79.邂逅-ミラーディア
冒険者の街ソトハイムから見て南部方面の街道は、森の中を抜けるようになっている。もちろん整備はされているのだが、それでも地理的な理由で部分的に魔獣に襲われやすい場所がある。
◇
史郎は、報酬で得たお金で馬車を買い、史郎たちはそれに乗って南部方面の街道を進む。
馬車自体は、簡単な幌馬車だ。荷台部分に対面の椅子があり、10人は乗れるかという大きさだ。椅子に座布団をひいて、みんなで話をしながら乗っている。
ちなみに御者はミトカだ。彼女は史郎経由で話を聞けるのだ。ちなみに御者の仕方はアリア達から習った。
史郎は「ファンタジーと言えば、馬車だ。知識チートで馬車を改良すれば!」などと思っていたのだが、思ったより乗り心地のいい馬車だった。板バネは既に実現されていたので、それほど直接的な振動はひどくはない。まあ揺れはあるのだが。
「意外と文明レベルが高くない?」と史郎は思った。しかし、「ゴムのタイヤとショックアブソーバーはまだだ!」とテンションが少し高くなり、あれこれ考えてにこにこしていると、
「シロウ、なにが楽しい?」とシェスティアが聞いてきた。
「え⁉ あぁ、いや、馬車の改良を想像してたら、楽しくて……」と答える。
「改良? 面白そう。史郎はなんでもできる」とシェスティアは同じくにこにこし始めた。
「ふふ。史郎って、何か作ることを考えているときは、意外と子供っぽいわよね」とアリアがほほ笑みながら言った。
史郎たちが向かうのは、ソトハイム南方の、街道近くにある川沿いの森。
今までは魔の大樹海に面する北側ばかり行っていたのだが、たまには南も見てみたい、と史郎がいいだし、南部の森の方で採取の常時依頼をすることにした。
史郎とシェスティアは、採取の常時依頼ではすっかりピクニック気分だ。アリアとアルバートはあきれながらも、たまには
道中は丘陵になっていて、ところどころ林や森、そして岩山や小高い丘がある。
途中、街道の一部は川沿いに沿って南に延び、比較的穏やかな道になっている。
史郎は常時起動している探索に反応があることに気が付いた。
「前方約1000メテル、この先の街道でマッド・ボアの集団50体に襲われている馬車がある!」
史郎は叫んだ。
皆は、素早く馬車を降りた。史郎はすぐに馬車をインベントリに入れ、馬を近くの木に結び付けて餌と水を置く。
全員で戦闘の起こっている場所まで走っていった。
史郎たちは現場に近づいた。馬車が2台見える。一台は立派な馬車だ。白く塗装され、質素だが質の高い装飾が控えめにつけられている。もう一台は質素なもので、護衛用か荷物用の外見だ。
二十数人の護衛騎士が馬車を囲んで、魔獣と戦闘している。
マッド・ボアは土魔法と水魔法で泥の魔術を使う。そして、狂ったように動き回るので、そう呼ばれている。口から飛び出した鋭い牙が危険だ。突進してきて、その牙で突き刺す攻撃をしてくるからだ。
馬車の周りにいるマッド・ボアは、通常より大きく勢いがあり、2体同時に突っ込んでくると防ぐのが難しい。騎士たちはなんとか凌いでいるが、かなり不利な状況が見て取れた。吹っ飛ばされたであろう怪我をした騎士も10人ほどいる。
アリアは、馬車の紋章から見て王家の馬車、おそらく知り合いだろうと推測した。なので、彼女らが騎士たちを助けつつ、馬車の安全を確保することにした。
アリア、アルバート、シェスティアが地上から近づき、騎士たちに声をかける。
そして、アルバートが馬車に近い数体を一刀両断した。
その間に、史郎が個別障壁で危なそうな人達を防御。そして、ミトカがみんなに魔獣から離れるように叫んで声をかけた。
史郎とミトカが上空に昇る。
二人を見た騎士たちは、唖然と見上げた。
その瞬間、史郎とミトカのホーミング・ライトニング・ニードルによる攻撃で、あっという間に魔獣を殲滅した。
