58.賢者ソフィア

 屋敷の門をくぐると、庭にあるテーブルと、椅子に座っている女性が見えた。

「おばあちゃん!」とシェスティアが呼びかけて、女性に走り寄って行き「今帰ったよ」と言った。


「あれが、シェスティアとアルバートの祖母のソフィアよ」とアリアが説明した。

「祖母?」史郎は疑問に思う。見えている女性はどう見ても20代にしか見えない。


 ソフィアが史郎達のほうを見つめると、おもむろに椅子から立ち上がった。そして史郎のほうを見たと思った瞬間、一瞬で消える。


 そして、史郎に突きを繰り出した。


 史郎は、その瞬間、体をひねり、ソフィアの腕をとった。

 そしてソフィアを引き倒そうとするが、ソフィアは体を回転させて、抜け出す。

 ソフィアは振り返りざま、エアー・ボールを放った。


 無詠唱⁉ と、史郎は驚くも、瞬時に魔術障壁を展開、その魔術発動を反射し、エアーボールは空へ飛んで行った。



「「「え!」」」


 シェスティア、アリア、アルバートは、突然の出来事に茫然と二人のほうを見た。


 ミトカは涼しい顔をして、いつの間にか少し離れた場所に立ち、二人のやり取りを、ほほ笑みを浮かべて見ていた。ただいつでも動けるように構えている。


「ほう、なかなかやるな」

 ソフィアも何食わぬ顔で、笑いながら史郎に話しかけた。


「……勘弁してください」と史郎はあきれた顔で答えた。

「おばーちゃん、何するの⁉」と、珍しくシェスティアが怒りながら駆け寄ってきた。

「いや、強そうな気配だったからつい、な?」

 と、ソフィアはシェスティアにウィンクで答えた。


「で、おぬしがフィルミア様の使徒かね?」とソフィアはいきなり聞く。

 一目見ただけで見抜いたソフィアに史郎は驚いた。


「まあ、いずれ来るということは聞いておった。シェスがいきなり魔の大樹海の聖域に行くといっていた時点で予想はしていたよ。シェスが連れてきた男で、そこにおる奇妙なメイドさんを連れているということは、恐らくそうだろうと思ってな」とソフィアは続けた。




 何はともあれ、全員が屋敷の中に入った。ダイニングに入ってテーブルに座ると、ユイナというメイドがお茶とお菓子を用意した。


 ユイナはスラッとしていてスタイルがよく、いわゆる知的秘書っぽい大人の雰囲気だ。


 おー、リアルメイドだ、と史郎がついユイナの事を目で追っていると、ユイナが史郎をみてほほ笑みかけた。神秘的な大人の美しさの笑顔だった。


 史郎がドキッとした時、ミトカが横から突いてきた。史郎はミトカの方に顔を向ける。


「……あちらのメイド服が好みですか?」ミトカがジト目で史郎を見返し、聞いてくる。


「……いや、そういうのじゃないから」と史郎は少し動揺して答えた。


 その隣でシェスティアが、「やっぱり史郎はメイド服が好き……」と小さくつぶやいているのが聞こえたが、史郎は聞こえないふりをした。



「さて、あらためて自己紹介しよう、私はソフィア・フォン・アマティアス。ヘインズワース王国の元王宮相談役の賢者で魔術士だ。今は引退してこの街で暮らしている。そこのシェスティアとアルバートの祖母で、アリアを含めた三人の剣と魔術の師匠をしている」

 と、ソフィアは言った。


 史郎はソフィアを凝視した。白髪ロングで青い目。鋭い目つき。見た目20歳くらい。今まで気が付かなかったが、耳が少し尖っている。

 ソフィアは、史郎の視線を捉え、言った。

「そう、私はエルフだ」




「ソフィア師匠は、フィルディアーナ最高の魔術使いの賢者として有名なのよ」とアリアが説明した。


「そして」とソフィアが続ける。

「私は、この世界で初めて女神フィルミアの加護を持ったものだ。そうフィルミア様が言っていた。そして、それは私の娘、そして、孫、つまり、そのシェスティアにも引き継がれている」とソフィア。


 史郎はソフィアの話を聞きながら、フィルミア様が自分に依頼してくる前に、何らかのアクションを起こしていたのだなと気が付いた。


「そんな話、初めて聞いたわ」とアリア。

「そりゃあ、こんな話、誰にでも話す内容ではないからな。もっとも、神殿や王族は知っているよ、代々伝わっているからな。ちなみに内密にな」とソフィア。


「しかし、使徒は初めて聞くし、実際に出会うのも初めてだな」とソフィアは言い、史郎を見つめる。


「わたしは、ある夜、フィルミア様の声で、シロウの事を聞いた。迎えに行くように言われた」とシェスティア。


「え? じゃあ、シェスがあの日、突然魔の大樹海へ行くと言い出したあの時に神託があったの?」とアリアが驚いて聞く。


「そう」とシェスティア。



「それで、そちらのメイドのお嬢さんは、人間かね?」とソフィアが聞いた。


「え⁉ その質問って」とアリアが困惑した表情を浮かべつぶやいた。



 史郎とミトカはお互いを見て、うなずいた。


「私は、史郎のスキルです。魂を持ってはいますが、実体がないのです。そのため、史郎の魔力で実体化しています。なので、こんなふうに姿を変えることができます」

 ミトカはそういうと、光り輝き、戦闘服モードに変わる。


「えー⁉」とアリアが驚く。ちなみにアルバートとシェスティアは驚かない。


「え⁉ あなたたち知ってたの?」と驚かない彼らを見て、それに驚いて聞いた。


「いや、知らん。だが、史郎とミトカの事だ、いつもの事だ」とアルバートは動じないようだ。


「私は知らなかったけど、なんだか……知ってた。いっしょの部屋だったし」とシェスティアはほほ笑みを浮かべて答える。


「……そうね、いちいち驚く私がバカね……」とアリアは苦笑した。




「で、今後の事なんだが、この家には部屋が余ってるからそこに住むかな?」とソフィアが聞いた。


「そうですね……。でも、できれば裏庭で場所を貸してもらえれば有り難いんですが?」 と史郎。


「庭?」とソフィア。


「あー」と何かに気づいたようなアリア。



 とりあえず裏庭を見にみんなで行く。


 ソフィアの屋敷はかなり広い。裏側は広い広場になっており、その奥に林がある。


「このあたりがいい」とシェスティアがいう。屋敷より少しだけ離れていて、日当たりもよい。特に何もない場所だし、屋敷からの視界の妨げにならない。


「別にいいが、何をするんだ?」とソフィアが聞いた。


「シロウ、見せてあげて」とシェスティアが言った。



 史郎はその場所に小屋を出した。



「……これは……」ソフィアが目を見開いて、驚く。


「ね! やっぱり驚くわよね⁉ シロウってちょっとおかしいでしょ⁉」となぜかアリアが自慢げに叫ぶ。


「すみません、俺の家なんです。この場所さえよければここに住まわせてもらえると助かります」と史郎は言った。


「……ああ、いいよ。いや、驚いた。長く生きてきたが、これほど驚いたのはそうそうないな」とソフィアは落ち着きを取り戻しながら、答えた。


 その後、ソフィアを家の内部に案内し、その設備や魔導具に、ソフィアの驚きが止まらないのであった。

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