64.フィルディアーナ世界

「ソフィアさん、少し話があるんだけど」と史郎はソフィアに話しかける。

「ああ、何かな?」とソフィア。


「実は、この国、いや、この世界について聞きたいんだ。歴史とか、文化とか、現状どうなのかとか。そのあたりまったく聞いてなくて。ソフィアさんならかなり詳しいんじゃないかと」史郎が説明する。


 史郎達は、魔術の検証と訓練は欠かさず行っていたのだが、この世界の常識や歴史・経済・政治・文化などは、確認することを完全に忘れていたことを、人里に来て初めて気づいたのだ。


「ああ、なるほど。この世界の事情か……。ああ、いいだろう、この私みずから教えてやろう」とソフィアはニヤリと笑う。

「シロウ、正しい選択。ソフィアおばあちゃんは、昔魔術学園で歴史の講師もしていた」とシェスティアが言う。

「おー、そうなのか? それは期待できるな」と史郎。


「そうね、私たちも聞いておきましょう」とアリアが言い、皆で聞くことになった。


「そうだな、どこから始めるかな……」とソフィアは思案し、

「まずは歴史だな」とソフィアは話し始めた。




 今は神聖歴1331年。この世界の歴史でいちばん古い記録だと、神聖歴594年の記録が残っている。それは、「始まりの種族」の誕生の年と伝えられている。この「惑星」にそれらの種族が突然現れたのだ。それは、女神フィルミアが、この世界にいろいろな種族をあらゆる世界から集めたとされている。


 当時いたのは5種族 ―― 魔人族、龍族、神人族、エルフ、ドワーフだ。

 それぞれが種族特有の能力で役割を果たし、この世界の発展を進めていた。


 しかし、神聖歴前372年、魔術に優れた種族である魔人族の大規模魔導具の暴走により広域大規模な地上破壊が発生した。いわゆる「マギセントラル瘴気大爆発事故」、または「魔の大暴走事故」と呼ばれている事件だ。


 伝えられているところによると、都市結界、それは龍脈からのマナ魔力変換・結界装置なのだが、それのさらなる発展のための実験で、魔人国の首都にあった第一の『深淵の封印』からのエネルギー供給を狙おうとしたらしい。

 しかし装置が暴走し、マナの異常反応で大爆発を起こした。


 その結果、今の「魔の大樹海」ができ上がったのだ。

 魔人国領の大部分が魔の大樹海になった。そこは瘴気が濃く、魔獣の大量発生と大規模地面隆起が起きた。そして、魔の大樹海の東にある第二の深淵の封印もその余波で異常が発生、魔の大峡谷である大陸の亀裂までできるほどの大災害だった。


 第三の深淵の封印は神聖国にあったが、そこでは神人族によるおさえ込みと封印に成功し、難を逃れた。


 しかし、この事件によって、セントリア地方のマナと精霊の激減、それによる魔術発動の不安定化が起こり、正常に戻るまで300年近くかかった。


 その事件がきっかけで、魔人族の国は壊滅。現在、西にある唯一残された魔人族領で小さい国土ながらも何とか存続している。


 魔術学園王国オックスドニアにいた魔人達は、そのまま保護されてその国に滞在することになった。

 龍族は龍の山脈へ引きこもり、同じく竜人族も北の竜人族領へ避難。

 エルフ族は結界を張り、世界樹の森で何とか生き延びた。

 ドワーフ族は西のドワーフ領へ避難した。


 神人族は、できるだけの対処をしたのち、ほぼ全員神界へ引き上げていった。残った一部は人族として、女神フィルミア信徒そして神聖国の設立と封印の維持を使命に、世界の発展をリードした。その末裔が現在の神殿ネットワークの神官たちだ。

 この時代で初期に生き残った人々は、何とか国を作り、維持し、発展させていった。

 その末裔が現代の貴族たちだ。

 王族と神殿関係者は、その創世歴の出来事を伝承する役割をも持っている。


 この時代の名残が、アーティファクトと呼ばれる魔導具や、古代遺跡だ。失われた技術とも呼ばれる。300年の暗黒時代はあまりにも長く、多くの技術が失われてしまったのだ。




