126.マギスティア王国1

 マギスティア王国。かつて、世界を魔術でリードしていた一大大国。今は、昔の事件の負い目から隠れるようにして暮らしている。


 当時あった領土はほとんど消滅し、魔の大樹海になってしまった。現在は、旧マギウェストの都市のみが辛うじて大樹海に飲み込まれるのをまぬがれて残っている。


「あれが、マギウェストよ」とアイーダが言った。


「……先輩、なんだか近代的な街じゃないですか?」と琴音が言った。


「すげえ、高層……とは言えないけど、ビルがたくさんじゃないか?」と真琴。


「なんか、ファンタジー世界のイメージが破壊されるような……」と正明。



 そう、マギウェアストは、まるで地球の都市のようにビルが林立する場所だった。


「『びる』っていうのが何だか分からないけど、魔人国ではあの箱型の建物が多いのよ。効率的に作れるし丈夫だかららしいわ」とアイーダ。そして、

「とりあえず、郊外のあの広場あたりに降りましょう。連絡は既に行っているはずだから、通関は問題ないはずよ」


 史郎は船を操作し、街の近くの広場のようなあたりに着陸させ、全員降りて街の門に近づいた。


 街自体は、この世界のほかの街と同じく高い城壁に囲まれている。そして、エルフの里と同じく強固な結界が張られていた。


「……この結界は強いな。込められている魔力の量がかなり高く感じられるな」と史郎。


 門でソフィアが身分証明書を見せ、使節団の事を話すと、問題なく通関できた。守りは堅そうだが、変に厳しいと言うようなことは特に無かった。門にいた兵が言うには、そもそも訪れる者はほとんどいないため、ふだんは暇らしい。



 史郎は、街を歩きながら、魔術を駆使した工業が発展していることに驚いた。


 史郎の様子を見て、アイーダが解説する。

「旧マギウェストは、大事故前は魔導工業が盛んだったのよ。そのおかげというか、当時の領主の変質的な防衛思想のおかげか、結界が強固だったのね。だから、魔の大暴走事故の中、都市が守られたの。もっとも、都市以外の周辺は壊滅したから食糧問題はあったようだけど……。それでも、こうして辛うじて大樹海に飲み込まれることなく、助かったのよ」


「もともと人口が少なく、今も少ないので、効率の良い方法を模索した結果、こういう街になったみたいだな」とソフィアも説明した。




「これが魔王城?」


 史郎達は、魔人国国王との謁見のために、城に案内されたのだが、その外見に驚く。


「まるで……卵?」と真琴がつぶやいた。


 その建物は、卵を少し細長く伸ばしたような形をしており、全面ガラス張りでできている。ロンドンにある、似たようなビルを、少しずんぐりむっくりに膨らませたような形だ。


「……これは、すごいな。デザインもそうだけど、壁はガラスだな。これだけの物を建築できる技術があるということか?」と史郎は感心した。




 そのビルの、最上階に謁見の間はある。



「使徒様と御一行の皆さん、マギスティア王国へようこそ。国王のフィリス・マギスティアよ」


「初めまして。シロウ・カミカワと言います」


「ソフィアも久しぶりね」とフィリス。


「ああ、変わりないな、フィリス」とソフィア。


「二人は知り合いなんですか?」と史郎は聞いた。


「そうなのよ。何十年ぶりの再会ね。私は昔冒険者をしていたことがあって、私たちは同じパーティーの仲間だったのよ」とフィリス。


「へー、そうなんですね」と史郎は言いつつ、昔というのは一体どれくらいの昔なのだろうと思案しかけ、フィリスが見つめていることに気付いたので、逸れかけた意識を戻すのであった。


「フィリス。お主も分かっているだろう。そろそろ、本格的に開国・国交する良い機会だろう。もう、どの民族も魔人国を責めたりはせんぞ」とソフィア。


「ええ、わかっているけど、こればっかりは難しい問題よ。でも、書簡を見たわ。連邦構想、素晴らしいわね。そして、魔導船航路? もしそれが本当に可能なら、反対する理由はないわね。ぜひ参加させてちょうだい。現在のマギウェストの、地理上の問題がそれで解決するかもしれないしね」


 マギウェストは、ほかの国に比べてはるか西に位置する。しかも、そこまでの道のりは魔の大樹海で大幅にさえぎられているため、魔の大樹海を迂回した、淵に沿っての北の竜人国か、南のドワーフの国としか直接の行き来ができないのだ。


「街を見ましたが、これほどの工業と科学の発展、その技術を、ほかの国に提供すれば、世界の発展につながると思いますが」と史郎は言う。


「どうかしらね。この大きさの街の規模だからこそ、何とかなっているという見方もできるわ。ただ、技術提供には前向きよ。この街だけでは作れないものもたくさんあるから、それらの製品や食料の輸入ができるようになるなら大歓迎よ」


「ところで、フィリス様、スライムの特殊性については、御存じでしょうか? 私、ヘインズワース王国の北部、辺境アマンデール辺境伯の次期領主、スティーブンと申します」


「スライム? ああ、あの有機資源ね。ええ、知っているわ。わが国ではあれを使っていろいろと加工品を作っているわね。ただ、この地域にはなぜかスライムは少ないのよ。なので、それほど活用しているとは言い難いわね」


「そうなのですか! いえ、実はシロウ殿にスライムの事を聞いてから、我が領地でも活用したいと思っているのですが、その方法が分からなくて。シロウ殿からもアドバイスはいただいたのですが、もし魔人国と協力して開発できればと思っているのです。我が領地にはスライムが大量にいるのです」とスティーブン。


「へー、そうね。共同開発はいい考えかもしれないわね。連邦が発足した暁には、スライム技術の交流と共同開発チームを立ち上げてみましょう。よろしくお願いね」とフィリスは笑顔を見せて提携に同意した。


 後に、ソトハイムとマギウェストの共同開発による、スライム魔導化学工業が発展し、各種の材料や製品を輩出し、世界の発展に寄与、結果的に魔人国のほかの国との交流と復帰の助けになるのであるが、それは別の話。

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