109.学園迷宮1

 今日は、史郎達の「漆黒の氷風」パーティーが、勇者パーティーの訓練のために、迷宮にいっしょに入ることになった。そして特別にスティーブンも訓練の一環として参加する。


 ケンブリア学園迷宮とは、学園内からアクセスできる訓練用迷宮だ。


 この迷宮は、20階層のみで、それほど強い魔獣は出てこない。また、階層ごとにいろいろな環境があり、まさに訓練にはもってこいなのだ。


「できすぎてるな、これは……」史郎は余りにも都合の良い迷宮の設定に、ふと疑問を持った。


 史郎達は迷宮の入り口の建物に入った。重厚な建物で、いざという時は迷宮を閉鎖できるようになっている。


 建物を入るとすぐ、大ホールのような場所があり、そのど真ん中に真っ黒なオブジェクトが立っていた。何かが渦巻いたような非常に複雑な形状をしている。


「この真っ黒のオブジェクトは一体? これは、まるで、ジュリア集合の3Dモデルのような……」と史郎はつぶやいた。


「ああ、それ? 不思議な形よね。一応アーティファクトかな? そこのプレートに何だか説明が書いてあるんだけど、誰にも理解できないのよ」とアイーダが説明した。


「まてよ、このオブジェクトはどこかで見たような……」

 史郎は入り口にあったオブジェクトをみて、ふと思い出す。

 彼がまだ初期のVRを作り始めたころに、モデリングの練習がてらに作ったオブジェクトにそっくりなのだ。


「先輩、これって、昔、先輩が見せてくれた……、確かフラクタルの……」と琴音がつぶやき、


「ああ、クォータニアン・ジュリア・フラクタル(Quaternion Julia Fractals)の3Dモデルだな。そこのプレートには、たぶんこの形状のパラメーターが書いてあるんだと思う」と史郎は答えた。


 史郎は、このオブジェクトに心当たりがある。オブジェクトを作ったのはもちろんだが、それを置いた場所が問題なのだ。


「これって、俺の作った昔のダンジョン探検ゲームの入り口にそっくりじゃないか⁉」と史郎は叫んだ。


 ダンジョン探検ゲームは、史郎が、景観自動生成プログラムのサンプルとして作ったゲームだ。生成できる景観のギャラリーと言ってもいいものだ。




 史郎は、当時プログラミングによる景観の自動生成にハマっていた。

 景観の自動生成とは、特定のアルゴリズムとパラメーターに応じて、さまざまな環境を生成するプログラムだ。

 惑星や、自然の地形、植物の形、果ては街まで、ランダム生成によってそれっぽいものができる。

 L-Systemや、フラクタル、そして、物理シミュレーションなどのアルゴリズムを駆使して、それっぽいものを簡単に生成できるのである。凝り性の史郎は、どこまでリアルにできるかと、それはそれはのめり込んだものだ。ちなみに、史郎が起動に成功させたフィルディ・システムでは、その環境は景観自動生成のプログラムをフルに活用した結果だ。


 史郎の作ったアルゴリズムで生成できる環境は、20種類。


 洞窟、草原、森林、山岳、熱帯雨林、砂漠、高山、鉱山、海、川と滝、火山・溶岩、氷雪、沼、湿地帯、毒、死霊、光、雲海、都市、無重力・浮遊石


 これらの複合も可能だ。

 そして、これらの景観をギャラリーふうにして、しかし、ただのギャラリーでは面白くないということで、ダンジョン探検ゲームにしたのだった。



「ミトカ、あのダンジョン探検ゲームのソースって持ってるのか?」


「はい、あります」とミトカ。


「……そうか。じゃあ、マップデータもあるよな。それと照らし合わせながら進むことにしよう。マッピングスキルは常時起動してるから、データの照合をしながらだな」


 と、史郎はとりあえず、このダンジョンが史郎の作ったものと同じかどうか調べながら攻略することにするのであった。常に地図化のスキルも起動しておくことは忘れない。


 入り口の類似性から見て、恐らく、シロウのゲームがそのまま利用されていると史郎は考えた。だとすると、攻略ルートや、罠などの情報を持っていることになり有利だ。


 ただ、魔獣に関しては、この世界特有なので、その点は注意が必要だなと思う史郎であった。




「二グループに分かれて、交代で戦闘ということでいいかな? 戦闘しながら、アリアパーティーのメンバーとスティーブンが指導することにしよう」と史郎は言った。


 勇者組は、真琴、正明、エミリア、ミラーディア、美鈴だ。スティーブンが引率する。


 琴音は当然勇者グループで行くつもりだったのだが、美鈴と真琴に無理やり史郎のグループに入れさせられた。最初は反対していた琴音だが、

「琴音、あなた、史郎さんをシェスティアちゃんに取られてもいいんだ?」と美鈴にニヤニヤ顔で問い詰められると、顔を赤くして、黙って折れるのであった。


 なので、琴音はアリアパーティーの一員として連携などの訓練することにした。


「よし、この訓練では、三点を重点的に見ることにしよう。まず一点目は、魔力纏、気力纏での防御だ。先日教えた方法は覚えてるな?」


 皆はうなずく。


「二点目は、各自の得意属性魔法の訓練だ。どんどん魔法を使うこと。魔力がなくなりそうになったら、MP回復錠剤を取る事。

 そして三点目は、魔獣を倒すことによる経験値の獲得だ。これは、いちばん経験の少ない勇者チームが率先して魔獣を倒すことにする。周りの人たちは、そのサポートをすること」


