112.大図書館/アップグレード
史郎達は、魔術学園最大のポアンカレ大図書館で、過去の魔獣大発生の記録がないかを探すことにした。
オックスドニアの首都であるケンブリアにあるポアンカレ大図書館は、この世界では有名だ。世界のすべての本が収められているのではと噂されるほどの蔵書があるためだ。
国として魔術学園を経営しているだけあって、研究資料や研究結果の管理には力が入っている。地球では有名なオーストリアにあるアドモンド修道院付属図書館のような感じで、蔵書と規模がその数倍あると言えば、イメージが湧くだろうか。
「シロウ、この資料見て」とシェスティアが一冊の本を持ってきた。
「ん? 何々、魔獣の大発生の記録?」
その本には、まさに過去に起こった魔獣の大発生の記録が記されていた。史郎達は、大規模と思われるものをピックアップした。
― 神聖歴920年、神聖歴950年、神聖歴980年
― 神聖歴1021年:魔獣の氾濫による世界の壊滅危機(II)(中規模)
― 神聖歴1190年、神聖歴1230年、神聖歴1270年、神聖歴1302年
本には、考察として、30年~40年周期で発生するようだと、しかしその原因は不明となっていた。
「30年~40年周期の原因はなんだろう」とシェスティア。
「狂暴化に関する記述や記録は特にないな。発生していなかったのか、気付かなかったのか、どっちかわからないが」と史郎は思案した。
「ほかの現象で、そのような周期のものがないか調査する必要がありますね」とミトカが言った。
「先輩、こんなの見つけましたよ。この絵が先輩の魔法陣に似てません?」と琴音が一冊の本を持ってきた。
「えーっと、龍脈についての考察?」と史郎は言い、中身を確認する。
表紙には、五角形と円を組み合わせた図形が描かれている。
その本によると、この世界の龍脈は、精霊の丘を中心に、円形と放射状の川のような流れとして存在している。流れ自体は地下にある。主要な都市は、その交差上の上に作られている。そのような場所ではマナを取り出しやすく、マナ魔力変換によるエネルギーの取得、および、それによる都市結界の維持をしていることが書かれていた。
「なるほど、都市結界をどうやって作って維持しているのか疑問に思っていたけど、もともとマナの放出場所で、あの装置のような物を設置してから、そこに街が作られていたんだな」
と史郎は考えた。
「史郎、ドラゴンの目撃記録があるんですが、その図に合わせてみてください」とミトカが真剣な声で言った。
「うーん、何だか、各街に向かっていったという感じか? というよりも、さまよっていると言った方がいいか? わからん。いや、それよりも、この龍脈のパターンは何だか見覚えが……」と史郎はふとつぶやいた。
「シロウ、これは、王都で上空から調査した時のキノコの拡散パターン、そして、瘴気パターンに似ている」とシェスティアが言った。
「ああ、あれか! なんだか磁石に吸い付く感じだと思ったけど、龍脈に沿っているということか⁉」と史郎は気づいた。
「ということは、この龍脈の地図をもとに、例のキノコの分布が分かるわけか? じゃあ、警告もしやすいかもしれないな」
「そうですね、いっそのこと、ギルドにキノコの目撃情報を集めてもらって位置をプロットするといいかもしれません」
「そうだな。今度ギルドによって、少なくともこれまでの報告を集めた情報をもらおう」
史郎は、少し手掛かりを得ることができたので、引き続きも図書館で調査がいいかなと思うのであった。
◇
「史郎、魔術精霊のアップグレードの準備ができました」と夜にミトカが史郎の部屋を訪ねてきた。なぜか琴音とシェスティアもいっしょだ。
「……ああ、皆もいっしょに? いや、まあいいけど」
「先輩、何言ってんですか。ミトカさんと二人きりにするわけにはいかないですよ」と琴音は史郎をにらみながら言う。
「私はボディガード」とシェスティア。
「……ああ、そうか? いや、まあ、じゃあいいけど。で、ミトカ、どうやってアップグレードするんだ?」と史郎はミトカに聞いた。
「簡単です。ベッドに横になってください。そして、私がアップグレードの処理を行います。かかる時間は10分くらいかと。インストール後、史郎をリブートしますので、気分爽快ですね」とミトカが真面目な顔で言った。
「……俺はどこぞのコンピューターか? いや、どこまで本当で、どこまで冗談なんだ?」
史郎は、判断に困るミトカの様子に、真剣に悩んで聞いた。
