71.ワイバーン2
「来たぞ!」と史郎は小さく叫んだ。
今朝早く設置したおとり用のジャイアント・ボアにつられて、ワイバーンが接近してくる。史郎のインベントリから出したので遺骸はまだ新鮮なのだ。
ワイバーンは警戒して上空で旋回していたが、大丈夫と思ったのか降りてきた。そして、ジャイアント・ボアをつつき始めた。
「よし、今だ!」と史郎は合図した。
正面から攻撃を開始した。
「精霊に願う、風に成りて、我の強い思いに応えよ、かの場所で、勢い渦巻く嵐となり、すべてを吹き飛ばせ……」とアリアが詠唱し、同時に、
「精霊に願う、我が強い思いに応えよ、かの地を凍らせよ……」とシェスティアも詠唱する。
そして、同時に、
「ウィンド・トルネード!」「アイス・フリーズ!」
と、叫んだ。
すると、巨大な魔法陣がワイバーン達の場所で光り、ブリザードが発動する。前回より2割ほど強力なブリザードが吹きすさんだ。
確実に以前よりパワーアップしており、ワイバーン5体全体を真っ白に氷漬けにしようとした。
ワイバーンは突然の攻撃に驚き戸惑った様子で、即逃げようと一瞬飛び上がった。
が、そのうち2体がふらふらしている。
そこで、左側面から史郎とミトカのライトニング・ランスが20本飛んでいき、ワイバーン達に刺さった。
そして、同時に右側面からソフィアがファイア・ボムを撃ち込んだ。爆発の衝撃で2体が吹き飛ばされた。
結果、2体が墜落。3体は持ちこたえて上空へ上がっていく。
「三体が逃げたぞ!」と史郎は叫んだ。
落ちた二体のうち、左側にいた1体にアルバートが身体強化して高速で近づいた。
そして、剣に魔力を流し、虹色で、かつ、青白く光る剣で、首を一刀で切断した。
さらに、右側のもう1体はアリアがファイア・アローとファイア・レーザーで貫いた。
そして、もがいている状態のワイバーンは、ソフィアが同じように剣に魔力を流し、首を切断した。
「ほう、これは本当によく切れるな」とソフィアは感心したようにつぶやいた。
「精霊に願う、我が強い思いに応えよ、彼の敵を、氷の槍を持って、貫け。 アイス・ランス!」とシェスティアが詠唱、上空にいるワイバーンのうちの一体を貫いた。そして、さらに詠唱する。
「精霊に願う、我が強い思いに応えよ、彼の敵を完全に凍らせよ……アブソリュート・フリーズ!」
シェスティアが叫んだとたん、ワイバーンの上で魔法陣が輝き、そのワイバーンを完全に凍らせた。
凍ったワイバーンはそのまま墜落し、地面に落ちると同時に豪音を響かせて粉々になった。
上空に上がったさらに1体は、ミトカが上空で魔力糸を絡め、そして、再度ライトニング・ニードルを20発撃ち込んだ。
そこで首と羽を切断し、ワイバーンは墜落した。
◇
「おい、あの、あいつらが使っている剣を見てみろ。虹色に輝いているが……オリハルコンってやつじゃないのか? 伝説の?」
とある冒険者は叫んだ。
「ああ、きっとそうだぞ。あの戦いを見てみろ。凄すぎる……」
史郎たちの戦いを砦から見ていた冒険者や兵士たちは、その戦いのすさまじさを見て茫然としていた。
5体のワイバーンに、たった6人で圧倒しようとしているのだ。
「漆黒の氷風、いや、虹の剣鬼か?」と冒険者が叫ぶ。
新しい呼び名が付いたことを、史郎達は後々まで気づかないのであるが。
◇
残り一体、ほかより体躯が大きい個体と、史郎が上空で対峙していた。
その最後のワイバーンは、それまでの攻撃にさらされてもいまだに持ちこたえている。
ミトカが史郎に近づいてきて、話しかけた。
「史郎、この個体は異常個体ですね。レベルは800を超えています。魔術も……」
ミトカが言いかけたとたん、そのワイバーンは口からファイア・レーザーを発した。
「!」
史郎は即障壁を展開、辛うじて、そのレーザーを上空に向けて反射した。
「おいおい、冗談だろ。何でワイバーンが火属性の魔術を?」と史郎は驚いた。
「史郎、やはり異常個体ですね。魔術のレベルがはるかに高くなっています」とミトカが分析した。
史郎はいつもの様に金属棒での精密魔力制御による刃で切りつける。
刃がワイバーンの首に当たった時、閃光と火花が散った。
「な⁉ 魔力刃が効かない?」と史郎は驚く。
ワイバーンは即座に体を回転させ、史郎に向かってたたき落とそうと尻尾を振りぬいた。
史郎はかろうじてそれを避けるが、障壁の足場と立体機動では不十分で踏ん張れないので速度が出ない。体勢が少し崩れた所で、ワイバーンがウィンド・ボールを史郎に向かって放った。
「シロウ!」と、その様子を見ていたシェスティアが地上から叫んだ。
ワイバーンのウィンド・ボールはシロウに当たり、史郎が吹き飛ばされる。
「史郎!」とミトカも叫んだ。
「……あぁ、大丈夫だ! 魔力纏で何とか防げたが、これはまずいな。魔術の威力が足らない」
と、史郎は応えた。と、その瞬間、再びワイバーンのファイア・レーザーが史郎に命中した。
「くっ!」史郎は再び吹き飛ばされ、鮮血が舞う。
それを見たシェスティアは、
「いやーーー!」と絶叫した。
