108.新世代魔導具2-魔導船
小型魔導船プロトタイプ。
史郎は、このアイデアを、王都周辺調査でシェスティアを抱えて飛んだ時に思いついた。重力遮断と慣性制御を付加すれば物を飛ばせるのではないか、と。
この世界の造船業はそれなりに発達している。基本的に帆船だが、船体自体はかなりしっかりと作られており、快適だ。王都は湖畔の都市で船はたくさんあり、造船産業も盛んだ。
なので、王都防衛の時に褒章の一部として、古いヨットを一台分けてもらった。
地球ではスクーナー型と呼ばれる、
もっとも、今は使われていない古い船だったので、褒章というには語弊があるが、史郎にとっては古くても新しくても良かったのだ。大きさと形が史郎好みだったからだ。史郎は、それをインベントリにしまっておいた。
「よし、これを飛べるようにするぞ!」と史郎は船を取り出して、宣言した。あらかじめ土魔法で船が入る大きさの穴を掘っておいた。造船ドックだ。
「え⁉ これを飛ばすんですか? そんなことが可能なんですか?」とアイーダ。
彼女は魔導具の専門家らしく、そんなことは今の錬金術では不可能な事を知っている。
「ああ。夢の魔導船だ!」と、史郎はそんなことはお構いなく、熱くなっていた。
「……先輩、落ち着いてください。分かりましたから」と琴音が史郎をおさえる。
「史郎先輩って、夢中になると結構周りが見えなくなるタイプですよね」と正明。
「史郎兄ちゃん、昔からそうだぜ。俺たちの面倒見てるはずなのに、いつの間にかほったらかしにされてたことなんて、日常茶飯事だったし」と真琴。
「……ああ、悪い。そうだな、いい加減落ち着かないとな。分かった。……だが! とにかく俺は思いついたんだ。このアイデアでできるはずだ!」
史郎は謝りつつも、ぶつぶつ言いながら結局作業に没頭するのであった。
史郎は、まず、船体の前後1割くらいの場所に、金属でできた枠を取り付けた。そして、金属の板が、前後の枠を船体下部と横で接続する。
枠には、慣性制御駆動用魔術式が埋め込まれている、長さ2メートル程の飛行機の翼のような板が、シャフトで4カ所に取り付けている。
金属板の中央、そこは船体の中央でもあるが、そこに直径3メートル程の円盤があり、それは起点オブジェクトとなっていて、重力遮断により浮かぶことができるようになっている。当然それにくっついているフレーム、つまり、船体全体が持ちあがるという仕組みだ。
起点オブジェクトというのは、そのオブジェクトに属するすべての物は、そのローカル座標軸上にあるとみなされるというものだ。なので、起点オブジェクト自体が、世界に対して動いても、ローカル座標上にある物から見て、動いたとは感じられない。反対に世界が動いたと感じられるのだ。
起点オブジェクトは、インベントリでも使われている概念で、このローカル座標による物体の管理は、高度な魔術を使う上での重要な概念だ。
この世界から見て、この船は、起点オブジェクトのみが物理計算に関与され、重力遮断のため、浮いたり移動したりできるのだ。
さらに、船の後部下には、舵が出ており、舵自体にも駆動用魔法陣が書き込まれている。
つまるところ、中央の円盤で浮遊し、四カ所の駆動翼と舵の駆動魔術で移動・方向操作を行うのだ。
浮遊は、重力遮断のみ。慣性系に対しては、慣性に従い、回転系に対しては、位置を保つという、都合のいいアルゴリズムだ。なので、魔術を発動したとたんに、地球の自転に対して相対的にどっかに飛んで行ったりすることはない。
観察者は惑星の重力につかまって、さらに、高速に自転している地面の上にいることになる。そこは同じようにふるまわないと、大事故になるのだ。このアルゴリズムによって、惑星上で、まるで目の前で無重力空間にいるかのように浮遊する。
駆動系は、魔法陣上の決めた方向に対して進もうとする力が働く仕組みだ。なので、駆動系の魔法陣の羽を動かすことによって、その方向に力がかかる。要は、噴射口を付けたと思えばいい。それが、4カ所、さらに舵だ。
ちなみに、なぜ駆動系が翼なのかというと、浮揚のみ起動して浮かび、動力系を停止して、帆で動かすことができるようにするためだ。
その時は、翼は本来の空中移動用の飛行機の翼と同じような制御の補助として使えるのだ。
最後に、各翼の駆動は魔導モーターと歯車で動かす。船体にはあちらこちらにカメラが付いており、操舵室には、モニターが設置されている。魔導具通信と同じ原理で作られたものだ。
そして、すべての制御は、魔導船精霊が行う。魔導船専用の精霊だ。上級精霊で、船全体の制御コードを与えられている。史郎は、船体制御のあらゆるパターンを洗い出し、コードとして記した。そのコードを実行するのが、魔導船精霊なのだ。
よって、船の制御は、簡単なマニュアル操舵、つまり、左右回転、上下移動、速度調節の三つの
これ以降、史郎が作る魔導船には、必ずオカメインコ型魔導船精霊が付くことになるのであった。
史郎が全体を完成させた後は、皆で内装を整えるのであった。
メインデッキ下にキャビンデッキが2層、メインデッキにはラウンジと食堂。メインデッキ上二階に操舵室と会議室がある。
キャビンはたくさん作ったので、皆は適当に部屋割りをした。
なお、船名は史郎が提案し、シルフィードI号となった。
「よし、シルフィードⅠ号、発進」と史郎が号令をかけて、レバーを操作した。
船は、ゆっくりと浮上する。船上から外を見ていた皆は、おーっと、驚くが、少し眩暈がした。なぜなら、自分たちは動いた感覚がないのに、周りの世界が下がったように見えるからだ。
「……いかん。VR酔いと同じだな、これは……」と史郎がつぶやいた。
「みんな、船室に入るか、しばらくは外を見ない方がいい」と史郎は叫んだ。
そう、起点オブジェクトの効果で、自分が動かないのに、起点オブジェクトが動くと、周りが動くように見える。そして、その
初めてVRのヘッドセットで空を飛ぶと感じられるあれだ。
「……先輩、これ、結構深刻な問題では?」と琴音。琴音もVR体験者なので、事情が分かったようだ。
「ああ、少なくとも浮上時や旋回時は甲板上にいないようにした方がいいな。巡航中はたぶん大丈夫だと思うけど」と史郎は思った。
ともかく、VR酔い以外は問題なく、皆は空の遊覧を楽しむのであった。
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