「ふふふ。すべて本当です。本来、魔術精霊のアップグレードなんてできないんですよ? これは精霊王である私だからできる技であり、しかも史郎のスキルとして魂が接続されている故の裏技です。ちなみに、リブートは文字どおりのリブートです。史郎のボディと魂の精神接続をいったん切って、アップグレード後、エンティティと再接続します。精霊がエンティティを正しく認識するためですね。ちなみに、シェスティアと琴音さんは、本当にボディガードです。インストール中に何かあっても、私も史郎も何も対応できませんから。念のためです」
と、ミトカはいつになく真剣に言った。
「……ああ、わかった。皆頼むよ」
そう言うと、史郎はベッドに横になり、目を瞑った。
「では、始めます」とミトカは言い、詠唱する。「魔術精霊更新処理開始準備」
すると、史郎の体が淡く光り、史郎は、睡眠状態になった。
「さて、シェスティア、あなたの言っていた例の件、今なら確認できますね」
「うん、じゃあ、ちょっと失礼」
と、シェスティアは、史郎の枕元に行き、史郎のおでこに手を当てて、目を瞑る。
「本当に大丈夫なの、この状態?」と琴音が不安そうに言う。
「琴音、心配しなくても大丈夫。私は史郎の元AIであり、スキルであり、精霊王。問題ありません。少し、史郎をだますことになりましたが、内容からいって許容範囲内です」
と、ミトカは悪戯っ子の笑顔を浮かべた。
「……はぁ、まあ、ミトカさんがそう言うなら」と琴音は諦めた。
少しして、シェスティアが目を開けた。
「うん。接続路の存在は確認できた。ミトカの推察はあってたみたい。これでいつでもOKね」と、シェスティアはうれしそうに二人に言った。
「はぁ、何だか喜んでいいのか、恥ずかしいような……」と琴音は少し顔を赤くする。
「喜ぶこと。私たちは、同志」とシェスティア。
「まあ、運命的ではありますね」とミトカ。
三人は、三人三様の思いを込めて、眠りにつく史郎を見つめた。
「では、魔術精霊のアップグレードを始めます。ここからは一応真剣なので、二人ともボディガードお願いします」とミトカが言った。
「わかった」「もちろん!」と二人は返事した。
ミトカは、目を瞑り「魔術精霊更新処理開始」と唱えると、ミトカ自身と史郎が淡く白く光り輝いた。
その状態で約10分、ミトカが再び目を開ける。
「無事終了ですね。今から史郎を起こします」
と、ミトカが言い、史郎の枕元に近づいて肩をゆすり、「あなた、朝ですよ、起きてください」と耳元で甘くささやいた。
「ん? あぁ、ミトカか?」と史郎は寝ぼけて目を覚まし、あぁ、何だか夢を見ていたな、といいながら、横になった状態のまま、いきなりミトカを抱きしめた。
「な! 先輩何してんですか! なんの夢見てるんですか⁉」と琴音は叫んだ。
「ミトカ、役得」とシェスティアは動じない。
「え? あれ? ここどこだ? 何してたんだっけ?」と史郎は琴音の声に驚き、ミトカを開放した。そして、上体を起こし、周りを見た。
「史郎、魔術精霊のアップグレードです。私たちの名前が分かりますか?」
と、ミトカは顔を赤くして、史郎に質問をした。
「……ああ、ミトカ。それにシェスティアと琴音だな。あぁ、思い出した……ああ、すまんミトカ。で、精霊のアップグレードは?」
「はい、無事終了です。何事もありませんでした」とミトカ。
「そうか、ありがとう」と史郎はミトカに礼を言った。
「よし、じゃあさっそく試してみよう。とりあえずはここからそこまで転移してみよう」と史郎は言って、部屋の隅に行く。そして、目視による位置情報取得と、相対座標の計算、そして、API呼び出しを調べる。「あぁ、これか。なるほど。【転移】」と史郎は唱えた。
すると、一瞬で史郎は消え、部屋の反対側の端に現れた。
「おー、とうとうできたぞ! 夢のテレポートだ!」と史郎はガッツポーズで大喜びだ。
「シロウ凄い」とシェスティアは笑顔で言った。
「先輩……意外と子供なんですね」と、史郎の子供みたいに喜んでいる様子をみて、琴音は苦笑しつつも、何だか愛おしく感じるのを悟られないようにするのであった。
「史郎、目視、もしくは探査による位置情報の確認と対象場所の安全確保で転移できます。長距離は、地図スキルでのマーカー設置が安全で確実ですね。一度行った場所へは、地図スキルでの補助による位置情報の確認と安全確保が可能です」とミトカが解説した。
「なるほど、いろいろと検証が必要だな」
と、史郎はわくわくが止まらないのであった。
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