧のオッドアイがそう言った。


 ふむ、改めて言葉にされると、どうにも子供っぽい話だ。ハインリヒの言う通り、私は巷で人気沸騰のホームズ譚を同僚たちや来館者の噂話で耳にした。そして、自分はこの猫の親友にとってのワトソンみたいになれるんじゃないかって思ったのだ。ハインリヒという天才の、軌跡と栄光の未来を綴る伝記作家。かーっこいい。全英の猫が涙する!(かも)。

 妄想を走らせる私の顔を、ハインリヒは小さくため息をついて見下ろした。

「ま、好きにするがいいさ。自然科学を学び、科学者たるお父上を敬愛する君のやることだ。脚色のために事実をわい曲することは決してないだろうからな」

 ハインリヒは何だかんだ言って私とエドワードには甘い。いつもは性悪説を信じているのに、私たちだけには性善説をあてはめてるみたいなところがある。だから、最後にはいつも言うのだ。『好きにするがいいさ』って。

「ふっふー、ハインリヒだーいすき」

「……頼まれてた中国版・灰かぶりは今日の午後の配達で入るから終業後に即興翻訳してあげよう」

「ぃやったー!そのお話って残酷?すっごくかわいそう?」

「君はなんでそんなに可哀そうな話を聞きたがるのかねえ~」

「そういうのがすきなんだもの。ハインリヒ、父さまとそっくりおんなじこと言ってる!」


君のお父上の気持ちがよく分かるよ、と疲労をにじませた声でハインリヒがつぶやいた。

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