113.迷宮オーバーフロー

 勇者召喚の余波の発生が明確になってきた。

 召喚によって、およそ半径160キロメートル圏内のマナが消費され、発生直後は枯渇状態になったのだが、その充填のためのマナが周りから流れてくる。


 そして、水滴が落ちた水面で水が飛び出すように、急激に枯渇したマナを補うようにマナの量がここ数日で急上昇し始めたのだ。


 これが、いわゆる、マナ津波である。


 その大量のマナを、ケンブリアの北部にある迷宮、ヨークス大迷宮、が吸収し始めた。それは、つまり、迷宮内での大量の魔獣ポップにつながるのである。


 さらに、キノコによる瘴気生成による、迷宮周辺の土地での、魔獣の増加も問題になり始めたのであった。




「だめだ! 魔獣の数が多すぎる! ギルドに報告しろ!」と冒険者達が迷宮から出てきた。


「どうしたんだ、いったい?」と、今から迷宮に行こうとしていた別の冒険者が聞いた。


「どうしたも、こうしたもないぞ。魔獣がうようよいるんだ! ダンジョン内のスタンピードだぞ、これは!」と迷宮から出てきた別の冒険者が叫んだ。


「ダンジョン内にいる冒険者は皆、退避してきている。ギルドに報告だ。救護班も呼べ!」


 この日、迷宮入り口の集落は、大混乱に陥った。


 通常の10倍近い魔獣が目撃され、いつもと違う異常な風景に、冒険者たちは逃げ惑い、入り口や転移室に殺到したのだ。




「ダンジョン内でスタンピードだと?」ケンブリアの冒険者ギルドマスターであるルイーズが聞き返す。


「はい、迷宮管理グループからの報告です。迷宮内にいた冒険者達の退避と避難が続けられています。いくつか行方不明のパーティーがいるようですが、安否は不明です。現在は、退避が終わり次第、入り口の封鎖をする予定ですが、あの数だと、建物がどれだけ持つかわかりません」


「そうか、わかった。すぐに教授会に連絡だ。使徒殿の支援を求めると、伝令を!」とルイーズが指示した。




 史郎達は連絡を聞き、急いで迷宮の入り口の集落に駆け付けた。


「漆黒の氷風の史郎です。どのくらいの人数が中に残っているんですか?」

 と、史郎は迷宮入り口の建物を見張っているギルド職員に、ギルドカードを見せながら、聞いた。ランクSはそれなりの権力があるのだ。


「連絡が付くパーティーという範囲では全員退去したぞ。まだそれなりの数のパーティーが潜っているようだが、安否は不明だな。もはや連絡手段はない」


「そうか……。わかった。じゃあ、全員事建物から離れる様指示してください。俺が今から結界を張ります」


「わかった」

 と、いうと、ギルド職員は建物の周りをまわり、近くにいる人たちに建物から離れる様に指示して回った。




「よし、ドーム状の結界でいいな。とりあえず、魔獣が溢れて出てこないようにしよう」


 史郎はそういうと、建物全体を囲むドーム状の結界を張る用意をした。

 まずは建物の外側、四カ所に杖を突きさす。そして、杖にミスリルを編んだロープを接続し、それらすべてをある魔導具に接続する。


 これは、そう、都市結界のミニチュア版だ。王都の都市結果の魔力変換器を修理した際に、各結界の装置も解析し、史郎が作り出したものだ。もちろん改良もされており、今回のような魔獣の閉じこめにも対応してある。


 史郎は、メインとなる装置に魔力を込め起動する。いったん起動すると、マナ魔力変換を使って自力で稼働を維持できるのだ。これも、例の装置のコピーだ。もっとも、結界の大きさは、せいぜい半径200メートル程度。しかし、幸いにして、建物は広場の中心にぽつんと建てられており、半径50メートルもあれば、入り口の建物のみを結界でカバーできた。


「よし、当面はこれでいいな。後は……そうだな、とりあえず突入して魔獣を殲滅するか?」

 と、気軽に言った。


「あのね、シロウ、どんだけ魔獣の数がいて、どんだけ深いと思ってるのよ。ダンジョンなのよ!」とアリアがいつもの様につっこむ。


「いや、まあ大丈夫だよ。作戦としては、まずは俺とミトカとシェスティアで突撃する。アリア、アルバート、スティーブン、そして勇者組はすぐ後ろで、俺たちがやり過ごした魔獣を倒す。完全殲滅は目指さなくていいから、適当に間引く感じで行けばいいと思う。その方法で第四階層くらいまで行って、接続路に結界を張ればとりあえずいいんじゃないかと思うんだけど、皆はついてくるか?」と史郎は聞いた。


 当然全員参加になった。


「やばくなったら、声をかけること。その時点で結界を張って休憩するから。各フロアの安全地帯でも休憩できるから、様子を見ながら行くぞ!」と史郎は声をかけ、迷宮に突入するのであった。


 このヨークス大迷宮は、最初の9層は、草原、森林、山岳のフロアが繰り返している。なので、比較的広い場所が多いので、殲滅魔術での戦闘がしやすい。





「マルチ・ホーミング・ライトニング・ニードル!」と史郎が殲滅魔術を発動。


「ホーミング・アイス・バレット!」とシェスティも殲滅魔術を発動した。


 1024発のアイスバレット同時攻撃だ。シェスティアは、史郎の指導の下、ホーミング誘導ができるようになった。もともと史郎よりコア数が高い。今や、史郎よりも多数の魔術の同時発動ができるようになったのだ。


「ホーミング・ファイア・バレット!」とミトカ。ミトカも1024発の同時発動。


「……あなたたち三人だけで済むんじゃないの?」とアリアが三人の殲滅魔術をみて、あきれる。


「いや、君たちのための経験値稼ぎ用に広範囲で間引くだけにするから、残りは頼む!」と史郎は叫んだ。


 史郎達三人でかなりの範囲の魔獣を討伐するものの、そもそも魔獣の数も半端じゃない。すべてをいっぺんに殲滅はできないのだ。


 魔獣に隙ができた瞬間、勇者パーティーは同じように魔法を発動する。

 アルバートとスティーブンは近接戦闘で、近づいてきた魔獣を切り倒していく。




 この調子で、9階層の最終地の安全地帯まで到達し、休憩をしている最中に、史郎がふと気づいた。


「なあ、ミトカ、迷宮コアの制御を奪えば、魔獣のポップをおさえられるのでは?」


「……理論上はそうですが、そもそも迷宮コアの場所へ行くことが不可能です」

「どうして?」

「場所が不明です。この世界の伝承では、最下層の最終ボスを倒すと、迷宮コアの部屋へ行くことができ、なんでも願いが叶うということになっていますが、事実上、最下層まで踏破することは不可能です。最下層あたりにいる魔獣のレベルが高すぎます」とミトカが解説した。


「なるほど。典型的な設定だな。しかし、俺の場合は……」と史郎は思案した。


「ちょっと、転移室を見てくるよ。皆は待っててくれ」と史郎は転移室へ行く。


「私も行く」とシェスティア。

「先輩、待ってください」と琴音もついていくのであった。

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