97.勇者召喚3

「あれ? ここどこだろ?」と琴音の意識が戻った。


 床に寝ていた琴音は、体を起こして、周りを見た。


 周りを見回すと、まず、床に何かの模様と文字が描かれており、それが淡く光っているのが見えた。


 すぐ左横には、美鈴が横たわっており、右横には真琴、その向こうには正明が寝ている。


「美鈴!」と琴音は美鈴の体を揺らした。

「うーん」と美鈴は呻き声を出し、しばらくすると、目を覚ました。

「琴音? あれ? 何してたんだったっけ?」と美鈴は混乱した様子だ。


 真琴と正明も、目を覚ます。

 真琴と正明は、ほぼ同時に目を覚まして起き上がる。真琴は横にいた正明と目を合わしたとたん、もう一度寝転がり、「知らない天じょ……」と言いかけて、「まじめにやれ」と正明に蹴りを入れらた。

 それに怒った真琴が、「うるさい、これを言わなくてどうする」と、同じく蹴りを入れかえそうとして、「ちょっと、あんた達、いきなり何じゃれてんのよ」と琴音に怒られるのであった。


 その様子を見ていた、室内にいたリーダー格の人物は、しばらく言葉を失ったのだが、気を取り直して、「ゆ、勇者様方!」と声をかけた。


 部屋自体はそれなりの大きさがある。学校の教室二部屋分くらいの大きさだ。その壁際に召喚した術者たちは並んでおり、召喚陣は部屋の真ん中にある。彼らは勇者達に近づいた。


「私たちの話している言葉が分かりますでしょうか?」

 その中の一人が話しかけてきた。

 

 重厚なローブを着ており、見えている肌は妙に白い。地球上では見られないくらい白い。

 そして、頭には小さな角があることに、正明が気づいた。



 話しかけられた琴音たちは、全員顔を見合わせる。


 そして、すぐに正明がうなずいて、俺が対応します、と小声で皆に言った。

 真琴は、あれは魔王? とか、ぶつぶつ言っていたが、正明の言葉にハッとして、琴音と美鈴に、「あいつに任せとけ、あいつは異世界に詳しいんだ」、と小声で言った。

 それを聞いて、琴音と美鈴はとりあえず任せることにした。


「はい、分かります。えーっと、ここはどこでしょうか?」と正明が代表で聞いた。


「おー、言葉が通じるか。ここは、魔術学園都市王国オックスドニアという国じゃ。その首都ケンブリアにある魔術学園大学の中だ。わしは、学園長のエンリコ・ラグランジュというものじゃ」とエンリコは言った。そして、


「今、この国では、凶悪な魔獣の脅威にさらされており、非常事態に陥っている。勇者様方にはその手助けをしていただきたい!」と説明し、頭を下げた。


 正明と真琴はそれを聞いて、顔を見合わす。そして、周りをキョロキョロ見回して、美少女の王女はどこだ? と、つぶやき、琴音と美鈴からジト目で見られるのであった。


「……」エンリコは、いまいち真剣なのかふざけているのか分からない彼らの行動に当惑する。


「えー、事情は、わかりました。ですが、僕たちも突然この世界に連れてこられて、手助けしてくれと言われても困ります。僕たちは、元の世界では学生でした。戦闘経験など皆無です。なので、一度私たちで相談させてください。それまでは回答は保留ということでいいでしょうか?」と正明はハキハキと答えた。

 高校生とは思えない対応に、琴音と美鈴は驚いた。


 真琴は、みろ、正明は異世界の使者なのだとかなんとか言って茶々を入れるので、正明は真琴をにらんだ。


「……ああ、そうだな。それでもかまわない。当面は、丁重にもてなさせていただきたい」とエンリコ。


「あ、それと、一つ質問があります」と正明。

「ん? なんだね」

「こちらの世界には、使徒、と呼ばれる人がいるんですか?」と正明が言うと、

「なんと! 使徒様の事をご存じか⁉ ああ、おられる。彼の事はどこで知ったのだ?」とエンリコは言った。

「召喚された際に、女神様に伝えられました。できれば会いたいのですが?」と正明が要求した。


「女神様に……? わかった。その件に関しては早急に手配しよう。使徒殿は現在別の国に滞在しておられる。この国に来てもらえるよう連絡しておく」とエンリコは言うのであった。


