76.アマンデール辺境伯

「シロウ、ミトカさん、今日はちょっと私の実家まで来てほしいの」

 朝食後、アリアが史郎達に言った。

「アリアさんの実家? 別に今日は特に予定はないからいいけど」と史郎は返した。

「はい」とミトカ。


「えっと、みんなもいっしょにお願いね」とアリアは全員に言った。




 シェリナとアルティアは、復帰後特に体調も問題なく元気だ。

 突然5年が過ぎたので戸惑うこともあるが、街自体にはそれほど大きい変化があるわけではなく、正常な生活に戻りつつある。


 いちばん大きな変化は、シェスティアやアルバートの成長だろう。突然大きくなった彼らに戸惑いつつも、失われた時間を取り戻すため、できるだけ家族でいっしょに時間を過ごしている。


 今日は封印解除を成功させてから5日後だ。




「えーっと、これって城に向かってるのか?」と歩きながら史郎が聞いた。前方には要塞のような城が見えている。

「そうよ」とアリアが答えた。


 この地域の領主の館は、砦のような頑丈な城で、いざという時に領民が避難できるようになっている。


 アマンデール辺境伯は、冒険者の街ソトハイムを領都としている。領土は王国と魔の大樹海の境界線上に位置し、王国側の防波堤の役割となる要所を治めている。それだけに、代々戦闘能力に長けた者が領主を引き継いでいる貴族だ。


 その今代の領主のジェームズ・アマンデールも、その武勇で有名だ。


 城門に来ると、門兵はアリアを見るなり、

「アリア様、おはようございます! お待ちしておりました!」と門兵が敬礼した。


「……もしかして、アリアって……」と史郎は狼狽える。

 アリアはほほ笑みを浮かべるだけだ。


 すると、城の方から、老齢の紳士がやってきて、皆にあいさつする。


「ああ、皆様ようこそお出で下さりました。領主がお待ちです」

 そう言うと、城の奥へ全員を案内した。その紳士は、ソフィアとアルティアの方を見ると、すっと目を細め笑顔を浮かべた。


 史郎はそれに気づき、彼らは知り合いなのだろうなと思った。



 城の中の、応接室のような場所に史郎達は連れてこられた。

 部屋には立派な家具が置かれている。史郎は、昔写真集でみた中世ドイツの城の部屋がそのままそこにあるような様子に、きょろきょろ見てしまい、横からミトカに注意されてしまった。

『史郎、子供じゃないんですから、きょろきょろしないでください……』

(ああ、すまん。つい……)


 部屋の中にはすでに人がいた。


「ああ、アリア、御苦労様。ソフィア師匠、お元気そうで何よりです」といちばん体格のいい威厳のある男が、ソフィアにあいさつした。そして、


「おー、シェリナとアルティアも、無事戻ったか」と二人に近づき、うれしそうに笑顔で握手した。シェリナもアルティアもうれしそうだ。


「シェスティア嬢ちゃんも大きくなったな? アルバートも元気そうだな」と笑いかける。


 そして、史郎とミトカを見て、言った。

「お二人方、わざわざ朝から御足労いただいて申し訳ない。この地を治めている領主のジェームズ・アマンデール辺境伯と申す」

 とジェームズは史郎とミトカにあいさつした。


「お初にお目にかかります。シロウ・カミカワと言います」

「ミトカです」

 と、二人はあいさつした。


「で、アリアさんは……」と史郎がアリアを見て聞いた。

 アリアは笑顔を浮かべ、

「そう、御察しのとおりよ。私の正式な名前は、アリア・アマンデール。アマンデール家長女よ」と答えた。


「あー、そして、紹介しよう、こちらの男は、我が長男のスティーブン、騎士団副団長を務めている。そちらの爺さんが執事のフレディックだ」と部屋にいたもう一人の男と、史郎達を案内した紳士を紹介した。


「よろしくお願いいたします」とフレディックが恭しくお辞儀をした。

「はじめまして、スティーブンです。お噂は、かねがね」とジェームズは笑顔で握手してきた。立派な好青年という感じだ。どことなく、アリアに似ている。


「アリアさん、黙ってるなんてひどいですよ」と史郎がアリアに言う。

「ふふふ。シロウには驚かされてばかりだもの、たまには私が驚かせてちょうだい」とアリアはほほ笑んだ。


「今日皆に来てもらったのはほかでもない、シロウ殿とミトカ殿、そして、あなた方にも、私から感謝するためだ」とジェームズは周りを見て話を始めた。



「まずは、ジャイアント・ボア討伐を感謝しよう。漆黒の氷風パーティーの活躍だと聞いている。素材も大量に卸してもらったらしいな。感謝する。しかも、アリア達もシロウ殿のおかげで強くなったとアリアから聞いた、その点は、シロウ殿、父親として礼を言う」

 ジェームズは笑顔を浮かべた。


「そして、ワイバーン討伐だ。君たちがいなかったらこの街がどうなっていたかわからない。領主として、この街の住人代表として礼を言おう」

 ジェームズは頭を下げた。


「さらに、シェリナとアルティアの封印解除と治療の件、シロウ殿、ミトカ殿、良くやってくれた。これは感謝しきれないくらいだ。わしは、昔ソフィアの弟子だったのだが、彼らが小さいころから知っているのだ。彼らはわしにとっても自分の息子と娘のようなものなのだよ。それに彼らは5年前にこの街を救った英雄でもある。その彼らを無事に連れ戻し回復してもらったことは何物にも代えがたいものだ」

