77.幕間3

 時は、今より少し遡る。


「イベリア、この場所はすごいぞ、さらにマナが濃い!」

 と、アドラが言い、龍脈からマナを吸い上げる。

「アドラ、あまり吸いすぎないように気をつけて。はしゃぎすぎないの! マナの勢いが強すぎるよここは……」

 イベリアはアドラをたしなめた。



 龍達が到達したのは、この世界の住民たちから「精霊王の丘」と呼ばれている場所だ。すべての龍脈が集まる中心地点である。


 場所自体は台地になっており、険しい崖と濃いマナときれいな空気に満ち溢れている。しかし、精霊王の聖域と呼ばれるある種の結界のため、魔獣も野獣もおらず、森はあるものの草原が広がり花々が咲き誇る美しい土地だ。なお、龍にはその結界は効かない。


 西側の崖下には湖が広がる。


 アドラとイベリアは、精霊王の丘にしばらく滞在することにした。



     ◇



 数年がたった。


 アドラとイベリアは、いつのころからか体調と精神が不調になった。何かがおかしい。体の動きが鈍くなった。なんだかイライラするし、破壊衝動まである。彼らは、そう感じた。


 ただ、龍としてのプライドと、もともとの強さもあって、何とか狂暴化せずに自制を保つことができていた。


 しかし、まだ若い龍であるアドラとイベリアには、何が原因でそうなっているのかがわからない。相談する相手もおらず、日々が過ぎていくのであった。



     ◇



 ある時、崖下湖のほとりに集落があることに気づく。


 集落は各地から集まった貧しい人たちや、怪我を負った冒険者が逃れてきてできたものだ。ほかの街ではうまくいかず、この田舎の場所で助け合って細々と暮らしている。


 彼らは、うまくいかないことを、世界、つまり、国々のせいだと信じて、それらの国にいられなくなったため、ここに逃れてきたのだ。


 彼らは広い受け皿を持つ神殿でさえ、信じられない。いや、信じられなくなっていた。


 きっかけは、ほんの些細なことであったろう。それでも、うまくいかない時はうまくいかないものなのだ。


 この地は「はぐれの集落」と呼ばれていて、うまくいかなくなった者たちが助け合う最終の地として、一部で有名になっている。


 ほかでうまくいかなくて初めて、最終的にこの地では助け合って生きていくという、皮肉な場所なのだ。




 集落を見つけたアドラとイベリアは、暇つぶしができたと、そこに住む人々に近づいた。


 その集落には、いろいろな種族の者が住んでいた。


 アドラとイベリアは、怪我人や病気の人たちを治療した。最初は集落のはずれで怪我をして動けなくなっている狩人を治療した。狩人は突然現れた龍にもう駄目だと思ったが、突然龍が治癒魔術を発動し、怪我が治ると顔を見つめた。言葉は伝わらない。狩人にはその表情は計り知れなかったが、襲ってくるというようなことはない、ということは分かった。


 その後、その狩人はたびたびその場所に食べ物を持ってきてお供えとして置いておくのであった。



 しばらくして集落で、女性が大けがをした。この集落では、大けがはつまり死を意味する。


 狩人は、急いでいつものお供え物をしている場所へ行った。幸いその時に龍がいたので、見ぶり手ぶりで龍に来ていもらえるように頼み、集落まで連れてくることに成功した。


 そして、女性は無事に治癒を終え、一命をとりとめたのであった。



 その時以来、最初は驚いた住人達も、特に襲ってくるわけでもなく、ましてや治療までしてくれるこの二体の龍を、自分たちのことを守ってくれる神だと信じることにした。


 住人たちは、村でとれる食べ物や狩りでとった肉などを、お供え物として龍達に提供した。龍達は、量は少ないが、自分たちでは取れない食べ物として、いたく気にいったのだった。



     ◇



「我が先祖の奉るサティアスの神よ、アドラとイベリアに力をお貸しください」


 アドラとイベリアは、ますます体調が悪くなってきており、毎日、力なく、神にお祈りをした。


 ある時、その様子を、龍達にお供え物を持ってきた、最近集落に流れ着いた青年が聞いた。彼は竜人族であり、たまたまその場に居合わせ、龍達の言葉が分かったのであった。


 その後、村の人たちは、龍達とともに、サティアス神をも祭るようになった。



 その竜人族の青年は、その後、龍達との通訳になった。


 また、ある時、アドラとイベリアがヘインズワース王国の王都に行くと話していることを聞き、自分たちもついて行くことをひそかに決意した。


 さらに、王都に結界があることを知っている元冒険者達が、自分たちの守り神である龍達が王都に問題なく入れるように結界を壊すことを画策し、決意するのであった。




 時がたつにつれ、アドラの体調がますます悪くなった。精神が朦朧とし、イライラが治まらない。イベリアはアドラの事が心配だが、どうしようもない。


 アドラはついに精神異常で怒りだし、イベリアと些細なことで喧嘩して、飛び出して南方面へ飛んでいった。イベリアも冷静ではいられず、そのまま見送ってしまった。


 イベリアはアドラより症状は軽かったため、かろうじて正気を保つことができたが、ある日、西の方に大きな力を感じ、助けを求めにその方向へ向かうことを決意し、イベリアもまた精霊の丘を離れるのであった。



 龍達がいなくなった後、龍達が王都へ向かったと思った集落の人たちは、自分たちの決意を胸に、自分たちも王都へ向かったのであった。



     ◇



 ここは、フィルディアーナの白い管理室。フィルミアは、いつものように世界の定期チェックをしていた。


 ピー、という音とともに、画面の一部に赤い警告メッセージが表示される。


「え、何⁉」


 と、フィルミアは画面を確認する。



 ― 瘴気異常と魔獣の増加を検出しました。

 ― 規定値以上の数の魔獣を検出しました。場所はヘインズバーグ近くの森。



「なんてこと! どうして突然?」とフィルミアは狼狽えた。フィルミアは、例の崩壊の映像が頭をよぎる。


 とりあえず、王都の巫女に神託をしないと! とフィルミアは急いで準備するのであった。

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