54.思い

「シロウ、話がある」

 ある夜、シェスティアが史郎の部屋を訪れてきた。ミトカもいっしょだ。魔の大樹海を抜け、ようやく人の領域に到達した日の夜だ。


「おう、どうした?」と史郎は答える。


 シェスティアの様子が少しおかしい。

 史郎はそう感じた。


 泣きそうで、不安そうで、焦燥感に駆られたような、今にも倒れそうな。でも希望を捨てない輝く目の光はまだ残っている。


 シェスティアは、シロウに夢の話をした。


 夢で何度も見た。あなたに抱きかかえられて、私が死ぬ、と。

 その時の思いが脳裏に焼き付いており、もう離れ離れになるのはいやだ、と。

 その夢の中には、ミトカと思われる女性もいた、と。

 シェスティアとミトカでその夢について話をした、と。

 夢からは、断片的な記憶しかないけれど、わかる。あれはあなたたちだと。


 シェスティアは、その純粋な大きな瞳から、涙をぽろぽろと流しながら、でも、しっかりと史郎のほうをみて、すべてを打ち明けた。


 史郎にはその記憶がない。しかし、確実に胸の奥にこみ上げるものがあり理解する。

 直観がこう告げる。

 シェスティアが言っていることは、真実だ。


「史郎、シェスティアの話は真実だと思います。彼女も史郎も超記憶レベル4を持っています。つまり、これまでに、いえ、これからかもしれません、ある期間の時間をともに過ごし、何らかの理由で、巻き戻し、もしくはそれに類する機能が発動したと考えられます」


 ミトカが冷静に説明する。この状況でも、ほほ笑みを絶やさないしっかりした表情だ。


 ああ、こういう時のミトカは頼りになるな、と史郎は思った。


「ああ、そうだな。確かにそのとおりだ。いつの間にか超記憶レベル4になっているという時点で、何かあったと考えるのが筋だな。以前巻き戻しが起こった時におかしいと思ったんだが、この事だったんだな」


 史郎は答えた。そして、続けた。


「フィルミア様は、このことについては何も言っていなかった。だから、俺達に言えないのか、隠しているのか分からないが……。何か理由があるのだろう。とにかく、俺たちはいっしょにいよう。無事こうして再会できたということだ。これから何があろうと、俺がお前たちを守るよ」


 史郎はできるだけ力強く語り掛ける。


 シェスティアは、すべてを話したせいか、史郎の言葉のせいか、少し安心した表情を見せた。


「シロウ、ごめん。私は本当はそんなに弱くはない。でも、あなたたちに出会って、少し緊張が解けたのかもしれない。これからは、もっとしっかりする。見てて」


 と、シェスティアは、確固とした口調で話す。彼女の瞳は、その意思を反映して、ますます力強く光る。


 彼女は強い。心が強い。史郎はそう思った。

 その目を見つめ、「わかった」と言いながら、彼女に近づき、彼女の頭を少し撫でて、そして、そっと優しくしっかりと彼女を抱きしめた。




「おほん」とミトカが声を出す。

「えー、感動のハグはその辺で置いといて、今後の事を話しましょう」とミトカ。


 史郎とシェスティアは、少し顔を赤らめて体を離した。


「そうだな。冷静になって考えてみよう。俺の設計者としての意見としては、何が起こったかと推察するに、おそらく世界システムレベルでのリストアだろう。

 こんな現実の世界で、巻き戻し以上にリソース食いのリストアが実装できるなんて、はっきり言って想像以上、いや、さすが神だというべきか? だが、女神様の依頼の内容を考えるに、何かが起こり、そうせざるを得ない状況になったということだろう。……ああ、だから俺を呼んだということか? ということは、その夢はある意味シェスティアによる【予知】スキルの発動だな。だとすると、今後の調査や行動次第では結果は確実に変えられるはずだ。俺の設計上、リストアは「やり直し」だからな。それに、もしそうだとすれば、シェスティアは予知や予感のスキルも使えるはずだ」


 史郎は二人にそう説明する。


 予知・予感系のスキルは、リストアされる以前の時間軸のデータを、今の時間軸からアクセスした結果得た情報がイメージとして得られるものだ。なので、一度起こったことに対しての予防線が張れる。


「確かにそうですね」とミトカも肯定する。


「じゃあ、もう死ななくて済む?」

 と、シェスティア。うれしそうな不安そうなほほ笑みを浮かべている。


「ああ、死なないな。それに、俺は二度とシェスティアを死なせない。俺とミトカの能力を鑑みるに、今はかなりの力があると思う。今後全力で俺が神魔術を極めれば、何とかなるだろう」と史郎ははっきりと答える。


「振り返ってみると、これまで聖域で入念に準備していたのも、何かの予知かもしれないな……」


 史郎はこの世界に来てからの事を思い出して、つぶやく。何かにかされるかの様に魔術やスキルを確認強化しようとする自分がいたことを思い出したのだ。


「史郎の変態的魔力操作も理由があったんですね」とミトカがいつもの悪戯っ子のほほ笑みを浮かべながら、茶化す。

「……変態的魔力?」とシェスティアが首を傾げながら、同じようなほほ笑みを浮かべ聞いてくる。


 史郎は、ミトカとシェスティアの笑顔に見とれ……言葉をスルーしつつ、ごまかしながら、

「……と、とにかく、強くなるぞ! ミトカ、サポート頼む! もちろんシェスティアもだ。そして、アリアやアルバート、今後出会うであろうすべての仲間の力を合わせれば何とかなるはずだ! アリアやアルバートにも相談しなきゃな!」


「うん。アリア姉も兄様も結構強い。きっと頼りになる」とシェスティアは自信をもって笑顔で返した。

「私も最大限のサポートします」とミトカはうなずいた。


「よし、は何とかするぞ!」


 史郎は、なぜか内から沸き起こる力を感じ、力強くそう言い切るのであった。

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