102.世界のしくみ

 しばらくして、皆がひととおり訓練を終えたのち、全員で夕食を食べることになった。


 この学園には当然食堂がある。日本の大学でよくある、カフェテリア形式だ。


 史郎達は、食堂で適当に食べ物を買い、特別室で食事をとることにした。特別室は、一般の生徒が入れない部屋だ。史郎達の場合、そろっているメンバーがメンバーだけに、一般生徒のいる場で食事をとるのは少々はばかれるのだ。




 食事後、しばらくして、正明が話しだした。


「史郎先輩、この世界の魔術って一体何なんでしょうね? 地球の科学じゃ説明付かないことばかりじゃないですか? でも現実に存在しますよね?」と正明が史郎に問いかけた。


 皆も、そうだね、という顔をし、史郎の方を見た。


 正明は、実はこの世界が史郎が設計したシステムと同じようにできていることを知らない。単に不思議に思って聞いたのだ。


「ははは。何気に深い質問だな……。まあ、そうだな……。では、聞くが、正明は、いま見えている、この景色や物理現象は何だと思う?」


「……うーん、そうですね。……地球の物理的ふうに言えば、三次元、いや、四次元空間内に存在する素粒子や原子分子が物理法則に則って動いている。って感じですか?」と正明が答える。


「おー、さすが優等生。予想以上の答えだな。じゃあ、生物は?」と史郎はほほ笑んだ。


「……DNAから作られた、物質ですか? 生体はDNAをもとにした有機物質ですよね」と正明。


「じゃあ、精神は?」と史郎。


「……脳の働きですか?」



「じゃあ、もし、それがすべて幻想だと言ったら?」と史郎はにやりと笑う。


「幻想? ……実際に物理的な物がないということですか?」と正明。


「そうだ」と史郎。




「この宇宙はな、実は、いわゆる「物理的」にできている訳じゃないんだ。まずは、情報が先なんだよ」と史郎は話し始めた。


 この世界の始まりは、ビッグバンではなくて、バウンダリ、つまり境界の発生だ。境界があるということは、その内と外があるということだ。それは情報として捉えられる。境界がどんどん増えた。つまり、時間があるということだ。境界間で状態のやり取りが始まった。変化があるということだ。


 やがて、膨大な情報の変化から、意識が生まれた。それが、最初の神だ。


 神は対話を欲した。魂の誕生だ。


 神は姿を欲した。世界の誕生だ。その世界の設計上の仕様として、数学や量子力学や物理計算がある。


「そして、魂、つまり精神活動を司るのだが、それが、その世界の中にある物体として計算されたデータにつながり、魂がそれを認識している状態がこの世界なんだ」

 と、史郎は説明した。


「つまり、精神は別の場所にあって、この世界は、ゲームの世界のように幻のような物なんですか」と正明。


「まあ、そうだな。幻って言うのは語弊があるな。現実ということに変わりないからな。たくさんある中での、一つのデータ表現だといった方がいいだろう」


「データ表現ですか」


「ああ。データ表現だ。ゲームで言うと、世界を動かしているのはゲームエンジン、俺たちが見ているのは、処理の度に計算される物理計算処理、そして、それが終わるたびに生成されるレンダリング結果、みたいなものだな」

 と、史郎。そして、続ける。


「そして、地球では純粋に物理計算だけで成り立っている。対して、このフィルディアーナ世界は、物理計算に魔術の仕組みが加わっている。もちろん魔術も物理計算と同じようにそれ独自の統一した仕組みがあるのだが、フィルディアーナはそのすべてが統合されて実装された世界なんだよ」と史郎。


 そして、続けた。


「そして、とにかくいちばん大事なのは、精神、いや、自我と言うべきか? それは魂と呼ばれるものに宿り、世界とは独立しているということだけは覚えておいた方がいい」と史郎は言った。


 その場にいるみんなは、史郎のいうことを理解しようとはするが、あまりにも抽象的すぎて、誰にも分からない。かろうじて正明がぶつぶつとなるほど、じゃあ……と何か思案している様子だ。


「ごめん、史郎兄ちゃん、俺には何が何だか理解できません!」と真琴が割り込んで、立ち上がって、宣言した。


「……この脳筋め」と正明が真琴をにらむ。


「まあ、そうだな。シミュレーション世界の話は聞いたことがあるだろ? あれと似たようなもんだな。シミュレーションの外がどうなっているかとか、魂と世界の中にあるエンティティの関係とか、いろいろ実際の詳細は違っているけど、魔法を使う分には、感覚的にああいうものだと思えばいいよ。ほら、有名な映画が在っただろ? 弾丸を避けるシーンが有名な奴とか、13階がどうとか」と史郎は説明した。ただし、精神の在り方だけはまったく違うけれど、とつぶやきながら。


「ああ、なるほど。そうですね。ああいうのが、現実だったら、そして、その世界で魔術が実装されていたら、この世界ですか……」と正明は少し納得した様子だ。


「なる! あの映画は俺も好きだな!」と真琴は言った。


 それを聞いていた皆は、「……あのー、私にはまったく分かりません」と琴音と美鈴。


 フィルディアーナ世界組は、もっとわかりやすく顔に出ていて、何の話? という感じだ。


「えいがって何?」とシェスティアはつぶやいていた。



「……まあ、要は、常識というものを疑えということだな。今、目に見えているものがすべてじゃないし、本当かどうかも分からないということを理解することだ。そのうえで、それでも、自分の考えと観察した結果と合わせて、物の本質を見極める努力をしろということだ」


 そして、続ける。


「特に高校生の地球の勇者諸君たちは、まだ学校で教えられたことしか知らないし、それがすべてだと勘違いしているかもしれないけど、世界はまだまだ知られていないことや分からないことで溢れているんだ。今まで習ったことはほんの氷山の一角であり、事実はまだまだ闇の中、自分で見つけ出すものだということを忘れないようにな」


 と、史郎はほほ笑みながら、強引に話を結論付けるのであった。




 なお、正明は、この後も、いろいろ史郎を質問攻めにしたため、史郎は正明にこういう理論は知っているか、と、あまり一般には話題にされなかったり、知られていない理論である、非ユークリッド幾何学、ウルフラムのNKS――新しい種類の科学――、古くて重要な奴で、スペンサー=ブラウンのLOF――形式の法則――、そして、自己組織化世界、等々の話をして、さらに議論を深めたのである。


 正明は、自分が聞いたこともない理論や事実、そして、世界の理はまだまだ解明されていないということに気づき、ただただ、驚き、感心するのであった。


 このことをきっかけに、正明は後に史郎の弟子になるのだが、それはまた別の話。

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