「「「「お願いします!」」」」と勇者たちは返事した。


「最後に琴音だけは四点目だな。式神の使い方の練習だな」と史郎は言った。

「先輩、わかりました!」と琴音は元気よく返事するのであった。



 入り口のフロアに入って正面に廊下があり、突き当たりが、迷宮へ降りる階段になっている。廊下の両側にはいくつもの部屋があり、転移室となっている。


 一度行ったことのある階層へは、そこから行けるのだ。もしくは、階層ごとにある転移室から、この部屋へ転移で戻ってこられるようになっている。この点も、史郎のゲームのデザインを踏襲していた。


 ただ、「一度行ったことのある階層」という情報がギルドカードに記録されるという点は違っていて、この世界特有の機能だ。何気に、このギルドカードは高機能なのだ。


 史郎達は、史郎をふくめ勇者組も初めての迷宮なので、順番に1階層目から行くことにした。


 正面の階段を下りていくと、洞窟のような場所に出る。幅10メートル、高さは5メートル程の大きな石の通路だ。


「おー、すごいぞ、洞窟だぞ! でも、結構広いな!」と真琴がはしゃぐ。

「まずは、典型的な環境だな。この壁は石か?」と正明が壁を触りながらあれこれ調べだした。

「なんだか嫌な感じね」と美鈴。

「……これって、先輩のゲームそのままじゃないですか?」と、史郎のゲームをしたことがある琴音が言う。

「……まあ、そうだな。でも、これは現実だから、油断すると怪我するぞ? 俺のゲームには魔獣なんていなかったからな」と史郎が琴音を注意した。

「はー、あなたたち、いまいち緊張感がないわね。気をつけて行動しなさい! まあ、第一階層はたいした魔獣は出ないけど」とアリアが皆を注意した。

「史郎兄ちゃん、この壁か床か天井をぶち破って進んだら早いんじゃ?」と真琴が聞いた。

「……ははは。だめだな。そもそも、迷宮の各フロアは、それ独自の空間だ。床も天井も破壊しても、その先には何もないぞ」と史郎は答えた。


 そう、迷宮のフロアは独自空間であり、フロア間はゲートでつながっている。なので、外側の壁を壊しても、外に行けないし、天井や床を壊しても、別のフロアに行けるわけではない。フロア間の階段、もしくは転移室での移動のみが接続経路なのだ。



 史郎達は、階層を順番に進んでいった。

「前方からケーブ・ウルフの群れが来るぞ! 全部で15匹だ!」と史郎は叫ぶ。


「ファイア・アロー」と正明。

「アイス・アロー」と美鈴。


 二人とも詠唱なしで通常の3倍ほどの威力で魔法が撃てるようになっていた。もともと日本ではよく見られる魔法だ、イメージするのに何の問題もない。


 正明と美鈴が、それぞれ3体ずつ程を倒すと、真琴が突進していく。


「おりゃー」と掛け声高く、次々と聖剣で切り倒す。

「いやー、史郎兄ちゃん、この剣、よく切れるよ」と真琴。

「……真琴、あんまり闇雲に突進すると危ないぞ」と史郎は言うが、

「史郎兄ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。俺こう見えてもRPGゲーム得意で剣道得意だから」と真琴は能天気に答えた。

「いや、お前の場合は、だからこそ危ないんだよ。これはゲームじゃないから。下手したら死ぬぞ」と正明を叱った。

「わかってるって。兄ちゃんに教えてもらった魔力纏と気力纏が強力で、すごい防御力あるんだぞ、怪我する気がしないよ。それに、やばそうだったらすぐ逃げるから。その勘だけは自信あるぞ」と真琴が答えた。




「前方から再びケーブ・シープの群れが来るぞ! 全部で6匹だ!」と史郎は叫ぶ。


「アイス・ブレット」と美鈴が詠唱しようとするが、シープは思いのほか速い勢いで突進してきた。


「きゃあ!」と美鈴は思わず叫び、体勢を崩した。


 そこへ、スティーブンが走っていって、シープを盾で受け止め、剣で止めを刺した。


「ミスズ、大丈夫か?」とスティーブンは美鈴の手を取った。


「……大丈夫です」と美鈴は、少し頬を染めて、スティーブンの目をウルウルした目で見てうなずいた。


「そうか、良かった。ケーブ・シープは見た目と違って、意外と動きが速いんだ。次からは気をつけるんだぞ」とスティーブンは眩しい笑顔で美鈴に言った。


「……はい」と美鈴はますます顔を赤くして返事をした。



「……ちょっと、美鈴、こっち来て」と琴音が美鈴を引っ張っていく。

 そして、小さな声で、聞く。

「あなた、もしかして……」

「いわないで! でも……彼、かっこいいと思わない?」と美鈴。

「……あの人、10歳以上も上よ!」

「知ってる。でも、私年上の方がいいから……」

「はぁ。まあ、いいけど。でも、戦闘中くらいしっかりしないと死んじゃうよ? ほんとに!」と琴音は小さく叫ぶのであった。

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