118.黒龍アドラ1

『俺は史郎という。あんたは?』

 史郎はようやく落ち着いたドラゴンに話しかけた。


『僕は黒龍のアドラ。龍族だ。シロウ、助かったよ。感謝する』

『ああ、どういたしまして。それで、今からその状態異常の元凶の、ウイルスの除去を行う。いいか?』

『ああ、この際、まかせるよ。長年の苦しみからやっと解放されるのならね』とアドラが答えた。


「ミトカ、シェスティア、琴音、まだ大丈夫か?」


「私たちは、あと少しなら大丈夫」とシェスティア。


「じゃあ、シェリナに処置したのと同じ処理を行う。ただし、今回は新しく作った『外部精霊大規模精密HLSLモジュール』を使う。魔力使用量ははるかに少ないから、魔力に関しては大丈夫だと思うけど、ミトカ、精霊の制御に関して、何かあったらサポートを頼む」

「わかりました」とミトカ。

 

 史郎はモジュールを起動した。


 史郎の腕輪から光が輝き、光の粉が噴き出して、ドラゴンを覆っていく。


 そして、予想よりも早く、十分ほどして光が腕輪に戻っていった。


「史郎、ウイルスの除去はうまくいったようですね。精密探査で検出されません」とミトカ。


「そうか。やはり早いな。魔力使用量も最小限だ。よし、じゃあ、すべてのスキルの発動を停止しよう」


 史郎がそう言うと、結界が消えた。そして、4人の光の帯が薄れ、全員を覆っていた光がなくなった。




『あらためてお礼を言うよ。助けてくれてありがとう。君たちは僕の命の恩人だ』

 アドラが史郎達に話しかけてきた。


『お! ああ、こうやって魔力を放つと、全員に話しかけられるのか? ああ。どういたしまして。すまん、ちょっと待ってくれ』


「ミトカ、は、大丈夫か。シェスティア、琴音、今から【概念言語::古代龍言語】のスキルをインストールしたいと思うんだけど、シェスティア、例の魂の接続で受け入れ可能か?」


「うん。大丈夫。琴音もOK」とシェスティアが言い、赤い光が3人をつなげた。


 そして、史郎がスキルの転送を行った。


 ――『【概念言語::古代龍言語】モジュール自動インストールします』

 というアナウンスが流れ、二人にモジュールがインストールされる。



 なお、他人へのモジュールのインストールには制限がある。まず、術者が神術レベル2を持ち、他人の魂へのアクセスが可能になること。受け入れ側が、術者の事を信頼し心から受け入れる気持ちがあること。そして、その証拠としての魂レベルの接続が確立していること、だ。

 現実的には、ほぼ実現不可能な事なのだが、史郎とシェスティアの組み合わせと、琴音の気持ちが、これを可能にした。



『えー、じゃあ、あらためて。全員聞こえるか?』

『聞こえる』

『はい』

『はい。先輩、これってテレパシーってやつですか?』と琴音が聞く。

『そうだな。この世界では念話と呼ばれているが』

『みなさん、この度は助けてもらってありがとう。僕の名前はアドラ。龍族の黒龍だ』とアドラが自己紹介した。

『俺は史郎で』

『ミトカです』

『シェスティア』

『えっと、琴音です』

 と、皆が自己紹介した。




『さて、まずはアドラ、アドラって魔獣王なのか?』と史郎が聞いた。


『まじゅうおう? というのが何か知らないけど、そんなんじゃないよ。僕は龍族、黒龍のアドラ』とアドラは答えた。


「シロウ、きっと目撃者の勘違い」とシェスティア。「あれは、おとぎ話の類」とつぶやいた。

「そうですね。状況から見て、アドラが魔獣たちを率いていた様には見えませんでした」とミトカ。


「……そうなのか? いや、いいんだけど。なんか、その名前のせいで事が大きくなっていたんだが……、単なる勘違いで済むのか?」

 と、史郎は、今一納得できなく思いつつも、まあいいかと、気持ちを切り替えるのであった。



『……で、アドラ、一体何があったんだ?』と史郎が単刀直入に聞く。


『ああ、僕にもわからない。村を飛び出した後、いつだったか、だんだんと体調不良とイライラ、狂暴な思考になっていって。助けを求めてやってきたんだ』


『もう少し具体的にいつだったか、とか、どこで、とかは分からないのか?』と史郎は聞いた。


『うーん、よくわからないし、覚えてないな』


『なるほど……。じゃあ、どういう経路でここまで?』


『ああ、僕達は、龍の山脈から……』と言いかけて、アドラは口をつぐんだ。そして、


『ああ、なんてことだ! イベリア!』と叫んだ。


『イベリア?』


『ああ、白い龍だ。見かけなかったか? 僕の幼馴染みで恋人さ。途中までいっしょだったんだ。でも、二人ともおかしくなって途中で別れたんだよ! 彼女を探さないと、僕みたいになってしまう……』

 アドラは悲しそうな、苦しそうな声を出す。


『なるほど、もう一体ドラゴンがいたのか。ん? 白竜? じゃあ、これまでソトハイムと王都で目撃されたドラゴンと、アドラは別ドラゴンだったのか?』

 と、史郎は少し混乱した。


『その、イベリアとは、どこまでいっしょだったんだ?』

『ああ、きれいな花が一面に咲いている、台地のような場所で……』


『そんな台地は一カ所だけ。精霊の丘、だと思う』とシェスティア。

 史郎は頭の中で地図を確認する。


『なるほど。で、イベリアはどこへ行ったかは……』

『わからない。僕の方が先にすごく精神がおかしくなって、それで、喧嘩して、僕が飛び出したんだ。僕は南に向かった。彼女がその後どうしたかどうかは分からない』


『……おそらく、そのイベリアは、西へ向かったんだろう。ソトハイム、王都、と目撃されているからな。その後の足取りは不明だな。ギルドに目撃情報を聞いてみるのがいいかもしれない』


『ちなみに、精霊の丘の前はどこに?』


『花の台地からさらに北の方、なんだか大規模な廃墟みたいな場所だね。その前は、えーっと、西の方にある、巨大なクレーターのある場所だよ。やたらキノコがたくさんある場所だね』


『史郎、大規模な廃墟は、おそらく位置的に見て、マギイーストと呼ばれる、旧魔人国の都市ですね。そして、クレーターのある場所は、マギセントラル。例の「マギセントラル瘴気大爆発事故」の中心地、旧魔人国の首都です』


『ふむ。すべて、龍脈の吹き出し口か』

 史郎は地図を思い浮かべて、つぶやいた。


『そう、僕達龍族は、マナを直接吸収して糧にするんだよ』とアドラ。

『へー。で、その、マギセントラルって、いわば爆心地だな? キノコがたくさんあるってのは?』

『さー? すごいキノコの数だったよ。あんまりおいしくなかったけど』

『おい、食べたのかよ……。いや、食べた?』


 ふと、史郎は思い出したように叫ぶ。

「しまった、アドラの体内のウイルス全部除去しちゃったじゃないか! 分析すべきだったのに」


「史郎、サンプルは採ってあります」とミトカ。

「おー、さすがミトカ、頼りになる!」

 と、史郎はほっとした様子で、ミトカの肩をトントンとたたいたのであった。

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