第四章 王都ヘインズバーグ/スタンピード編
78.王都異変
ここは、王都から北東へ歩いて2時間ほどの距離にある森の中。ある冒険者パーティーが依頼のために訪れていた。
「おい、あれを見てみろ!」とアンディが、そばにいたクリスに向かって叫ぶ。
「ん? なんだ」とクリスはアンディが指さした方を見てみる。
「……なんじゃ、ありゃ? キノコか? 妙にでかいな。しかも、あんなにびっしり群生して……あぁ、気持ち悪いな」と顔をしかめてキノコを眺めた。
森の一角のある場所。小川が流れ石崖が多いあたりの壁際に、キノコがびっしりと生えているのが見える。それも数百メートルはあるかという範囲だ。
「ねえ、ちょっと止まって」とアンナが二人に声をかける。
「なんか空気がおかしくない……?」
「いかん! 戻るぞ、走れ!」とそのパーティーのリーダーであるジェイが叫んだ。
瘴気は通常の人間には非常に危険だ。備え無しでは、触れるだけで魔力枯渇に陥り、動けなくなり死に至る。
彼らは、魔術師であるアンナが瘴気に敏感だったことと、経験豊富なリーダーのジェイの迅速な判断力で生き延びたのだ。
その日、キノコを見つけた冒険者は、何とか王都まで戻ってくることができて、ギルドに報告した。
王都の北東の森、その奥にある「ハンボルトの谷」で、キノコの異常発生がみつかった。瘴気レベルも通常よりかなり高いので近づかないようにと、掲示板に警告が載せられた。
冒険者が去ったその谷には今は誰もいない。本来なら静かな森だ。
その日の夕刻、その地に霧雨が降った。その場所は雨は多くないが、地形のせいか水分が多く、霧や霧雨がよく降るのだ。例の屋台の親父が言っていたように、このキノコは水にぬれると胞子を飛ばす。
キノコは霧雨に打たれた後、胞子を拡散しだした。
だが、この時はいつもと違った。
胞子拡散と同時にキノコから瘴気が発生しだしたのだ。
キノコの群生の規模が大きいため、発生する瘴気の量も尋常じゃなく、もうすぐ魔獣のポップが起こってもおかしくない濃度にまで達した。
胞子の拡散も通常より大きく、大量の胞子は、近くにある迷宮の入り口まですぐのところまで迫っており、迷宮内に侵入するのは時間の問題だった。
◇
同時期、管理室で警告を受け取ったフィルミアは、巫女姫へ神託のメッセージを送った。
王都付近で瘴気の異常増加、それに伴うスタンピードの可能性という、簡潔なものだ。
◇
王都の神殿では、第三王女のミラーディアが神殿で祈りをささげていた。彼女は巫女の職業を持ち、巫女姫と呼ばれている。
ミラーディアは、神託を受け取ると、すぐに王宮に向かい、彼女の父親である現国王に報告に急いだのであった。
◇
「今回の神託に関して、協議を進める」
ヘインズワース王国、国王のフェリックスが話を切り出した。
会議の場には、第一王子のロバート、宰相のパトリックや、各閣僚、騎士団団長のクラーク、魔術師団団長のレズリー、神殿から神殿長エリック、巫女姫のミラーディア、王都冒険者ギルドのギルドマスターのルイス、魔術師ギルドのギルドマスターのジェフリー、が参加している。
「まずは、ミラーディアが神託を
「はい、王都付近で瘴気の異常増加、それに伴うスタンピードの可能性という簡単なものです。ですが、女神様のメッセージに込められた緊急性の感じから、非常に危険度の高いものと思われます」とミラーディア。
「冒険者ギルドでは何かつかんでいるか?」とフェリックスが聞いた。
「はっ! 冒険者ギルドでは、今のところ、北東方面にあるハンボルトの谷での瘴気の異常発生、それと、キノコの異常な大量群生が報告されています。このキノコは、例のアマンデール辺境伯から連絡のあった、使徒殿のいう問題のキノコかと思われます」とルイスが報告した。
「ふむ。ハンボルトの谷というと……」とフェリックスがつぶやくと、
「そのすぐそばに迷宮がありますね」と宰相のパトリックが言った。
「もしかして、その瘴気の問題がダンジョンに飛び火し、ダンジョンから魔獣が溢れだすという可能性は?」とフェリックスが聞く。
「ありますね」と魔術師ギルドのルイスが答えた。
そして、続ける。
「ダンジョンは瘴気をもとに魔獣を発生されていると考えられています。もしダンジョン内でも同じように瘴気の大発生が起これば、おそらくスタンピードもありうるかと」
続けて騎士団長のクラークが報告する。
「陛下。騎士団からも報告が上がっています。これは、以前の定例会議でも報告済みですが、このところ遭遇する魔獣の数が増えており、しかも狂暴化している様子だと。次第に騎士団でも苦戦するようになっているのが実情なのです。おそらくそれも関連しているのではないでしょうか」
すると、冒険者ギルドマスターのルイスが、
「ああ、そうですね。魔獣の狂暴化は冒険者ギルドでも報告が増えています。今のところは何とかなっています。しかしながら、徐々に被害も増えており、深刻な問題になりつつあります」
と、同意した。
「陛下、よろしいでしょうか?」と珍しく神殿長のエリックが発言を求めた。
「なんだ? 珍しいな、そなたが発言を求めるとは」とフェリックス。
「はい。率直な意見としましては、例の使徒殿、シロウ殿と言いましたか? 彼の方に助けを求めるべきかと。それに、アマンデール辺境伯のもとには、あの賢者ソフィア殿もおられます。今回は、素直に彼女と使徒殿の力を借りた方がいいのではと思います」とエリックが言った。
「ふむ。一同、どう思う?」
「そうですね。そのとおりだと思います」と宰相。
「戦力は多いに越したことはない」と騎士団長。
「ソフィア殿にも久しぶりに会いたいしな」と魔術師団長。
「この国の王として、使徒殿に会って話をするのも重要かと」とミラ。
「よし、わかった。そのとおりだな。わしも同意する。では、今回のスタンピード対策として、賢者ソフィア殿と使徒であるシロウ殿への協力要請をすることにしよう。準備を急ぐように!」
と、フェリックスは会議を締めくくったのであった。
「お父様」とミラは、フェリックスを呼び止める。
「ん? なんだ、ミラ?」とフェリックスが不思議そうに振り返ってミラを見た。
「わたくしを、ソフィア様と使徒様の協力要請の使者として遣わしてください」とミラ。
「お前がか? なぜだ?」とフェリックスが聞いた。
「はい。巫女として、使徒殿に一刻も早くお会いしたいと。実はフィルミア様から、使徒を頼れと言われました」
「……なるほど。フィルミア様が……」
「はい。それに、事の重要性を鑑み、第三王女である私が直接使者としていく方が、王家の強い思いと意志と緊急性が伝わるかと」とミラが答えた。
「……それもそうだな。それに、お前は昔ソフィアにかわいがってもらっていたし、その孫だったか、仲も良かったからな……。わかった、好きにするがよい。しっかりと助力の要請を頼む」
と、フェリックスは、ミラの顔を見てうなずく。
「はい! ありがとうございます!」
ミラは笑顔で答え、強い意志のこもった目でフェリックスを見つめ返すのであった。
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