86.周辺調査

 謁見があった次の日の早朝、まだ、日が昇っていない真っ暗闇の中、史郎とミトカは王都上空を飛んでいた。


 シェスティアは、史郎が、お姫様抱っこしている。どうしても行きたいと言うからだ。


 史郎は暗視があるので暗くても問題はない。明るい間だと万が一地上から目撃されるとと困るため、夜間の行動にしたのだ。

 史郎とミトカだけだと隠密や透明化が使えたのだが、シェスティアを連れて行くとなるとそうはいかない。なので暗いうちに行くことになったのだ。


 ワイバーンとの戦いで神術が使えるようになって、史郎はついに重力遮断と慣性制御を組み合わせて飛行魔術が使えるようになっていた。


 ワイバーンと戦っている最中は、無我夢中で飛んでいたので何とも思わなかった史郎。だが、いざ正常な精神で、しかも高高度を飛行しようとすると、思いのほか怖いことに気づいた。


 史郎は、初めてVR内で地球上を飛び回ったことを思い出す。


 あの時も、あの程度のリアリティで胃がきゅっとなるほど体がすくんだのだ。この現実世界、この現実度でいざ飛ぼうとするとそんな程度では済まない。


 360度の視界、肌で感じる風……はバリアでカット、ひしひしと感じる地球からの重力……はある程度遮断して今はそれほどでもないが、視覚情報だけでも、頭から血が引く感じがする、と史郎は思って深呼吸をするが、


「ミトカ……。これはダメだ。怖い……」と史郎は泣き言をミトカに行った。


「シロウなら大丈夫。わたしが付いてる」とシェスティアは抱っこされながらいうが、説得力が少しない。もっとも、抱っこしているシェスティアの体の温かさがある分、実は史郎は内心少し安心できていたのだが。


「史郎。しっかりしてください。どうしてもというのなら、精神操作で、恐怖心をおさえるということも可能ですが」とミトカは言う。


「ああ、その方がいいかもな。一般人の地球人である俺には、いきなりこれはきついぞ」と史郎は言った。


 ――『【高所恐怖耐性】レベル1 を取得しました』

 ――『【飛行感覚強化】レベル1 を取得しました』


「あぁ、すごい。少しマシになったぞ。怖さがなくなった。しかも、上下の感覚が何だか良くなったようだ」と史郎は少し緊張感が和らいだ。




「史郎、あとは、第三の目の第三者視点を常にオンにしてください。飛びやすくなります」と、ミトカがアドバイスし、史郎は、それによってゲーム感覚で飛べることが分かり、さらに落ち着いたのであった。



 史郎にお姫様抱っこされているシェスティアは、上機嫌だが、表情には少し陰りがあるのを史郎は気づいていた。


 シェスティアは、ワイバーンの戦い以降、史郎のそばを片時も離れない。史郎もシェスティアの思いを知っているから無下にはしない。


 多感な年ごろに、両親を封印で取り上げられ、女神の加護のせいで、これまでひそかに一人で戦ってきた。今、史郎と出会って、史郎が拠り所みたいになったのだ。史郎は、それくらいの役割はいいかと、軽い気持ちだ。


 ミトカはそんな二人の様子をほほ笑ましく見ていることが多い。


 もっとも、彼女が史郎に懐いて、よくくっついてきて、常にいっしょにいようとすることが、単なる好意だけでなく、常に史郎とミトカといっしょにいることで話を聞き、実際に体験し、彼らから魔術などの理論と実践をいち早く吸収しようとしているのだという事を、史郎とミトカは感じていた。


 彼女は理解力と吸収力が恐ろしく高い。それが彼女のコア数の高さにつながるのだが、それを史郎とミトカは理解していた。なので、彼女の好きなようにさせていたのだ。もちろん好意も十分以上あるのは明らかだが、それは今は考えないことにする史郎とミトカであった。


 シェスティアの魂リンクは、あれ以来発動できていない。おそらく、ワイバーンの時は極度の緊張と集中で神術が発動できたのだと思われる。なので、ここ最近シェスティアは神術の発動の訓練を毎日欠かさず行っている。




 史郎達が上空へ来たのは、瘴気の異常を広域で確認したいからだ。


 上空で魔力障壁を展開し、三人はその上に立った。史郎はディスプレイを表示して、史郎の見えている物がシェスティアにも分かるようにした。


 史郎は、瘴気視で景色を見た。濃度の濃い地帯が帯状に延びているのが分かる。


 北から南に向かって王都へ伸び、王都東を抜けて、南東に延びている。

 北からの帯は、二本あるようにも見える。

 同時に、王都から、西方面へも帯状に拡散している。


「この、北から南東に延びる帯は、妙にきれいだな。まるで何かが通ったような……? いや、この感じの模様は、どこかで見たことがあるような……なんだか、何かに引き付けられているような……磁石に引き付けられる砂鉄か?」


 ちなみに、視覚系のスキルは、探知系のスキルと違い、魔力を伸ばすわけではない。コンピューターグラフィックスと同じで、レンダリング時のオプションになる。つまり簡単に言うと、どのような波長の光をもって最終的な画像を生成するかというオプションだ。


 この世界での視覚用レンダリングは、電磁波でいうと、下は低周波、上はそれこそガンマ線までカバーする。さらに、フォトン分散、魔術におけるオド、各種素粒子など、おおよそ物理で計算されるあらゆる単位で視覚化できるのだ。物理学者が聞いたら泣いて喜びそうな内容だ。


 それを知った時、史郎は、さすがに現実の世界であり神の凄さだと思った。


 史郎のシステムでは、いくら、理論上で理想的設計はしたとしても、地球のテクノロジーの限界がある。地球のコンピューターでのVRシステムではRGBの呪縛からは逃れられないのだ。たとえ、各色の精度のビット数が上がってもだ。すべてのハードウェアと一から設計し直して作り直すというようなことは、たとえ史郎でも不可能だ。



 史郎は、上空から王都周辺、および、王都近くの問題の森と迷宮あたりを調査した。

 そして、状況はかなり悪いことに気づいた。すでに、魔獣が溢れてきている。

 何体かの魔獣も鑑定し、狂暴化している個体も存在することを確認した。例のキノコの増殖も上空から視認できるくらいだ。


 史郎は、急いで調査を終了し、報告のために王都に戻っていくことにした。

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