 ジェームズは少し目を潤ませ、だが、しっかりと史郎の目を見てうなずいた。


 史郎は、その目を見返し、笑顔を浮かべ、同じくうなずくのであった。




「ところで、ジェームズ、大事な話がある」とソフィアが切り出す。

「師匠、なんです?」とジェームズ。


「その、シロウだがな、彼は実は女神フィルミア様の使徒だ」とソフィアが言った。


「なんと⁉」とジェームズは驚いた。


「これは、私と、神殿長のエドワードでも確認した。いや、確認したというか、神殿で女神様が顕現されたよ」とソフィア。


「それは……。そうか、それでなのか。彼がそうなのか。いや、実は先日王都から連絡が来てな、なんでも使徒が降臨されたと全国の巫女に神託があったとな。もはや、それがシロウどのとは……」


 ジェームズは驚いたまま固まった。そして、


「いや、だからこそ、それだけの力を思っているということか……。シロウ殿! 今後も何かあったら力を貸していただきたい。こちらも協力を惜しまないつもりだ」と史郎を見て、ジェームズは力強く言った。


「はい、ありがとうございます。その件なんですが」と史郎はこれまでの経緯を話し出す。


 ― この世界には、今起こっている異常事態の調査と解決のために来た。

 ― 魔獣の異常は確認した。

 ― 奇妙なキノコの存在も確認した。これは、近づかないよう触れを出した方がいい。

 ― そのほかの異常などあれば教えてほしい。


 史郎が説明を終わると、

「わかった。冒険者ギルドとも協力して、魔獣の異常の監視を進めるほか、何かあったら必ずシロウ殿に知らせよう」


「最後になったが、ワイバーン討伐に関しては報奨金が出る、後日渡したいのでその時はまた連絡させてもらう。そして、報奨金とは別に、シロウ達をランクSに、そして、パーティーをSランクパーティーに昇格の推薦する。この国で活動するにあたって、いろいろと優遇されるので、シロウ殿の目的である調査にはちょうどいいと思う」とジェームズは全員に伝えた。


「そして、史郎殿、この短剣を」といい、執事のフレディックを見てうなずいた。


 フレディックは装飾のはいった立派な箱を持ってきて、史郎に渡す。


 史郎は箱を開けて中身を見た。


 同じく立派な装飾の付いた短剣だ。この城のあちこちにあるマークと同じ記号の付いた紋章が付いている。


「それは、アマンデール家の紋章だ。それを持つということは、我がアマンデール家が全面的にバックアップ、身分を保障するということを示している。必要であれば使ってくれ」とジェームズ。


「え、こんなのもらっていいんですか?」と史郎は少し躊躇した。


「ああ、君の人となりはアリアから聞いている。君の功績も含め、わしは君に全幅の信頼を置くと決めたのだ」とジェームズは史郎を見つめ、真剣な目でうなずいた。


「シロウ、ぜひ受け取って」とアリアも言う。


「わかった。有り難く受け取らせてもらうよ」と、史郎は受け取ることを決めたのだった。




 話が終わった後、ところでシロウ殿、と、スティーブンが史郎に話しかけてきた。


「アリアに特別に訓練していただいたそうで、兄として感謝したい。アルバートも含め彼らがかなりのレベルアップをしていると聞いたのだが、訓練の方法が特殊だとか?」とスティーブン。


「ええ、まあ」と史郎。

「それは、ほかの人間にも応用はできるのだろうか?」とスティーブン。

「うーん、そうですね。恐らく可能です」


「兄さん、シロウの訓練は厳しいわよ。ユニークでもあるわね。特に魔術師団にはいいかも」とアリア。


「それで、折り入ってお願いがあるんですが。一度特別講師として、我が騎士団の訓練を見てもらえないかと」とスティーブンが聞いた。騎士団副団長としての責任感がにじみ出る表情だ。

「わたしからもお願い」とアリア。

「わかりました。いつでもいいですよ。スケジュールを調整しましょう」と史郎は笑顔で答えるのであった。




 スティーブンとの話が終わった後、ところでシロウ殿、と、ジェームズが史郎に話しかけてきた。

 声や、話し方がそっくりで、親子だなと思う史郎であった。


「シロウ殿、スライムの事をアリアから聞いたのだが」とジェームズ。


「ああ、スライムですね。あれは、重要な資源ですよ。今はあまり活用されていなと聞きましたが」と史郎は答えた。


「あまりどころか、まったく無視されているよ。で、産業として育てたいと考えているのだが、ぜひ協力してもらえないかと思ってな。もちろん顧問料・技術料は払う」とジェームズ。


「ええ、もちろん。あのスライムには僕も興味があって、実験もしたいし、いいでしょう」と史郎は答えた。


 後に、ソトハイム発で、とある領地と共同で、スライム化学工業が発達し、この世界の生活の質が向上するのだが、それはまた別の話。

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