第3話 弱り目に
半ばふて寝するような感じで眠った小熊は、いつもより早い時間に目覚めた。
夢の中にカブが出てきた。そのカブは全体がオモチャのブロックで出来ていて、壊しても簡単に組み直すことが出来た。
ベッドから体を起こし、縁側の大窓越しに物置きを見て溜め息をつく。中にあるのは、もう直らないカブ。
事故でカブを失っても、生きて生活している限り、学校や日々の買い物等、行くべきところには行かなくてはならない。
とりあえずラジオのスイッチを入れてシャワーを浴び、ボロニアソーセージと目玉焼き、トースト、リンゴジュースの朝食を手早く作った。
大学進学を機に買ったスマホで、今日の講義が午後からだということを確認した小熊は、朝食を済ませてオイル汚れのついた高校ジャージを身につけ、外に出る。
狭い敷地の大半を占めるコンテナ物置の裏に回りこんだ小熊は、一台の自転車を押してきた。
小熊がカブを買う以前から乗っていたホームセンターの一万円ママチャリ。カブに乗るようになって以来自転車に乗る機会は減り、都下に引っ越した時も分解してカブに積んで持ってきたが、東京での生活を始めてからはほとんど乗らなくなった。
丘陵と坂の多い町田の中北部を自転車で走る肉体的負担だけでなく、自転車では移動の楽しさというものを感じられない。
遅くて面倒というより、いつもレザーウェアに身を包んだロッカーが普段着にスウェット上下を着るのを拒むような気分。
それでも、今の小熊にはこの自転車しか移動手段が無い。
小熊は物置から工具を出し、あちこち錆びてくたびれた自転車の整備を始めた。
タイヤに空気を入れなおし、チェーンやワイヤーに給油する作業は、大学への通学時間にだいぶ余裕を残して終わる。小熊は工具を片付けながら、面倒臭く時間のかかる作業が多いスーパーカブが恋しくなった。
整備を終えた自転車を試走させるため、作業着のジャージを着たまま跨って漕ぎ出す。自転車は問題なく走った。小熊が感じたのは無事通学できるという安心だけで、カブを修理した時のような充実感は無い。
周囲の道を一回り走り、ついでに少し足を伸ばして近くのスーパーまで行って、中華テイクアウトのコーナーで昼食の酢豚を買って帰った小熊は、家に着くなり昨日のカブ大破に負けず劣らずの不幸に出くわした。
引き戸の玄関前に立ち、チャイムも押さず中に入ろうとしている女。
自転車の止まるブレーキ音を聞き、こちらを振り返る顔。
小熊の不幸は、目の前の女との対面ではなく、現在自分がその女をぶちのめすのにちょうどいい道具を持っていないこと。
ニッコリと笑いかけてきたのは、小熊が高校に入ってすぐに失踪した母親だった。
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