シェスティアは、夢の中で見た悪夢が再びよみがえり、混乱する。
史郎が死ぬほどの怪我を何度もしたのも、何度も夢で見ていたのだ。
そして、史郎を失いたくない! あそこまで飛んで行って助けたい! 好きな人のそばでいっしょに戦いたい! という気持ちが急激に高まり、体から力が湧き出てくるのが感じられた。
シェスティアの体は、淡く赤く輝いている。
すると、
『シェスティア! 落ち着いて!』シェスティアはミトカの声を感じた。
「え? ミトカ? 頭の中に声が?」とシェスティは驚いた。
『シェスティア、時間がないので簡潔に説明します。あなたのその気持ちが、あなたのスキルを発動させました。以前にもあなたはそのスキルを無意識に発動させ、その時、私との魂のリンクが確立しています。今回のこの状況で、今再びリンクがつながりました。今から急いであなたに立体機動系のスキルを転送します。いっしょに戦いますか?』とミトカがシェスティアに問うた。
「もちろん!」とシェスティアは即答した。
シェスティアは、今、ある記憶を思い出した。
いつだったか、この世界が崩壊しつつある時、そして、もう誰にも止められなくなって、死んでしまった時、その時に、自分のユニークスキルである【魂分割リンク】が発動し、自分と同じ思いを持つともに助け合い戦える魂を求めてさまよい、いつしか見つかったその魂とリンクしたことを。
シェスティアは無意識に【自我シンクロ】を発動する。すると、ミトカから立体機動系のスキルの情報が届き、シェスティアはその使い方を知った。
シェスティアは、ミトカとともに史郎の元まで立体機動で飛んで行った。
「シロウ! 大丈夫?」とシェスティアは史郎に話しかけた。
「……ああ、何とか生きてるよ……。というか、シェスティア、なんで飛んでこれるんだ?」と史郎は聞いた。
「史郎、話はあとです。私とシェスティアちゃんでサポートします。三人の魂をリンクします。史郎は魔力纏と気術纏を全力にした状態の武術で戦ってください。私たちは魔力の供給と防御、魔術の発動処理の分散処理を担当します」とミトカが史郎に説明した。
「……ああ。わかった。何とかしてみるよ」と史郎は気を取り直し、魔力纏と気術纏を全開にして、金属棒で精密表層実体化の刃を輝かせ、ワイバーンに向かっていった。
何回か刃を撃ち込んだ後、史郎は離れる。
そこへワイバーンは再びファイア・レーザーを撃ち込んできた。
史郎は、無意識にレーザー対抗のために気術纏と魔術纏に意識を集中した。
――『【魔力纏】がレベル2になりました』
――『【気術纏】がレベル2になりました』
そして、レーザーが迫る瞬間、両方の纏を無意識に同調させた。
――『【神術】がレベル1になりました』
「⁉」
史郎はハッとした。
体が白く輝く。
ファイア・レーザーはその白い纏にぶつかると光り輝き、拡散されるように光が飛び散った。
「これが、神術か!」と史郎は叫んだ。
魔力と気力が合わさって、共鳴したかの様にもう一つの力が湧き出てくるのを史郎は感じた。
史郎は、眉間からエネルギーが放出されるのを感じた。
神術の発動の源、神力だ。
「あれが、神術……きれい」シェスティアは、眉間から光を発し、体全体が白く輝く史郎をみてつぶやいた。
「【重力遮断】【慣性制御】」と史郎はつぶやいた。
魔術の中でも使いたい術第一位! に輝くであろう、重力制御である。
【重力遮断】は、自身の重力係数をゼロにする。つまり、この世界の物理処理に関して、自身に重力関係の影響をうけなくするパラメーターだ。決して物理現象での重力に対する干渉ではない。そもそもの重力の計算から自身の存在を除外するのだ。
そして、【慣性制御】は、自身の動きをまるでゲームの中のキャラクターのように自在に空間を移動できるようにするスキルだ。この二つを組み合わせることによって、某ブロック積み立てゲームのキャラの様に自在に空を飛ぶことができる。
――『【重力遮断】レベル1 を取得しました』
――『【慣性制御】レベル1 を取得しました』
『ミトカ、シェスティア、少し離れていてくれ!』と史郎は二人に念話で伝えた。
『わかった』『わかりました』と二人は答えた。
「【マルチ・レーザー・ロッド】」と史郎は詠唱した。すると、魔法陣が10個現れ、そこから、レーザー光線が長さ10メートル程の光の筋になった状態で飛んでいき、ホーミングの様に周りからワイバーンに向かって刺さった。
そして、「【エレクトロキューション】」と唱えると、電撃のスパイクがワイバーンから発生した。
ワイバーンは、力を失い、地上へ落ちていった。
史郎は「【ライトニング・ブースト】」と唱えると、一瞬で地上まで戻る。
ワイバーンは呻きながら地上で暴れている。
史郎は「【エレクトロ・パラライズ】」と唱え、ワイバーンを感電で麻痺させた。
ワイバーンは少し動きが鈍くなる。それでもまだ動いていることに史郎は驚くのであった。
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