「これが、この世界の創生として伝わっている話、そして、いわゆる『マギセントラル瘴気大爆発事故』のあらましだな。そして……」とソフィアが続ける。


 そして、神聖歴0年、「現代住民」と呼ばれる人族と獣人族がこの地に降りた。

 彼らがどこから来たのかは伝えられていない。創世の時代と同じく、おそらく女神フィルミア様が集めたのであろうと考えられている。


 

 以後、今に至るまで世界の平和的発展がなされた。


 その後たびたび世界が混乱に陥るが、そのたびに神が降臨し、いわゆる「神魔術システム」を地上界に置いていった。


 神殿魔法ネットワーク――神殿間の連絡網、ギルドカードに使われている魔力パターン認識による身分証システム、13歳成人式での魔術精霊付与、ギルドシステム、ダンジョンなどなど。


 今の世界が安定して存続していられるのはそのおかげだ。


 女神様は、種族融合・交流、多様性の向上、世界の平和的発展を望まれている。それが、この世界に住む人々の共通認識であり、信仰の中心命題だ。




「干渉できないとか言ってたけど、思いっきり干渉しているのでは⁉」と思う史郎であった。

『史郎、この世界ですが、私が持っている資料だと、第四世代世界「フィルディアーナ」となっています。つまり、試験的に稼働している特殊な世界で、世界が危機に陥った時に何らかの援助を行っているというのが正しい認識だと思われます。インフラは提供していますが、それをどう使うかは、最小限のアドバイスしかしておらず、ルールなどは現地人、つまり、この世界に人たちが決めているようですね』


(なるほど。試験世界ね。今度フィルミア様にもう少し詳細を聞いてみよう……。いや、となると、今回の俺のケースは特殊だな。直接介入に近いが……)


『いえ、史郎はあくまで人族で、自分で判断して動いています。決して女神様の指図ではありません。そういう意味では、史郎は生きた魔導具に近いですね……』とミトカは念話してきたが、顔は少しいつもの良くないことを考えているときの笑顔を浮かべていた。




「大ざっぱな歴史はこんな所かな?」とソフィアが言う。


「この世界の魔獣だけど、今起こっているような魔獣の増加の問題というのは、過去には発生していなかったのか?」と史郎が聞く。


「ああ、多かれ少なかれ発生しているな。いちばん良く知られているのが、神聖歴921年の魔獣氾濫による世界的混乱だ」とソフィア。


 この時、これが世界的種族間抗争になってしまった。すると、その危機を治めるために始まりの種族が初めて介入したのだ。そして、神の降臨による全種族への啓示による世界の壊滅の回避がなされた。その時に神から授かったのが、いわゆる「第二次神魔術システム」というものだ。

 神殿ネットワークと身分証システムによる犯罪の発生の軽減、資源としてのダンジョンはこの時に作られたものだ。


 この時に、女神フィルミアは種族間融和の推奨と交流発展を明確に望まれた。


 地上住民も、大多数は平和的生活を望んでいたし、もともと種族に対する偏見も少なかったので、種族間の違いの受け入れが進んだ。

 全種族同盟と各種ギルドの設立はこの時に確立されたものだ。


「そして神聖歴1325年に発生した、魔獣の氾濫による危機が直近最大の事件だな。シェリナとアルティアが封印された事件だ」とソフィアは締めくくった。


「その魔獣の氾濫の原因は分かってるんですか?」と史郎は聞く。


「いや、解明したという事実は聞いていない。王国も魔術学園も調査や研究はしたし、今もしているだろうが、はっきりした原因は分かっていないのが現状だ」とソフィアは難しそうな顔をして答えた。


「じゃあ、瘴気大発生の……」と言いかけて、史郎は、ふと、(なぜ、瘴気大発生という言葉が? 今までそんな話はしてないが……)と思ったが、考えがまとまらず、今は聞かないことにした。すると、史郎の言葉を聞き取ったソフィアが、


「瘴気大発生? そういうのは聞いたことがないな。もちろん、魔獣の発生に瘴気が関係していることは知られているから、何らかの関連はあるのだろうが……」とソフィアも思案しつつも、特には分からないと答えた。


 ――少なくとも、魔獣の大発生の原因を探らないとな。瘴気についても何か関連があるかもしれないし、要調査だな。と考える史郎であった。


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