 正明は、その様子を見ながら、とりあえずは最悪のケースの召喚の類ではなさそうだなと安心するのであった。


 


「勇者様方、初めまして、わたくし、アイーダと言います。この世界ではステータスと呼ばれる魔法があり、ご自身のステータスやスキルを確認できます」とエンリコの横に控えていた女性が、琴音たちに声をかけた。


 やはり白い肌、角はない。美人の秘書という感じのお姉さんだ。


「おー、ステータスキター、美女キター」と小声でつぶやく真琴を、三人はにらんだ。「……すまん。ちょっと自重する。浮かれすぎた」と真琴は珍しく謝ったのだった。


 アイーダは、少し動揺するも、続ける。


「……えっと、この紙は、鑑定紙といって、魔力を通した本人のステータスが浮き出るようになっています。勇者様方のステータスを確認させていただきたいのです。詳しい内容は言わなくても結構です。通常はご自身のみが確認することになります。できれば職業だけ教えていただければと思っています」と説明した。


 琴音たちは、どうする? と、相談したが、真琴は「別にいいんじゃね? ステータスチェックは避けて取れないっしょ」と軽く言う。琴音と美鈴は、どうすればいいのかまったく分からないので、どっちでもいいと言った。正明は「この世界で生きていくんなら必須だし、情報は武器だな」というので、言われたようにすることにした。が、


「えーっと、魔力を通す、というのが分からないのですが? 僕たちがいた世界には魔法が無かったんですけど」と正明が説明する。


「え⁉ そうなんですか? それは困りましたね……」と言われたアイーダも困惑した。


 すると、真琴が、「ちょっとその紙、貸してみ」といい、紙を持ち何やらつぶやいた。


 その途端、鑑定紙が淡く光り何かが表示された。


「おー、できたぞ。普通に体の中から、何かわからんが力のような物を感じられるから、それを、腕を通して紙に流れるように意識するだけだな」と真琴がみんなに説明した。


「……さすが、異世界もの限定オタクだな」と正明がつぶやく。

「ふん、当然だ。これくらい常識だろ?」と真琴は胸を張る。

「……」琴音と美鈴は、微妙についていけていない。


 もっとも、彼女たちも今どきの日本の女子高生、異世界ものといっても、まったく訳が分からないわけではない。少しは聞いたことがある、というか、ざっと読んだことがあるので、だいたいの感じは分かった。


 琴音と美鈴、そして正明も鑑定紙を手に取り、試してみた。


 すると、全員問題なく鑑定紙にステータスが表示されたのであった。


「えー、俺、真琴が勇者であります! そして、正明は、賢者? 美鈴さんは、魔術師だな。琴音姉は……モデラー? なんだ、そりゃ?」


 と、真琴が高らかに読み上げた。



「おー、本当に勇者だぞ」とその場にいた誰かが驚いて声を上げた。


 それを聞いた正明は、

 ――本当に、だと? じゃあ、彼らは勇者召喚だと分かっていて召喚したわけじゃないのか? と、ふと疑問に思ったのであった。




 琴音たちは、当面、学園の特別寮で生活することになった。寮での待遇はきわめていいものであり、彼らが必要だと思った物は、なんでも整えてくれた。


 召喚された勇者達が若い学生なので、急遽担当教諭を付けることになった。現学長の娘で鑑定紙を渡してきたアイーダ・ラグランジュという女性だ。


 彼女は、魔導具・魔法陣が専門。通常K6と呼ばれる学年のSクラスの担任をしている。

 K6は、だいたい人族での標準年齢が16歳程度の生徒を対象とした授業を示している。


 琴音たちは、戸惑いながらも、いろいろと教えてもらい、寮での生活も慣れ始めたころ、特別講師として、使徒殿が来るからと連絡を受けるのであった。

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