98.魔術学園都市

 王都ヘインズバーグから、魔術学園都市の首都ケンブリアまで、街道の長さは、全長1000キロメートルを超える。馬車で2週間の遠距離だ。


 ヘインズバーグ湖の南沿いを行き、湖を出るシャノン川沿いを南下、合流するホワイトフィリー川を200キロメートル程、さらに南下し、途中から、東へ向かう街道を600キロメートルあまり、山あり草原ありの道をひたすら進むことになる。


 街道はそれなりに整備されているし、途中にたくさん街があるので、時間さえ気にしなければ基本的には安全な旅だ。もちろん護衛無しというわけにはいかないが。


 旅行のメンバーは、漆黒の氷風パーティー。ミラーディアとお付きの3人の騎士である、ナディア、アレクセイ、アランの三人。聖女エミリアとその次女アンナと女騎士アンリ。王国から護衛の騎士10名、神聖国からも同じく騎士12名の大所帯だ。


 なお、ソフィアとシェリナ、アルティアは、ソトハイムに戻った。その代わり、ソトハイムから、アリアの兄、スティーブンが参加することになった。


 彼は、ソトハイムの騎士団副団長だが、実質、いろいろな部署を見て回っているというのが本当のところで、次期領主として見聞を広めている最中なのだ。なので、史郎の報告を見て、史郎の行動を直接見聞きしたいというのが彼の本音だった。


 実力的に見てもまったく問題がないので、皆は問題なく受け入れた。



 王国のミラーディアとナディア、神聖国のエミリアとアンナは同じ馬車に乗っている。

 漆黒の氷風パーティーは、史郎が買った自分たちの幌馬車に乗っている。

 ほかに、荷物用の馬車が3台。スティーブンほか、騎士たちは騎乗だ。



 ちなみに、史郎の馬車は、魔改造が済んでいる。サスペンションを付け、幌は史郎がスライムから生成したビニールシートを幌の上からかぶせ、防風防水対策済みだ。そして、極めつけは、馬車をひく馬が、ミトカと同じ魔力実体化による式神だということだ。


 以前、ミラーディアを救助に駆け付けるときに、馬を置いていかないといけないことがあって以来、史郎は馬をどうすればいいか考えていたのだ。いきなり動力車にするのも目立つので、じゃあ、ミトカと同じ実体化で馬を作ればいいのではというアイデアを思いついた。そして、精霊魔術も使えることになったので、式神としての馬を作ったのであった。

 見た目は馬そっくりなので、誰もそれが偽物とはわからない。



     ◇



 史郎達一行は、ケンブリアに無事到着した。


 魔術学園都市ケンブリア。魔術学園王国オックスドニアの首都である。


 この国は、その名前が示すように、国を挙げて魔術学園を運営している。国中の主な都市に学校があるのだ。もちろん住民がすべて学生というわけではない。普通に暮らしている人たちが実のところ大部分だ。学生の割合は3割くらいだろう。



 史郎達一行は、ケンブリアの城に隣接する迎賓館に滞在することになった。

 勇者との面会は、次の日だ。その代わり、今日はこの国の重要人物たちと会見がある。



 この国にも城が一応ある。砦のようなもので、いざという時に住民が避難できるような物だ。そこに、謁見の間みたいな場所があり、その場所で、この国の重要人物たちと会議を行うことになった。


 出席者は、国王である学園長エンリコ・ラグランジュ、勇者担当の担任、アイーダ・ラグランジュ。学園騎士団長パトリック、学園魔術師団長スコット、学園生徒会長ステファニーだ。

 ケンブリアの冒険者ギルドマスターであるルイーズも出席している。


 史郎側は、いつものメンバー、プラス、王国メンバーに、聖女メンバーだ。


 まずは、学園側から、現状報告がなされた。



「魔獣の異常発生、瘴気の異常発生は以前と同じです。シロウ殿が警告されたキノコの異常増殖も確認しています。ただ、それほどの量とは思えません」とルイーズが報告した。


「次に、魔獣王の目撃情報です。今から五日ほど前に、学園都市王国北部で複数の魔獣を従えたとみられるドラゴンが目撃されています。ただ、目撃件数は1件。確認もされていないので、確定はしておりません」とルイーズが報告する。


「それは……、ドラゴンがいるのですか? それとも、いないのですか? もしくは、魔獣王なのかどうか分からない、ということですか?」と史郎は不明確な報告に対し、いぶかし気に聞いた。


「ドラゴンの存在は確かなようです。たとえ目撃件数が1件とはいえ、冒険者パーティー、今回は学生でしたが、複数人の目撃です。学生の制限上うそをつくとは思えません」とルイーズ。


 問題は、とアイーダが割り込む。


「ただ、問題は、複数の魔獣を従えた、という部分です。何を根拠に従えたというのか、そもそも、どんな魔獣だったかという情報がまったくありません。なので、学生が故の単なる早とちりの可能性があります。……じつは、授業で魔獣王についての講義があるのですが、魔獣王の話その物の真偽が分かっていないので……いわゆる伝説の類になるのです」とアイーダが説明した。


「なるほど……。まあ、ドラゴンの目撃は、ソトハイムでも王都でもされているので、明らかに存在はするのでしょうが、その行動の根拠がどうも不明ですね」と史郎は言った。




「それと、関連しているかわかりませんが、勇者召喚が実行された日から一週間くらいの間、魔力枯渇症の人の大量発生が報告されました。原因は不明です」とステファニーが報告した。


「ああ……、そのことについて一言。よく報告してくれました。ありがとう。それで、女神様からの警告です。不完全な勇者召喚の魔法陣を人の手によって起動したために、ケンブリア一帯のマナが枯渇しています。そのせいで、一部の魔力量の少ない人に、魔力枯渇症の症状が出る可能性があります。さらに、このマナ枯渇ですが、マナの回復に関して範囲が大規模であるために、マナ津波という現象が発生すると思われます」

 史郎は説明した。


「マナ津波? 初めて聞く言葉だが?」とエンリコが聞いた。


「非常に珍しい現象ですね。広範囲のマナ枯渇に対して、それを戻そうとするマナの回復量が大きくなりすぎて、余剰のマナが溢れることです。そのため、迷宮がそのマナを消費しようとして、魔獣が過剰発生します。そしてそれが、迷宮からあふれる可能性があります」

 と、史郎は言った。


「なんですと、じゃあ、魔獣のスタンピードについては……」とエンリコが言おうとして、詰まる。


「ええ、スタンピードもそうですが、状況的に、魔獣の問題は、本当のところ、この地ではそれほど切羽詰まった問題ではなかったようですね。しかし、勇者召喚をしたがために、迷宮のオーバーフローのほうが、深刻な問題になったようです」と、史郎は説明した。


 会議場にいた一同は、黙り込む。要は、自分たちの手で自らの首を絞めたようなものなのだ。


 誰も責任を取りたくないとか思っている雰囲気を察し、史郎が口を開いた。


「さて、起こったことは仕方がありません。対処するのみです。余計なことは考えないで、冷静に早急に対策を練りましょう」


 そう史郎は、はっきりと宣言した。


 皆は、その言葉にハッとして、そうだな、そうしようとお互いに言い合い、史郎に従うことに決めたのだった。


「まずは、周辺と迷宮の状況を再度確認してください。もし、やばそうであれば、近づかないようにして、封鎖をお願いします。どういう対策をとるかは、少し考えさせてください」

 と、史郎は会議を締めくくった。


 こうして、とにかく冒険者ギルドと騎士団で再度調査をすることに、史郎は対策を考えることになったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る