89.スタンピード1

 突然、王都の結界が破壊されたとの一報が入った。


「なんだって⁉ なんでこんな時に? いったい誰が?」と史郎たちは驚いた。

「報告では、破壊活動のしゅぼう者の身元は不明となっているわ。現在調査中みたいね」とアリアが報告の紙を見ながら言った。

「破壊活動か? スタンピードに合わせて実行したというのか? いや、でも、タイミングを合わせるというのはあり得ないが……」

 史郎は思案した。が、思案を止めて、ふと気が付く。

「まずいな。魔獣の中には遠距離魔術を撃つ魔獣がいる。ワイバーンもいるし王都に被害が起こりかねない」と史郎は危惧した。


「史郎、私が障壁を展開しましょう。都市全体でなくとも、一部、まはた、必要に応じた場所に展開すれば、何とかなるかもしれません」とミトカ。

「そうなのか? ただ、ミトカが抜けると殲滅魔術の戦力が……」と史郎。

「大丈夫、私たちだけでも何とかなる」とシェスティアが、力強く史郎の目を見つめて言った。シェスティアの言葉は、こと戦場において、なぜか史郎に力を与えるのである。

「そうだな、何とかなるか……。ミトカ、頼めるか?」と史郎が聞いた。

「はい、大丈夫です」

 ミトカはそう言うと、ちょっと失礼しますといって、更衣室に入り、そして出てきた。

 本当は瞬間に変化できるのだが、人目があるので隠れて変化したのだ。


「史郎、どうですか?」

 ミトカはくるりと回ってみせ、史郎に向かってほほ笑んだ。


 ミトカは、珍しく髪をすべて下ろし、なぜか金髪に輝いている。

 全身ゆったりとした白いローブのような物を纏い、背中に立派な天使の羽が付いている。

「……なんか、ちょっと、一体誰?」と史郎はつっこんだ。

 史郎は、緊張感が抜ける気がして手を額に当てる。


「フフフ。天使モード、ってとこでしょうか? こういう状況では、史郎の存在と功績をしっかりアピールする必要がありますからね」とミトカ。


「……いや、別にそんな必要ないと思うんだけど……。というか、その衣装はいつの間に? 妙に準備良くない? なんか見覚えのあるコスチュームなような気が……」と史郎はミトカに言いつつ思案する。


「……いえ、そんなことはありません。これは史郎デザインの……」

「シロウ、服のデザインも得意?」とシェスティアは緊張感のない質問をした。

「……いや、少し……全然だめ」と史郎はごまかした。


 なお、この時点で、史郎のレベルも相当上がっており、最大魔力容量もかなりある。そして、ミトカも精霊王モードになれるので、史郎から離れての行動も問題はない。



     ◇



 史郎たちは作戦の最終確認をした。

 まず、第一撃として、魔導師団と冒険者の魔術師たちがいっせいに魔法を放つ。次に、史郎の殲滅魔術を放つ。

 この時点で弱った魔獣を、冒険者と騎士団で討つ、という簡単なものだ。

 ここで、史郎の新しく得た精霊魔術による大規模広域殲滅魔術が重要なポイントになる。

 主な魔獣の対応はアリア達がする。ジャイアント・マンモスは、シェスティアとアリアが担当。

 ワイバーンは、史郎、ソフィア、シェリナ、アルティア、アルバートが担当。

 ギガント・タートルは最後に史郎たち全員で戦う。

 そのほか、12組のランクAパーティーが、史郎達に加勢することになっている。


 以上が大まかな作戦だ。



     ◇



 戦闘が始まった。


 魔獣たちは、なぜか、ほぼまとまった群れで平原に突入してきた。そのまま進撃すると王都に直撃というコースだ。


 草原にある古い砦に魔導師団と冒険者の魔術師たちが集まって、魔獣たちを待ち構えていた。


「魔獣が平原に入ったぞ。魔法いっせい発動用意! 発動!」

 と、騎士団のリーダーが叫んだ。


 魔術師たちは、魔獣に向けて、いっせいに各種の攻撃魔法を放った。

 魔獣たちの間で、ある場所では炎が爆発し、ある場所では竜巻が巻き上がり、またある場所では、石の雨が降る。

 魔術師たちは、属性ごとに決められた場所に向かって、各自が持つ最大の攻撃魔術を放ったのだ。


「もう一度、斉射!」

 さらに、数回の大規模魔術攻撃を続けた。


 ざっと3000体はいると思われる魔獣は大混乱に陥った。

 魔術師たちは、計5回の魔法斉射を行った。この時点で、ほとんどの魔術師の魔力は3割を切る。

 なので、ここで攻撃はいったん終える。

 万一の場合に備え、最低3割は魔力を残すのが標準的な魔術師の攻撃ルールだ。

「よし、攻撃止め! 2割方は倒したかな?」と騎士団のリーダーは見積もった。


「後は、使徒殿に任せることになるが……」と皆は少し不安な様子だ。まだ8割以上残っているからだ。


 史郎が上空から殲滅魔術を撃ち込む。


 砦の冒険者たちや騎士団の騎士たちは、史郎が殲滅魔術を撃つとは聞いていたが、どこからどのように、とは聞いていなかった。

 なので、突然上空に魔法陣が輝き、数百発の光の矢が降り注いだのを見ると、全員が唖然と戦場を見つめた。


 史郎単体なので、約400発同時発動だ。

 厄介な魔獣である、ジャイアント・ボア・メイジ、マッドボア、ジャイアント・ヘッジホッグを中心に狙い、【ホーミング・ライトニング・ニードル】と【ホーミング・ライトニング・スタン】の組み合わせを、合計6回発動した。


 それは、まるで光の雨の様だった。


 これで、ほぼすべての小さい魔獣が討伐、もしくは串刺しで動きをおさえて痺れさせたのだ。


「よし、個別討伐開始!」とギルドマスターが叫んだ。


 魔獣を行動不能状態にした後は、騎士団と冒険者たちが個別に討伐していくのであった。


 冒険者たちは、強制依頼で集められた、中堅以上であるランクC以上で、約1600人。討伐した魔獣の素材がもらえることと褒章が出ることから、張り切って戦闘に向かう。すでに弱っている魔獣の相手なので、数は多いものの危うげなく何とか対応できたのであった。



     ◇



 一方、シェスティアとアリアは、ジャイアント・マンモス3体を目の前に、彼女たちが新しく考え出した魔術を発動する。

「精霊に願う、荒吹く風に成りて、我に応えよ……【ウィンド・トルネード】!」とアリアが詠唱し、同時に、

「精霊に願う、【マルチ・ファイア・ブレット】!」とシェスティアが詠唱した。


 シェスティアの大規模風魔術のトルネードと、アリアのマルチ・ファイア・ブレットを組み合わせ、竜巻のように、炎の弾丸が渦巻くという合成魔術、「ファイア・ブレット・トルネード」だ。


 その魔術に巻き込まれた3体は、体中の至る所を、加速したファイア・ブレットに撃ち抜かれ、あっという間に倒れたのであった。



「おい、あの魔術、すごいぞ」と砦の魔術師たちは騒いだ。

「「漆黒の火炎龍弾」だな、と誰かが言う」


 この戦いの後、それがアリア達の新たなパーティーの二つ名になり、それをアリア達が知るのはまた後の話である。

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