60.封印2
「これが封印……」
史郎とミトカは、高さ4メートルはあるかと思われる青い半透明な結晶のような物の前に来た。
結晶の中には、すりガラスのような物の向こうに、抱き合った男女がかろうじて見える。
「娘のシェリナとその旦那のアルティアだ。シェスティアとアルバートの両親だな」とソフィアが説明する。
そのシェスティアとアルバートは、悲しそうな、しかし希望を捨てていない輝く目で、その両親の姿を黙ってしっかりと見つめていた。
封印場所はソトハイムから北へ馬車で一時間ほど行った場所。魔の大樹海にほど近い。みんなで封印の様子を見に来たのだ。
「義理の息子のアルティアは武術の天才でな。彼は、何らかの方法で魔術と武術を組み合わせてこの結界を発動しよった。古い魔術の文献で調べたところ、神術と呼ばれていて、それに属する術とあるのが分かったが、私では会得するのは無理だった」
と、ソフィアが悔しそうに話した。
「史郎、これは【時間停止結界】です。そして、なぜか土魔術のクリスタル生成が周りに発動したようですね。おそらく、アルティアさんが必至でシェリナさんを守ろうとした際に、両方が同時に発現したんだと思います。いずれにせよ神術が必要です」とミトカ。
「なるほど。彼の思いが、それこそ本当に結晶化したんだな……」
と、史郎は感心する。そして、
「とにかく神術さえ使えれば、解除できそうか?」と史郎は確認する。
「そうですね。スキルとしては、史郎なら封印解除スキルかその関連スキルとして取れると思います。ただ問題は、封印することになった本来の原因であるウイルスですか? その対処ですね」
「そうだな。ここから解析できないかな?」
「……史郎のイデアスキルでインスペクションを使えば何かわかるかもしれません」ミトカは思案しながら答える。
「そうだな、試してみるか」と史郎。
史郎はそう言って、ミトカといっしょに封印結晶に近づき、イデアスキルを発動した。
その瞬間この世界の時間は止まり、史郎とミトカのみが会話できる。
なのだが、
「シロウ、この現象は何?」とシェスティアが質問してきた。
「え⁉ なんでシェスティアの時間が止まらないんだ?」と史郎が驚く。
「……史郎、なぜか、シェスティアちゃんと私の魂リンクが確立しています。さらに、五メートル以内にいたからですね。後ろにいたので気が付きませんでした」とミトカが答えた。
魂リンクとは、魂レベルで意識と記憶の共有、分散処理魔術の制御などを行うための仕組みだ。
「ミトカ、シェスティア、二人は魂レベルでつながっているみたいだが、何か心当たりはあるのか?」と史郎が聞いた。
二人とも黙り込んだ。シェスティアは特に思いつくものがないような素振りだ。
そして、ミトカが口を開く。
「史郎、おそらく例の巻き戻しが関係するかと。魂レベルでのリンクは、本来、神にしか実行できません。唯一可能性があるとしたら、巻き戻しに関する特殊スキルでしょうか? でも、シェスティア本人は気づいていないようですし、巻き戻しが発生した際に無意識に発動したのか、何か条件があるのか、いずれにせよシェスティアが発動者でしょう」
「ああ、なるほど……。そんな機能は俺の設計でもなかったから、この世界特有の実装か……」と史郎はつぶやき、考えこもうとした。
「私にそんなスキルがあるなんて、知らなかった」とシェスティアも知らない様子だ。
史郎は、考えるのをやめ、気をとりなして、シェスティアに話しかけた。
「あぁ、まあ、とりあえず、シェスティア、これは俺のスキルが発動している状態だ。世界のいろいろなものを調べることができるんだ。今は、周りの時間は止まっている」
「すごい」とシェスティアが目を輝かせて答えた。
そして、三人は、封印を調べることにした。
イデアスキルのインスペクションで見る。
まず、結晶体は、それが一つの起点オブジェクトで、大地に対して固定されている。
そして、それ自体は一つの固体の様だ。
さらに、結晶に独自の空間が付属している。
「外から見える二人の姿は、その空間の投影のようだな。つまり、結晶の殻の内部に二人がいるというわけではない。内部の詰まった結晶がそこにあり、結晶自体に空間が付属、それがたまたま何らかの理由で見えているだけだな」と史郎は説明した。