騎士たちは、そのあまりの予想外の魔術に、空を見上げたまま茫然とした。
戦闘終了後、史郎とシェスティアで手分けしてけが人を治療する。かなりの怪我だったはずの数人が、史郎とシェスティアの魔術であっという間に治ったことに、皆は驚くのであった。
アリアたちは馬車に近づいた。
「やあ、ナディア、アレクセイ、アラン、無事で何より」
「おぅ、アリアにアルバート、それにシェスティアの嬢ちゃんか? 助かったよ」
いちばん年寄りの男の騎士であるアランがアリアに返事した。
「アリア姉様!」と叫びながら、馬車から美少女が出てきた。
「ああ、やっぱりミラなのね。大丈夫?」とアリアが応えた。
「はい! 助けてくれてありがとうございます!」とミラがアリアに礼を言った。
「ミラ、ひさしぶり」とシェスティアが呼びかけた。
「あ! シェスティアもいたんだね」とミラが笑顔になる。
史郎とミトカは後ろの方で皆の様子を見ていた。
すると、ミラーディアが、史郎のほうを見て何かに気づき、ハッとした様子で驚いた顔をして、近づいた。
「もしかして、使徒様でしょうか?」とミラーディアが尋ねた。
史郎はいきなり上品で高貴な貴族風の美少女に声をかけられて狼狽し、
「えっ? あ、はい、一応そういうことになります。シロウ・カミカワと言います」とお辞儀をして少しどもりながら返事した。
すると、ミラーディアは、
「使徒様。お会いできて光栄です。わたくしは、ヘインズワース王国第三王女、ミラーディア・ヘインズワースと申します」と、お祈りをするような恰好で両ひざをつき、返事をした。
その様子を見ていた周りの護衛たちは驚き、息をのむ。一国の王族の姫が、誰ともわからない男に膝をついて返事をしたのだ。
「姫様! いったい何を!」とそばにいた側付きの女性騎士が叫ぶ。
「皆! この方は、使徒様です」とミラーディアが静かに凛とした声で言った。
「え!」と皆は驚く。
すると、ミラーディアについてきていた騎士たち全員が、跪いて頭を下げた。
「え⁉」と今度は史郎が驚いた。
「ちょっと、皆さん頭を上げてください!」と史郎は叫ぶ。
「いえ、シロウ様。私たちを助けていただいてありがとうございます。シロウ様たちが来なかったらどうなっていたことか。そして、今回私たちは、賢者ソフィア様と使徒でおられるシロウ様に、王都での異変解決への応援のお願いをしに来ました。シロウ様は、フィルミア様の使徒。跪くのは当たり前です」
ミラーディアがはっきりとした声で言った。さすがに王族の姫様で、少女といえども態度も声も威厳がある。
史郎は、なんといっていいのかわからず、困った顔でアリアとアルバートのほうを見た。
二人は、笑顔を浮かべて様子を見ていたが、史郎の困った様子に、アリアが「まあ、仕方ないか」という表情をしてうなずいた。そして、
「ミラーディア様、シロウが困っています。シロウはそういう風な堅苦しい扱いを好む方ではありません。もう少しフランクに接したほうがシロウ殿は喜ばれます」
と、いつもとはまったく違う貴族風の口調でアリアがミラーディアに話しかけた。
それを聞いたミラーディアは、ハッとしてシロウをみた。
激しくうなずいている史郎に、くすりと笑い、見とれるようなほほ笑みを浮かべて史郎のほうを向いて言った。
「わかりました。あまり畏まるのはやめにしましょう。シロウ様、どうぞよろしくお願いいたします」とミラーディアは立ち上がり、シロウに握手を求めた。
「あぁ、もちろん」と史郎は答え、握手に応じるのであった。
その後、アリアパーティーは、アマンデール辺境伯領主館まで彼らを護衛することになり、シェスティアとアリアはミラーディアの馬車へ乗り込んだ。
史郎とミトカとアルバートは、置いてきた馬があるところまで戻り、馬車で街へ戻るのであった。
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