第14話 図書館
セッケンの部室を退散した小熊は、講義に出るべく講堂に向かった。
藜をどうしようか少し迷った。セッケンで礼を言わせるという用を済ませたが、早く帰らせたところで彼になにかやる事があるとは思えない。
そう長々と時間をかけていられないカブの修復。時間を空費するのも、させるのも馬鹿らしいと思った小熊は、藜を大学の図書館に連れていく。
公立大学の広いキャンパスに相応した大きな図書館は、小熊が高校時代を過ごした北杜の市立図書館より大きい。
小熊が何度か利用した感想としては、雑誌や流行本、娯楽小説ばかり多くて、肝心の専門書の蔵書数は近隣の大型古書店のほうが多いのではないかというくらいお粗末なものだったが。
受付で外部の人間が閲覧しても構わないか聞いてみたところ問題は無いらしい。そこで小熊は藜に、講義が終わるまでこの図書館で本を読んでいるように指示した。
藜が何の疑いも無い様子で頷き、席の一つに遠慮気味に座ろうとするので、小熊は藜の手を引いた。
「ついてきて」
窓際の棚には雑誌が並んでいた。ファッション誌や経済誌、文芸誌などが並ぶ棚の片隅に手を伸ばした小熊は、数種類のバイク雑誌とそのバックナンバーを手に取る。
合わせて十数冊の雑誌を抱えた小熊は、重い雑誌の束を藜に渡す。受け取った藜は重さによろけつつ、借り物の本を傷つけぬよう大事に抱えた。
「それを読んで」
藜が文字が詰まった紙の重さに圧倒されている様子だったので、小熊は言い足した。
「全部読むことは無いし、そんな事は出来ない。何を読んで覚えるかは自分で判断して」
手元の雑誌と小熊の顔を交互に見ていた藜は、自信無さそうな様子で言った。
「わかりました」
雑誌はあくまでも面白おかしく書かれた読み物で、実際に何かするための参考になるよう情報は大して得られない。
ただ、読むことで伝わるものはある。バイクという物の実情や、それに乗り、係わる人間の思考や生態など。
少なくとも広告を見ていれば、金銭という最もわかりやすい基準を知ることが出来る。
小熊は講義の開始時間が迫っていることを思い出し、図書館を出た。
何の益にもならぬような一般教養の講義を受けた小熊は、学食に行って日替わりランチの昼食を摂った。
大学の学食より近隣にある競馬場のほうが似合いそうな豚ホルモンライスの昼食を終えた小熊は、ふと藜はどうしているのかと思った。
自身の経験則から、昼の一食くらい食いっぱぐれても人はそうそう死なないと思いつつ、食後の散策を兼ねてキャンパス内にある芝生の広場を歩く。
特にどこを歩こうか決めていたわけではないし、午後の講義が行われる教室まで少し遠回りできればいいと思っていたが、藜が午前中の時間を過ごしている図書室の窓からは、この日当たりのいい広場が見えるはず。
もう夏は終わったらしく、日差しは強くとも空気が乾燥しているので、屋外に居ても不快指数は低そうな気候。猛暑の頃は昼休みに誰も居なかった広場のあちこちでで、生徒が弁当を広げている。
小熊が軽く見回すと、藜は広場の端にある木陰の中に居た。シェラカップを置いたトランクに座り、角型飯盒にレトルトの中華丼をかけている。
小熊は高校時代の自分を思い出した。飯盒で炊いたご飯にレトルト。ああやって折り畳みハンドルにパックを挟んでいれば、温暖な季節には朝に炊いた温もりが昼まで残る。
小熊は人目を忍ぶように木陰で弁当を食べる藜を見て思った。自分と似たことをしているけど同じじゃない。
小熊の高校時代のお弁当は、いつも駐輪場でスーパーカブと一緒だったし、昼食を共にするカブ仲間も居た。藜は空っぽのトランクだけ。
それに小熊の記憶では、藜はトランクに弁当箱とシェラカップを入れていたが、スプーンもフォークも入れ忘れていた。
小熊が授業中よりよほど活気ある視線を藜に向けていると、藜はトランクから立ち上がり、近くでお弁当を囲んでいる数人の女の子のところに恐る恐る近づいていった。
小熊の居る場所からは何を話しているのか聞き取れないが、何かをお願いしている藜に、女の子の一人が笑いながら割り箸を渡そうとする。別の子が張り合うように自分の塗り箸を藜に差し出したが、藜は先に出された割り箸を受け取る。
女の子たちがお菓子の袋を見せ、藜を手招きするが、藜は赤面しながら顔の前で手を振り、頭を下げて後ずさりする。
そのまま女の子たちから離れた木陰まで退散した藜は、貰った割り箸を手に、昼食を食べ始めた。
同じようなものを食べていても、小熊と藜は違う。小熊の飯盒もレトルトも、米一粒までもが自分で稼いだバイト代や、交渉して給付を受けた奨学金。一方藜は何もかも貰い物。
その違いは、必ずしも優劣を決めるものではない。
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