そして、時間停止結界は結晶に対して融合させて発動させ、時間停止のパラメーターが設定されている。そして、シェリナとアルティアはその空間内に抱き合って止まっていることになる。
「なんか、複雑な術だな?」と史郎は言う。
「そうですね。完全な神術じゃない状態で発動したためじゃないでしょうか? それはそれで、賞賛に値しますね」
「父様は魔術の天才だった。ある意味おばあちゃんよりすごかった。きっと母様を守るためにこうなったのだと思う」とシェスティアは遠い目をして言った。
史郎は続けて、二人のエンティティをチェックする。
人族の存在エンティティはDNAベースの生物で、幸いなことに神術がなくても、この空間結界の内部にある存在自体のアクセスは可能だ。
「エンティティ自体に異常は見られないな。神術が使えないから、魂レベルのインスペクションは無理か」と史郎。そして、続ける。
「これは、インベントリじゃなくて、独自空間だから生物が入るんだな?」
「そうですね。時間は止まっていますが、エンティティ自体はアクセスできるので、一応病原菌の可能性を考慮して、血液のサンプルの採取は可能かと」
「あの結界内から俺のインベントリへ直接転送できるか?」
「……はい、できそうです……取得しました。解析します」と何事もなく答えるミトカ。
「……ミトカって、そんなことできるの? というか、単にAIに自我が付いた以上の存在だよね、ミトカって。まあ、精霊王という存在が、俺の設計上とはもはや違っているから、俺の想像以上なんだろうけど」と史郎が驚いて聞く。
「……えーっと、そうですね。一度史郎と真剣に話し合う必要がありますね、私の存在の可能性を」とミトカが真剣にうなずいた。
「史郎、未知のウイルスが検知されました。精霊王ネットワークで世界樹データベースに問い合わせた結果、今までに見つかったことのないウイルスですね」とミトカ。
「……精霊王ネットワーク? いや、今はいい……」
「史郎、DNAからはそのウイルス自体の詳しいことは分かりませんが、抗体は作れそうです。あと、例のキノコですが、例のキノコにも、このウイルスとDNAパターンの似たウイルスが存在しています。何らかの関連がある可能性がありますね」
「何だと……。じゃあ、あのキノコは相当やばいんじゃないか? なんだかいつも見る度に嫌な予感がしていたんだけどそのせいか?」
「あんな大きなキノコ見たことない。少なくともこのあたりには数年前までは無かったと思う」とシェスティア。
「そうですね、ギルドでどこまで把握しているか確認する必要がありますね。私たちの解析結果から、少なくとも触ったり食べたりはしない方がいいということを、ソフィアさんに伝えた方がいいですね」とミトカ、そして、
「今度フィルミア様に聞いてみるといいかもしれません。この世界のDNAベースの生物の仕様とエンティティとの実際の接続がどうなっているのか、私も詳しい情報は持っていないのです。この街に神殿があるので、そこで女神様と話せます」と史郎に教えた。
「え? そうなのか⁉ それはぜひ話に行こう」と史郎は答えるのであった。
史郎は、イデアスキルを解除すると、みんなに話しかける。
「一応、何とか解析できたよ。まず、結界の解除は可能だな。ただ、俺の技術がまだ足りない。もう少し時間がかかる。が、いったんそれができれば解除に問題はない」
「そうか」
以外に冷静なソフィア。
「うん、もう少し待てる」とシェスティア。
「それで、結界の解除もそうだが、シェリナが感染したというウイルス、つまり、病原菌だが、未知の病原体に感染していることは確認した。それについては抗体……いや、まあ、薬が作れるので問題はないと思う。ただ、新しい事実として、最近よく見るあの巨大キノコだが、何らかの関係があるみたいだ。なので、ギルドか領主を通して、触ったり食べたりしないよう警告したほうがいいな」
「ほう、なるほど。わかった、私から領主と各ギルドに話を通しておくよ」とソフィアは言った。
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